表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/18

不器用さん (裁きの庭)


起きて早々もぷっと浮かんだ。





 額を撫でられ目を覚ます。青灰の虹彩は強面の三白眼を直視した。髪をいじっていた指の主が、フッと腕を引っ込める。


「起きたか」


 短い一言で、自分がベッドに沈められていたことを知る。


「…………私、寝てるんですか?」

「倒れたんだよ。廊下で。見つけてくれたのが爺さん弁護士で良かったけどよ。他の輩だったらお前、どうなってたか」


 体調管理くらいしっかりしろよ。倒れるまで仕事しろとは誰も教えてねーぞ。


 愚痴っぽい小言が降り注ぐ。


 心配してくれているのは申し訳ないし、ありがたい。けれどその原因は。


「先輩が仕事したら楽になるんだと思います」

「うるせーよ」


 これを機にもっと仕事を手早く済まそう…………という気にはならないらしい。彼くらいの能力なら、要領良くさばけるのに。

 宝の持ち腐れはたいへん勿体無い。


「…………あ」


 うだうだ垂れる先輩の説得力のないお叱りを聞き流し、あることに気づく。

 フランソワはあからさまに話を聞いていない(てい)のエメリーに、呆れ果てた。怒る気も失せたようである。


「んだよ」

「…………たばこ……」


 常日頃、先輩の部屋に充満しているはずの煙の気配がない。相変わらず先輩の胸ポケットは硬い長方形で膨らんでいるけども。


「吸わないんですね」


 さっき額に触れた長い手も、心なしか震えていた。


 フランソワは愛煙家だ。これまで高い収入のいくらを、巻きタバコに貢いできたか。

 彼の下にあてがわれて以来、エメリーがしつこく言ったおかげで量こそ若干減ったものの、まだまだだったのに。


 エメリーが仕事に取りかかった時間帯は早朝。今は昼をとっくに過ぎている。彼女が寝ている間、ひっそり耐えていたというのか。


「世の中そういうモンじゃねーの」


 気まずそうに身をすくめ、窓に差し込む夕焼け空を仰ぐフランソワ。指摘されて胸ポケットに手を添わす様子は、まったくない。


 硬い椅子の背にどっかりもたれかかり、両腕を後頭部で組む。すらっと伸びた脚を片方の膝にかけ、彼はまぶたを閉じた。


 エメリーはどれだけ気を失っていたか定かでない。空模様の具合からして、かなりの時間を無駄遣いしたのだろう。

 それまでずっと、彼は喫煙を抑えていたに違いない。彼みたいな重度の依存症だと、並ならぬ忍耐力を()いられているのでは。


 先輩の横顔をじっと眺める。苦しげな息遣いが時折漏れるが、それを和らげようとは、しばらくはしない。おそらく。

 無愛想な気遣いにエメリーの心があったまる。


 たまに倒れてみるのも悪くはない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