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下世話な噂 (裁きの庭)

 フランの恋人遍歴をただ書きたかっただけという下心←   文体がかなりフリーダムです。





 イメトレを極めても現実では殴らなかった自分を、褒めてやりたい。


「エメリーと色っぽい仲って、ほんとなの?」


 ぶほっ。口つけていたコーヒーがごぷりと波立った。


 喉を通った液体が逆流せんとこみ上げる。フランソワは必死に襟首のタイを緩め、咳き込んだ。


「っげほ、げほっ………ぐふ。……てめぇ、何ぬかしやがった」

「噂だけど」


 40近い年齢でありながら、きょとんと子供っぽい表情を向ける友人に殺意が湧く。フランソワは悪人相と定評の顔をいっそうおぞましく変貌させた。


 だが恋愛話に花を咲かせる乙女ばりの好奇心を剥き出したジャンは怯まず食らいつく。


「聞けば君、よくあの子と一緒にいたらしいじゃん」

「ったりめーだろーが。あの年で法廷弁護士になって、しかも女だ。やっかまれて変なコトされてみろ。俺も監督不行き届きで問題視されるだろ」

「あ。そういえばそうだね」


 なぜそこに気づかないのだ。


「ね、実のトコどうなの」


 バキ、とフランソワの指の関節が響いた。

 ちゃんと話を聞いていたのか、こいつ。


「何が悲しくて20以上も下のガキと(ねんご)ろにならなきゃなんねーんだ」

「16歳だし大人だよ」

「充分ガキじゃねーか。お前がタイプなだけだろ」

「うちの業界の何がいいって、業内教育を若い後輩と1対1でできることなんだよねー。そこに女の子が入ってきたら2年間みっちり一緒にいられるって特権ね。これで実際、年の差結婚した弁護士も多いみたいだよ」

「てめぇら、そんな目でうちの子も見てたのか…………」


 気色悪い。それでも弁護士か。

 選んだ職を間違えたんじゃないかと、フランソワは己の半生を振り返った。


 事務机に飛び散ったコーヒーの飛沫を吹き、気を取り直してカップを傾ける。


「うーん。あの子って法律以外は興味ない、みたいでしょ? 世間知らず感が満載だし、教えがいがありそうだよね」


 ごぶっ。


 今度は飲む寸前で噴き出した。コーヒーの表面が落ち着かなげに揺らぐ。

 フランソワは乱暴に口元を拭った。


 なんでこんな奴ら野放しにしてんのこの国。さっさと一斉検挙しろよ滅びんだろーが。ボサッとしてんじゃねーよ国家権力。


「あ、大丈夫。一般論を述べただけだよ。僕にはそんな気がないから」


 あったら今すぐ交流を断絶している。


 フランソワはコーヒーを味わうのを諦め、ジャンの会話に付き合ってやることにした。


「誰だよ、そんな噂流したの」

「さあ。でも君もベタ褒めしてるし」

「できる奴を評価して何が悪い」


 エメリーに好印象を抱いているのは認めよう。呑み込みが早いし、押しつけた仕事もこなしてくれて楽ができたし。なにより、自分の株を上げてくれた。これで評価しない方が失礼だ。

 ただそれは彼女の能力に関してだけで、恋愛とはわけが違う。普通、結びつかない。


「まあ確かに、君って女の人にはさり気なく優しいからねー」


 余計なお世話だ。


「勝手に俺のタイプ決めんなよ」

「じゃあどういうタイプが好きなの?」


 しつこい。

 苛立ちとは裏腹に、記憶がひとりでに学院時代へ遡る。


 だいぶ昔の思い出だから、おぼろげにしか覚えていない。どういう外見で、どんな風に洒落込んでいたか。霞んでぼやけてしまう。当時はあれだけ真剣だったというのに。


 香水の似合う女で、婚約まで誓った。

 でもイザコザがあってすれ違って、別れるしかないねと袖を振り合った。今頃どうしているかなんて未練がましい気持ちは皆無だが、別の誰かと結婚して二児に恵まれたとの風の便りを聞き、安心している。


 若い頃、あれだけ燃やした熱。くすぶりすら消えていて、再び息づくかどうかも怪しい。


 なんで惚れたんだっけ。思い出さぬうちに忘れてしまったらしい。


 でも唯一、これだけは言える。


「俺が惚れた女」

「…………………うーわー」


 非難の目を注がれる。


「守備範囲広すぎるよ」

「狭いだろーが。俺に惚れられるなんて狭き門だぞ?」

「ごめん。今、何語しゃべったの?」


 失礼な物言いを無視し、フランソワは席を立つ。事務机に腰かけていたジャンもつられて立ち上がった。フランソワが何をするのか、知りたそうな顔をしている。


「もういいだろ。ちょっくらお嬢の様子見てくる。てめぇも油売ってねぇで仕事しろ」

「…………そういう過保護なことしてるから、誤解されるんだよ」

「今さらじゃねぇか」


 飲みさしのコーヒーに名残惜しい視線を残しつつ、上着に袖を通す。彼が支度している間、あることに気づいたジャンは鼻先をあちこちに振り回した。何かを探そうとしているようだ。


「…………もしかして禁煙した?」


 尋ねられて、フランソワは首を横に振る。


「いや」

「だってものすごく身体に悪そうな匂いしないよ?」


 そういえば、いつもフランソワの部屋にこもっているザラついた煙たさが、今はない。

 フランソワは何の気なしに呟いた。


「お嬢に煙吸わせるわけにはいかねーだろ」


 理由は彼女の逆鱗に触れて寒い時間を過ごしかねないからである。喫煙の余韻をまとわせたが最後、咳のそしりを受ける。無言の責め苦は、相当辛い。

 だから刺激の強いコーヒーで欲求をごまかしてでも、巻きタバコを絶つのだ。


「…………」


 当然そのことを知らないジャンが、やっぱり……と邪推してエールを送ったのを、フランソワは知る由もない。



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