不器用さん (裁きの庭)
起きて早々もぷっと浮かんだ。
額を撫でられ目を覚ます。青灰の虹彩は強面の三白眼を直視した。髪をいじっていた指の主が、フッと腕を引っ込める。
「起きたか」
短い一言で、自分がベッドに沈められていたことを知る。
「…………私、寝てるんですか?」
「倒れたんだよ。廊下で。見つけてくれたのが爺さん弁護士で良かったけどよ。他の輩だったらお前、どうなってたか」
体調管理くらいしっかりしろよ。倒れるまで仕事しろとは誰も教えてねーぞ。
愚痴っぽい小言が降り注ぐ。
心配してくれているのは申し訳ないし、ありがたい。けれどその原因は。
「先輩が仕事したら楽になるんだと思います」
「うるせーよ」
これを機にもっと仕事を手早く済まそう…………という気にはならないらしい。彼くらいの能力なら、要領良くさばけるのに。
宝の持ち腐れはたいへん勿体無い。
「…………あ」
うだうだ垂れる先輩の説得力のないお叱りを聞き流し、あることに気づく。
フランソワはあからさまに話を聞いていない体のエメリーに、呆れ果てた。怒る気も失せたようである。
「んだよ」
「…………たばこ……」
常日頃、先輩の部屋に充満しているはずの煙の気配がない。相変わらず先輩の胸ポケットは硬い長方形で膨らんでいるけども。
「吸わないんですね」
さっき額に触れた長い手も、心なしか震えていた。
フランソワは愛煙家だ。これまで高い収入のいくらを、巻きタバコに貢いできたか。
彼の下にあてがわれて以来、エメリーがしつこく言ったおかげで量こそ若干減ったものの、まだまだだったのに。
エメリーが仕事に取りかかった時間帯は早朝。今は昼をとっくに過ぎている。彼女が寝ている間、ひっそり耐えていたというのか。
「世の中そういうモンじゃねーの」
気まずそうに身をすくめ、窓に差し込む夕焼け空を仰ぐフランソワ。指摘されて胸ポケットに手を添わす様子は、まったくない。
硬い椅子の背にどっかりもたれかかり、両腕を後頭部で組む。すらっと伸びた脚を片方の膝にかけ、彼はまぶたを閉じた。
エメリーはどれだけ気を失っていたか定かでない。空模様の具合からして、かなりの時間を無駄遣いしたのだろう。
それまでずっと、彼は喫煙を抑えていたに違いない。彼みたいな重度の依存症だと、並ならぬ忍耐力を強いられているのでは。
先輩の横顔をじっと眺める。苦しげな息遣いが時折漏れるが、それを和らげようとは、しばらくはしない。おそらく。
無愛想な気遣いにエメリーの心があったまる。
たまに倒れてみるのも悪くはない。




