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最終話 春の遠足、そして二泊三日の高等学校理数コース新入生学習合宿へ(3日目)

 草木も眠る丑三つ時。

「菜都美さん、菜都美さん、起きて下さい」

 目を覚ました閧子は、菜都美を起こそうと揺さぶった。

「どっ、どうしたの? 閧子ちゃん」

 菜都美は眠たそうに尋ねる。

「あの、一人じゃ怖いので、おトイレついて来て下さい」

 閧子は照れくさそうに、菜都美の耳元でささやいた。

「べつにいいけど」

「早帆さん起こそうと思ったんだけど、笑われそうなので」

「そっか……真っ暗だし、確かに怖いよね。付いていってあげるよ」

 菜都美はそんな閧子の姿を見て、快く了承した。

四人のテントから、トイレ小屋までの距離はおよそ五十メートルあった。

「手を繋いで下さい」

「いっ、いいよ」

 閧子の要求に、菜都美は照れくさそうに応じる。わずかな外灯を頼りに二人は恐る恐る足を踏み出していたため、行き着くまでに二分以上かかった。

「めちゃくちゃ寒いわね。真冬みたい。閧子ちゃん、あたし、ここで待ってるね」

 菜都美は女子トイレの入口横で立ち止まる。

「ダメです。個室の前まで来て下さい!」

 閧子は眉をへの字に曲げ、強く言い放った。

「……わっ、分かったよ」

 菜都美はにこっと微笑む。

「きゃっ!」

 個室に入ろうとした閧子が、菜都美に抱きついて来た。

「大丈夫? 菜都美ちゃん」

「ごめんなさい。あそこに、大きなクモさんがいて」

 閧子は怯えた目で隅のほうを指差した。

「でかっ! 田舎だと虫も巨大化するよね」

 菜都美は目を見開き、前屈みになって物珍しそうにその生き物を凝視する。

「怖いです」

 結局、閧子はそこの二つ後の個室に入った。すぐに水を流す音が聞こえてくる。聞かれるのは恥ずかしく思っているようだ。


「お待たせしました」

 手を洗い、ハンカチで拭いてから再び閧子の手を握り締めた。

「あの、閧子ちゃん。あたしも、行きたくなったんだけど……」

 菜都美はもじもじしながら言った。

「それじゃ私も、いっしょに個室に入ります」

「えっ!?」

 閧子の発言に、菜都美はたじろぐ。

「あの、もちろん壁の方を向いて、菜都美さんがするとこ見ないようにしますから」

 こう条件をつけて、菜都美に了承させた。


「閧子ちゃん。後ろ、絶対に見ないでね」

 菜都美は頬を赤らめながら、閧子は念を押して言う。

「はい」

 閧子は和式便器の後ろ側僅かな空間に、壁と向かい合わせになるようにして立っていた。

 菜都美は和式便器を跨ぎ、トレパンとパンツを同時に脱ぎ下ろしてしゃがんだ。

(閧子ちゃん、あたし、スカートじゃないからおしりまで全部丸見せになってるの)

 菜都美の頬の赤みは、ますます増していく。

「うわっ!」

 菜都美は突如声を漏らし達ょろちょろとお小水を出している最中、赤黒い液体もぽたぽたと、便器の中に滴り落ちて来たのだ。

「どうしたの? 菜都美さん」

 閧子は後ろを振り返った。菜都美の剥き出しになっているおしりとご対面する。

「出ちゃったよ、鼻血」

 菜都美も後ろを振り返り、閧子と目を合わせた。菜都美の鼻の下から口元にかけて、血がべっとりとついていた。

「大丈夫ですか?」

 閧子は心配そうに問いかける。

「平気、平気。鼻血には慣れてるから。それより閧子ちゃん、早く後ろ向いてね。あたし、ますます止まらなくなっちゃうから」

 菜都美は笑顔で言う。

「ごめんなさい」

 閧子は再び壁へ視線を戻した。

 菜都美は冷静にトイレットペーパーを千切り取り、両方の鼻穴に詰めた。続けてもう一枚千切り取り、局部もフキフキした。こうして後処理も済ませるとショーツとトレパンを上げ、水を流して個室から出る。閧子も後に続いた。

