私的アーサー王伝説的な
連載したい気持ちはあるのですが、ひとまずここにて掲載。
ゴツゴツした粗い道。小高い山を2つの影が走る。
沈みゆく夕陽が一際眩い名残を轟かせ、空高い雲を金に染める。地上を見下ろす雲の底が影となり、鮮烈な光の雨を降らせた。
温められた空気に髪をそよがせ、アルトゥールは目を細める。
ここで寝そべりたい欲求がもたげた。けれど目の前を行く影には抗えず、突き進む。
乾いた山肌を駆け上がり、なだらかな傾斜を踏み締める。地面の窪みに足を取られ、転びそうになったところを、もう1人の手が引き留めた。
「限界か?」
そのまま、ぐいと引っ張り上げられる。
「ううん。ケイ」
がんばる、とアルトゥールは首を振り、父親違いの兄の名を呟く。漆黒の髪の少年はアルトゥールの答えに満足したようだった。
アルトゥールは異父兄の腕にしがみつき、体勢を整える。
いくら緩やかでも、足場の悪い山道は子供に厳しい。長い長い勾配を越え、ようやく2人は目的地へ登りついた。
「うわあ……!」
アルトゥールの視界を、夕焼けを浴びた街並みが埋め尽くしている。人々がぽつぽつと家路を急ぐ、寂しくなった通り。店じまいをする商人の動き。ごく小さな影にしか映らないけど、生き生きと描き出せた。
王都を縦断する大通りの一本道も、噴水広場を中心に枝分かれした細い街道も、まるでおもちゃと人形で立体の地図を作ったみたい。
低い山で、街一帯を見下ろせるわけではないけども、それでも圧巻だ。
「…………きれい」
「オザンナたちの目を盗んだかいがあったろう」
異父兄のおどけた口調に思わず頷き返す。
「ちょっと、悪いかもしれないけど」
紅く滲んだ夕陽は2人を照らし、異父兄の黒髪が空の熱を静かに溶かす。
この国では珍しい、漆黒の色合い。透き通る肌の白さを引き立てて、彼を浮世離れした存在に見せる。こんな紅い世界にいると一層、幻想的だ。
ふと、地平線から藍色が迫っているのが目に飛び込み、アルトゥールの背筋が冷えた。
どれだけの時間が経ったろう。山を登る間、ずいぶん食い潰した気がする。とっとと下らなければ夜を迎えてしまう。アルトゥールたちが屋敷を抜け出したと分かれば、どんなお叱りを受けるか分かったものじゃない。
「もう帰らないと。兄さんたちに怒られる」
アルトゥールは異父兄の袖を摘まんで急かす。けれども異父兄は知らんぷりをし、遠い目でより上空へと思いを馳せる。
艶やかな睫毛が射す光を薄め、切ない陰が彼の瞳を潤す。
「……………頂上」
少し高めの、ハリのある囁きが掠める。
「頂上に行けば、もっと眺めが良いぞ」
頂上? アルトゥールは繰り返す。もう山の最上に立っているのに、何を言っているのか。
アルトゥールは異父兄の視線を縛って離さない方向へ顔を移す。
切り立つ崖にそびえる、無数の白い尖塔。一番高い尖塔の鐘楼が、誘うようにかすかに揺れていた。
国王の城だ。頑強な壁に囲われた城は遠目にも厳めしい。顔を上げればいつでもどこでもこちらを見下ろしている王城に、幼いアルトゥールはおびえたものだ。
「頂上……?」
「そうだ」
目尻の深い切れ長の瞳がアルトゥールを振り返る。アルトゥールは異父兄の言わんとしていることを察した。
『頂上』。文字通りではない意味がアルトゥールの思考を止める。
「…………まじかよ」
冗談。笑おうとしたかったが、異父兄の面差しは真剣で。アルトゥールは口ごもる。
「だって僕……そんなの」
異父兄いわくの『頂上』とは、野心を抱く者ならば誰もが欲しがる地位だ。
王国カリバーンの王位継承制度に血統は関係ない。単純に力ある者が国を治める。最高の武力を誇る人間が玉座を支配するのだ。
剣で勝ち抜いた人物が国王となる。それがしきたり。異父兄はお前が掴めとほのめかす。信じられなかった。
「そんなの…………魔法みたいなことでもなきゃ、」
「魔法ならある」
強く、反論を許さぬ口調で、彼は断言した。
「どこにでも。忘れ去られただけだ。誰も知らなくなったから、自然と見えなくなったんだ」
その響きは真実味を帯びていた。けれどよく理解できなくて、結局首を傾げた。
「お前には早すぎたな」
アルトゥールのそんな様子を異父兄は苦笑する。
「帰ろうか。疲れただろう。…………ほら」
異父兄が踵を返し、わずかに身を屈める。アルトゥールは喜んで彼の背中に飛びついた。異父兄はバランスを取り直し、ゆっくりと歩き始める。
穏やかな振動が小さい身体に伝わる。温かい体温。自分を包んでくれる優しさ。高い背丈。アルトゥールが大好きなもの。アルトゥールは彼の肩に顔をうずめた。――――いつか自らも何かを背負う日が来るとは思いもしないで。
5年後。玉座に刻まれる王の名を、少年は知る由もない。




