世知辛い世の中 (裁きの庭)
授業中にめぷほっ、と思いついたのでチャチャチャッと。
「家事事件、ですか?」
日当たりの良い先輩の部屋での午後。エメリーは珍しく机と向き合っている先輩の手元を覗き込んだ。
「そっ。離婚した旦那がギャンブルで首が回らなくなって、奥さんとの財産分与の整理ができてねぇのをいいことに、奥さん名義の馬車を売ったんだとよ」
何やら面倒そうな案件である。
「へえ……」
聞けば原告の奥方は裕福な商人の娘で、さる伯爵家とも繋がりがあるお嬢さんらしい。今回、勝手に売り飛ばされた馬車は嫁入りの際に伯爵家から贈られた持参金で、金箔の骨組みと宝石を散りばめた箱部屋が美しい一級品。馬も、アルバーンではまず手に入らない血統だとか。そりゃあ、借金のカタに持ってこいだろう。
「その奥さんと旦那さんの、そもそもの離婚理由は何ですか?」
「旦那が博打をやめねーから」
金の切れ目は縁の切れ目とはこのことだ。
「…………どうしようもないですね」
夫婦には民法761条にて双方代理権が与えられている。一方の配偶者が法律行為を行った場合、そこから発生する債務を他方も負う、というものだ。
この時、一方の配偶者行為が日常家事の範囲内であることが条件となる。もし第三者がそれを信頼したとして、客観的観点から認められなければ奥方の勝ちなのだ。
今回の件だと、旦那が奥方の馬車の売買代理権に関する委任状を偽造でもして、売っぱらったのだろう。金を返してほしい焦りもあるところ、第三者は委任状の真正を確信したに違いない。
ところが馬車は奥方への贈り物で、伯爵家との強い繋がりを示す逸品だ。手放すようには考えられない。しかも売買契約の時期は離婚直後なのだから、旦那の代理権も消滅しているはず。
これは民法112条、代理権消滅後の無権代理の趣旨を類推適用し、次いで761条で第三者保護を図るといったところか。積み重ねられた判例上、勝訴しそうなケースであるが。
「離婚してもまだ離れられないんですね……」
「財産家は仕方ねぇよ。すぐ金で揉めやがる」
そのおかげで俺たちはメシを食えるんだけどよ、と呟くフランソワ。
財産家にかかわらず、お金絡みの話になると裁判所が賑やかになる。とりわけ熱いのが相続関係だ。次いで不貞行為。
すべて男女のかかわりから始まる事件ばかり。そこに金が口を挟むともう厄介この上ない。
信頼していたのに裏切られるくらいなら。好き勝手されるくらいなら。いっそ。
「私、結婚しません」
フランソワが渋くなった。