 菜都美は洗面所で手と、お顔も洗った。付いていた血はきれいに落とすことが出来た。

「どっ、どうぞ」

 閧子は菜都美にハンカチを手渡す。

「ありがとう閧子ちゃん」

 菜都美は快く受け取り拭いていく。

「どういたしまして。あの、菜都美さん、いろいろご迷惑掛けて申し訳ございませんでした」

 閧子はぺこんと頭を下げた。

「いっ、いやあ、あたし別に迷惑してないから。むしろ嬉しかったよ、あたしを頼ってくれて」

 菜都美はちょっぴり照れる。貸してもらったハンカチをきちんと折りたたみ、閧子に返してあげた。二人は再び手を繋いで、元来た道を進む。

 クゥオン、クゥオン。

その途中、遠くの方から野生動物のうなり声が聞こえて来た。

「菜都美さん、怖い」

 閧子は寒さと恐怖心からカタカタ震えていた。

「山だから、いろんな動物さんがいるみたいね。気にせずに早くテントに戻ろ」

「はっ、はい」


テントに戻った二人は、すぐに眠りに付こうとした。

クゥウウウオオオン、クゥゥゥオオオン。

しかし野生動物のうなり声は、ますます大きくなってくる。近づいて来たようだ。

「早帆さん、友梨さん、起きて下さい、起きて下さい」

恐怖心を強く感じた閧子は、二人を交互に揺さぶった。

「トッキー、どないしたん?」

「なあに? ときちゃん」

二人ともすぐに目を覚まし、眠たそうにしながら尋ねる。

「なんかすぐそこに、野生動物がいるみたいなの。ひょっとしたら、子泣き爺かも」

閧子の顔は、やや蒼ざめていた。

「閧子ちゃん、それは絶対ないって」

 菜都美はくすっと笑う。

「ナツミン、ちょっと確かめてあげて」

「分かった。あたしはイノシシかなんかだと思うけど。学校にもたまーに出るでしょ」

 菜都美は懐中電灯を手に持ち、テントの出入口を少し開けてうなり声のする方を照らしてみた。

「うっわ!」

 刹那、思わず悲鳴を上げ、懐中電灯を落っことした。そこには、想定外の野生動物がいたのだ。

「何がいたの? なっちゃん」

 友梨は菜都美に顔を近づけて尋ねてみる。

「ツッ、ツッ、ツキノ、ワグマが――」

 菜都美の声は震えていた。

「ほんとなの!?」

「ほっ、本当よ、リアルなツキノワグマだったの」

「まっさか」

 友梨は笑いながら、菜都美の落とした懐中電灯を拾い上げ、もう一度照らしてみた。

「…………うっ、嘘でしょ。クマさんが、出るなんて」

 友梨は口をあんぐり開けた。

「……まさか、四国にツキノワグマが出るとは――」

「はわわわわわわ、こっ、子泣き爺以上に、恐ろしいですう」

 早帆と閧子の目にもしっかりとその姿が映った。

「なっ、なっちゃん、あっ、あの子、お相撲でやっつけてよ、クマに跨り相撲の稽古って桃太郎のお話にもあったでしょ」

 友梨は焦りの表情を浮かべ、菜都美に無茶なお願いをする。

「そっ、それは金太郎でしょ」

 菜都美はカタカタ震えながら突っ込む。

「はっ、早く、防御せんと」

 早帆は急いで出入口を閉めた。しかし友梨の照らした明かりによって折り悪く、ツキノワグマに四人のいるテントの位置を見つけられてしまっていた。

クウウウウウウウァ。

 ツキノワグマは低いうなり声を上げながら四人のいるテントへどんどん近づいてくる。

 そして、

 鋭い爪が布にめり込んだ。

「きゃあああああああーっ!」

 閧子は大きな悲鳴を上げた。

「助けてーっ」

 早帆は泣きそうになりながら友梨に抱きついた。

「さっ、さほちゃん。落ち着いて」

 友梨はカタカタ震えながら早帆の頭をなでる。

「こら! クマ」

 菜都美は立ち上がって、テントの布に蹴りを一発入れた。

 クゥオ。

「あっ、当った?」

 布越しに、ツキノワグマの胴体部分に触れた感覚がした。同時に、ツキノワグマの動きがぴたりと止んだ。

足音もだんだん遠ざかっていく。

「行って、くれたようね」

