どうしても、どうしても止まらない時というものがあるのだ。
どうしても、どうしても止まらない時というものがあるのだ。
春先、わたしは一匹の蝶になって夜の海を飛んでいた。
あたたかい雨がやんだばかりで、あたりは海面から立ちのぼる潮の匂いに満ちていた。
穏やかにゆれる波に、触れるか触れないかの距離を保ちながら、わたしは不規則な軌跡でつきすすんでいた。
ぬるくしめった夜の闇は、幾重にも厚い層を重ねて月の魔力を弱めていた。
わたしははるか遠くへ突き進んだ。
空気の色が変わり、世界の果てが近づいてきたのかもしれないと思ったとき、一匹の美しい魚がびちゃりと跳躍しながらわたしを呑み込んだ。
わたしの魂ははじけ、すさまじく輝きながら一瞬で空をかけのぼった。
銀色に光る夜の海は見る見る遠ざかり、陸も雲もあっという間に遙か下界のもやもやした塊になった。
鈍色の地平線へ月が沈み、対の地平線に太陽が強烈な光と熱を振りまくのを感じたが、それもすべて奪われ消えた。
星々のあいだをすり抜け、目のくらむような暗黒を頂点まで吸い込まれ、圧縮され、ほこりの積もった宇宙の天井裏、神の光り輝く長衣の裾にあと少しで手が届くと思ったそのとき、
わたしは遠くに浮かんでいる薄暗い雨雲の一部となっていた。
世界の裏側へ雨となってすべり落ちたわたしは、暗く透明な沼に転がる、腐りかけた倒木のくぼみにおさまった。
季節は秋と冬の合間であった。
沼の底には枯葉が幾重にも積もっており、水に暗い色を溶かしこんでいた。
わたしには見えた。
孤独とたたかいながらひっそりと歌う祖母の姿が。
ふるい祈りをこめて誰かが舞っていた。
ときの狭間で繰り返されていた。
わたしはすくいあげた。
押し流される急流の中でばらばらにくだけながらそれでもなお進もうとするあなたの魂を。