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魔女とその息子

ネタ切れ状態で天啓不足の禁断症状に陥っていた私に、友人様が提供してくれた物語。救世主ですか千年王国の長ですか貴方様は← 


その物語の初期設定 (いやぁポンポン沸き立つって素晴らしいねえ←)。ところが私が書いてみたらあまりに暗すぎたのでこちらに放ります。







 乾いた草地。森に茂る葉々を木枯らしが揺らす。寒々とした薄暗い木漏れ日の下、エリアスは探していた。

 清らかな純白の花束を抱え直し、盛り上がった大樹の根や枝に邪魔されながらも、森の奥深くへと入り込む。

 草木の重たい影が垂れ込める中、突然開けた視界。その真ん中に、大地を覆う草さえ寄りつかず、不自然に地肌を露わにした場所が空いている。赤みを帯びた黒土。寒さで硬くなっている。


 エリアスは見つけた。

 昔、母が命を絶った場所。



 エリアスの母は大罪人だった。一国の姫君に生まれながらの呪いをかけ、十数年後、眠りの床に就かせた。怒り狂った王室と民は魔女に対する憎悪を募らせ、国内にいる魔力の使い手を迫害、二度とこの国の地を踏むことを禁じた。

 突如起きた魔女狩りの気運も高まり、魔力の持ち主だけでなく(いわ)れなき人たちも火刑台上に立たされた。惨劇の発端であるエリアスの母は方々(ほうぼう)の憎しみを苦に、この森で自らを閉ざした。

 エリアスを置き去りにして。


 エリアスはローブの下で守っていた花束を取り出す。母が愛したかすみ草。季節が違うから、下町の職人に似せて作らせたもの――――真珠の粒と若緑のガラスを繋いだビーズの造花だ。薄暗い森でも鮮明に閃いている。


 決して枯れる日のない、永遠の花を裸の地面に置き、エリアスは木々の茂みで潰された空の青さを仰ぎ見る。



 母が去り、しばらくの月日が過ぎてなお、魔女に対する偏見は消えない。国内随一、と謳われた魔力の使い手同士から生まれたエリアスにも言える。だからエリアスは悟られぬよう自分を殺し、我が身に宿る力を封じてきた。普通の、無力な人間として、己の出自も隠してきた。

 けれど周りが声高に叫ぶほど、エリアスは母を恨んではいない。自分の肉親だからというべきか、もし母が生きていたとしたら、ずっと傍に寄り添っていたろう。


 エリアスにとっての母は優しい女性だった。幼い頃、目の見えなかった彼を慈しみ、どうすれば治してやれるか、悩んでくれていた。――――そのような母が、他人のとはいえ同じ子供に、死の呪いをかけるだろうか。

 母にそんなことができたのか。問いかけても戻ってこない疑いを秘め続けて、もう何年だろう。




 奇跡が起きたのか、エリアスの瞳が彩りを知るようになり。光を失っていた年数分の思い出を母と育んでいた頃。例の騒動が起きて。


 母と暮らした最後の日の翌朝、エリアスは1人だった。誰もいなかった。『ごめんなさい』というたった一言の手紙と引き換えに、母は消えたのだ。

 エリアスは再び地を見下ろす。地面のこの赤みがかった色は、母が遺したものなのだろうか。


 風が吹いても、なびかぬ花が虚しい。無茶をしてでも咲かせれば良かったかと、今になって後悔する。


 魔術が禁忌でも、母のために使うならば。エリアスの手がそっと造花にかざされる。

 瞬間、おもむろに大樹の枝がかさつき、エリアスはハッとする。前を見れば、草木に紛れた太陽の光が、彼を監視していた。

 母に与えられた綺麗な瞳を細め、エリアスは両手を握り締める。


 いつまでもここで時間を潰すわけにいかない。今日は世話になっている薬師の師匠から、宮廷への薬の納品を頼まれているのだ。遅れるわけには、いかない。

 一抹の名残を噛み締め、エリアスは母の場所に背を向ける。風に押されるように歩き出した。


 エリアスが不満でも、母はそうじゃないかも知れない。一生、枯れることのない花。美しいと、母は喜んでくれていたかも知れない――――それに。


 もし、母の罪が偽物だとすれば。誰かによって作られた芝居だとすれば。

 この(まが)い物の花を贈るのに丁度良い。


 しがない薬師の弟子と成り果てた今、エリアスがなせることは限られている。

 けれどその限られた境界で、あがいてみようと思うのだ。たとえ、結果がどうあろうとも。


 森の空気は密やかで、エリアスの隠し事も見て見ぬフリをしてくれる。エリアスは頭に降りかかる(つる)の鎖を掻き分け、外へと徐々に近づいていった。


 帰り道を辿るごと、軽くなりゆく森の翳り。

 エリアスの世界を、森が広げようとしている。




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