 菜都美はぺたんと座り込み、ホッと一息ついた。

「なっちゃん、落ち着いてる場合じゃないよ! 今度は他のテントが襲撃されちゃうかも」

 友梨は深刻な表情で告げた。

「あっ、そっ、そうか。確かにそうよね」

 菜都美は冷静に考え直す。次第に表情が蒼ざめていった。

「でも、どうすればいいのよ?」

 そして苦悩する。

 その時だった。

「皆さん、大丈夫ですかーっ」

 テントの外から女の人の声がした。

「こっ、この声は――」

 友梨は出入口を少しだけ開いてみた。そして懐中電灯を照らす。他の三人も恐る恐るその隙間から外を覗く。

そこに現れたのは、保母先生だった。昨日と同じ浴衣姿。加えて今回は、電灯付きのヘルメットを被り、両手に木刀も持っていた。

ツキノワグマは、四人のいるテントから五メートルほど先にいた。隣のテントの五十センチ先くらいまで迫っていた。

「こら、クマさん! 先生が、相手よ」

 保母先生は震え声で叫ぶ。

クゥァ!

ツキノワグマはその声に反応し、彼女の方を振り向いた。保母先生と対峙する。

(こっ、こっ、怖いわ。立ち上がったら、先生よりも絶対大きいわよね。にっ、逃げて、逃げて)

 保母先生は心の中で唱える。彼女の足は寒さ以上に恐怖心からガタガタ震えていた。

クッ、クルゥアアアアアアアァ!

 彼女の願いも空しく、ツキノワグマは彼女の方目掛けて走って来た。

「えーい!」

 保母先生は渾身の力を込めて、木刀でツキノワグマの顔面を叩く。

 バチィィィィィィィン。

 乾いた音が響いた。

クッ、クウウウウウウウウァ!

 ツキノワグマは咆哮する。

「あっ、当たったわ。よぉし」

 彼女は攻撃の手を止めなかった。二本の木刀を交互に振り、何度も何度もツキノワグマの顔面や胴体を殴打する。

(効いてる気が、全然しないわ)

 バキーッンという音がした。

「あっ……」

 保母先生は絶句した。

 木刀が、両方とも折れてしまったのだ。

クウウウウウウウウアアアアアアアァ!

ツキノワグマは大きく口を開け、保母先生を睨み付けた。

 保母先生の渾身の攻撃は、ツキノワグマにとって痛くもかゆくもなかったようだ。ますます怒らせてしまっただけだった。

「あっ、あわわわ」

 保母先生は顔を真っ青にさせ、折れた木刀を投げ捨ててツキノワグマから逃げようとした。

クウウウァ、クゥア、クゥア。

 しかし、当然のようにツキノワグマの方がスピードは速かった。

 一瞬のうちに距離を詰められる。

(もっ、もう、ダメだわ……)

 ツキノワグマの鋭い爪が、保母先生の背中すぐ先まで迫った。

「保母ちゃああああああぁーん」

 早帆、

「保母先生、いやあああああああっ」

 閧子、

「先生、逃げてぇぇぇぇぇーっ!」

 菜都美、

「せんせーぇぇぇぇぇぇぇぇ~!」

 友梨の四人は大きな悲鳴を上げた。

 その時――。

キッキッキー、キキキッキー。

 と、どこからともなく動物の鳴き声がこだました。

 クゥア。

その鳴き声に反応したのかツキノワグマは、ぴたっと動きを止める。そしてゆっくりと、その方へ目を向けた。

「あの子は確か――」

運よく攻撃を逃れた保母先生は目を見開いた。

そこに現れたのは、藤原先生のお供、サル麻呂であった。

キッ、キキキキキ、キッキキィーッ!

 サル麻呂は、右手に松明を持っていた。それをツキノワグマの顔面目掛けて突きつける。

ゴォゴォと燃え盛る赤い炎が、ツキノワグマの顔面を直撃した。

クゥォオオオオオオオオン!

ツキノワグマは両手で顔を押さえた。けっこう効いたようだ。

さらにサル麻呂は、直径三十センチほどの大きさの石を鬼のような形相で持ち上げ、ツキノワグマの脳天目掛けて投げつけた。

それも見事命中した。

クゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!

ツキノワグマは激しく咆哮しながら、ゆっくりとした足取りで山の方へ去っていった。

サル麻呂も、どこかへと姿を消した。

「なっ、なんとか、助かったわ」

 一部始終を目撃した保母先生は腰が抜けて、その場にぺたんと座り込む。カタカタ震えていた。

「ほっ、保母ちゃぁん、大丈夫? お怪我はない?」

「保母先生、無事ですよね?」

「血は出てない?」

「保母先生。無茶しちゃダメだよぅぅぅ」

 四人はテントから出て急いで駆け寄り、保母先生のことをとても心配する。

「先生は、なんともないわよ」

 保母先生は、落ち着いた口調で答えた。

「よっ、よかったあああああっ!」

「保母先生、無事で、何よりです」

 早帆と菜都美は思わず涙がこぼれ出た。

「あっ、保母先生、手から血が出てる」

 友梨は保母先生の右手のひらから、ちょっぴり血が出ていたのに気付く。

「木刀握ってた時に出来た傷ね、これくらいなんともないわ」

「ダメです保母先生。私が手当てします」

 閧子はそう伝えて、保母先生をテントへ連れて行った。


「はい、もう大丈夫ですよ」

 閧子はおウチから持って来ていた水絆創膏を、保母先生の怪我した部分に張ってあげた。

「ありがとう松尾さん。将来は立派なお医者さんになれそうね」

「いえ、わっ、私は、理学部化学系に進む予定なので……」

 保母先生に褒められ、閧子はちょっぴり照れてしまった。思わず俯いてしまう。

「保母先生、本当にありがとうございました。あたし、保母先生のことがますます好きになっちゃった」

「保母先生は命の恩人だよ」

「いえいえ、先生は何も。これは、藤原先生の家来のおかげよ」

 菜都美の友梨のお褒めの言葉に、保母先生は謙遜の態度を示す。

「そんなことないって、保母ちゃんも大健闘してたよ。体を張ってクラスメート達を守り抜こうとして。とっても男らしかった」

早帆はそう褒め、保母先生の頬っぺたにチュッとキスをした。

「きゃっ!」

 保母先生はびくっと反応する。彼女の頬はだんだん赤くなっていった。

「あああああーっ、早帆ちゃん、何してるのよ?」

 菜都美は早帆の頬っぺたをぎゅーっとつねった。

「いたたたたた、すまんナツミン」

「もう、浦上さんったら」

 保母先生はにこっと微笑む。

「ねえ保母ちゃん、ひょっとして、初キッスまだった?」

 早帆は笑みを浮かべながら尋ねた。

「そっ、それは…………子どもは早く寝なさい!」

「あいたっ」

 数秒間の沈黙の後、保母先生は早帆の頭をグーでコチッと叩いて、逃げるようにテントをあとにした。

「安全は確保出来たので、さっさと寝ましょう」

 閧子も慌て気味に告げる。

 こうしてその後は、何事もなかったように平和に夜が更けていったのであった。


         ☆ 


 午前七時。

【グーデンターク、起床時刻だよーん】

外に付けられたスピーカーから、昨日と同じく徳島先生のモーニングコールが流れる。友梨以外の三人は目を覚ました。

「おはよう、ナツミン」

「菜都美さん、おはようございます」

 早帆と閧子は、まだ眠たそうだった。

「おはよう」

 菜都美も同じような感じだ。

「私、あのあともあまり眠れなかったの」

「ワタシも同じ。また襲って来たらどうしようかと思って」

「あたしもだ。真夜中の出来事、他の先生達にも報告した方がいいよね」

「そうした方が良いよ。今回は幸い被害なかったけど、来年の新入生のことが心配や。それにしても、ユリは暢気やね」

 早帆は友梨の方へ目を向ける。ぐっすり眠っていた。

「友梨ちゃん、起きて起きてー」

 菜都美は昨日と同じようなやり方で、友梨を起こす。

「おはよう、なっちゃん。爽やかな朝だねー」

 友梨は寝惚け眼をこすりながら立ち上がり、背伸びした。

「ユリ、クマがまた襲ってこんか心配やなかった?」

 早帆は尋ねる。

「うん。保母先生やおサルさんがやっつけてくれたんだし、もう絶対大丈夫だと確信してたよ」

 友梨は笑顔で答えた。

「ほうか。その性格羨ましいわー」

 早帆は感心する。

「今朝は天気すごく良いけど、かなり冷えたよね」

友梨はプルプル震える。

祖谷のかずら橋周辺は、四月下旬でも気温が0度近くまで下がることはよくあるのだ。

四人は身支度を済ませて、近くにある宿舎内の食堂へ向かった。

「なんと!? クマが出たのかい?」

「はい、体長二メートル近いツキノワグマでして」

「うなり声もすごかってんよ」

「あたし、写真撮っとけばよかったな」

「あんな大型のツキノワグマさん、放って置くのは危険ですよ」

そして徳島先生に、真夜中の出来事を伝えた。彼は目を丸くする。

「この辺り、ツキノワグマは生息してないはずだけど。アライグマと見間違えたんじゃないのかい?」

「いや、確かにあれは……」

 菜都美は動揺する。

「他の子達からは、そのこと何も聞いてないよん。きみ達とりあえず落ち着いて、朝ご飯食べてねん」

 徳島先生は冷静な対応で四人を諭した。

こうして四人ともテーブル席に着き、朝食をとり始める。今朝は、パンやフルーツなどのバイキングだった。

「わたし、やっぱりどうしても気になる」

「ワタシもや。夢だったとは到底思えん」

「確かにツキノワグマだったですよね」

「絶対そうよ。アライグマのはずはないわ。あたし、この目でしっかり見たもん。あの特徴的な胸の模様」

 豪華なメニューも、四人は微妙な面持ちで味わう。

 そんな時、 

「あのう、ツキノワグマのことについてなんやけど……」

 雲丹亀先生が四人のもとへ、ゆっくりと歩み寄って来た。そして小声でこっそり何かを伝える。

「えええええっ! あたし、信じられない」

「本当なのですか? 雲丹亀先生」

「わたし、てっきり本物だと……」

「そういうことやったんかあ」

 四人とも面食らった。そしてすぐに笑顔がこぼれた。

「ワタクシも、じつは知っていたよん」

 徳島先生は傍でくすくす笑う。

「もう、昨日の内に知らせてくれたらよかったのに」

 菜都美は彼の肩をパシッと叩く。

「怖がらせちゃってごめんね。でも、それだと楽しみがなくなっちゃうかなって思ってさ。浦上さんと松尾さんも、じつは知ってたんだよねん?」

「はい」

「先輩から聞いてたからね」

 徳島先生からの問いかけに、閧子と早帆は爽やかな表情で答えた。

「うっそ……」

「えーっ!? じゃあ、怖がってたのは?」

菜都美と友梨は再度面食らう。

「演技やったんよ」

「私も演技してましたけど、正直言うと分かってても少しだけ怖かったです」

早帆と閧子はさらりと答えた。

「じつは先生もよ」

 保母先生も四人のもとへ歩み寄って来て、微笑み顔で打ち明けた。

「保母先生も演技だったんですか!? もうなんていうかねえ……」

「どっきり過ぎだね」

 菜都美と友梨は、しばらく笑いが止まらなかった。


 朝食後、午前九時から宿舎内研修ルームで物理基礎の講義が行われる。

予定だったのだが。

「藤原先生が行方不明なので、急遽予定を変更して英語の講義を行います」

 保母先生はこう伝えた。

「やったぁ!」「いえーっい♪」「めっちゃ嬉しい」「あいつこのまま戻って来んでええわ」

するとクラスメート達から歓喜の声が上がる。

 十時半、今回の合宿で行われる講義は全て終了。

 十一時過ぎ。クラスメート達四〇名、保母先生、雲丹亀先生、徳島先生、バスガイドの節子さんを乗せ、貸し切りバスは出発する。

       ☆

学校へ帰る前に、JR徳島駅前に途中下車した。

「合宿プログラムのフィナーレ、ワタクシの苗字にちなんでの徳島市内自由行動だよーん。集合時刻の三時までにバスに戻って来てねん」

 徳島先生はこう告げて、クラスメート達をバスから降ろしてあげた。

 クラスメート達はロープウェイで眉山へ登ったり、駅前にあるポッポ街商店街や百貨店へ立ち寄ったり、新町川沿いをお散歩したり、遊覧船に乗ったりなどして限られた少しの時間を思い思いに過ごした。

 そして午後三時。貸切バスは、今度は学校へ向けて一直線。

「アニメグッズ、いっぱい買えてよかった。徳島ってアニオタに優しい街やね」

「アニメ製作スタジオもあるしね。五月の連休中に、マチ☆アソビがあるのね。あたしの大好きな声優さん来るし、その時また徳島行きたいよ」

「ワタシ、今回のマチ★アソビは行くつもりやから、一緒に行こう。バス代はワタシが負担するよ」

「えっ! いいの? サンキュー早帆ちゃん」

 早帆と菜都美は満足げな様子で、車内でおしゃべりし合う。

「徳島といえば、伝統的には阿波おどりと人形浄瑠璃でしょ」

「そうだよね。アニメの街になったのは、わりと最近のことだよね」

 閧子と友梨は笑顔で突っ込んでおく。


貸切バスは徳島駅前を出発してから、二時間ほどで私立笹ノ丘高校に到着した。

「きみ達長旅お疲れさん、ではこれにて解散、の前に、ワタクシからプレゼントだよん」

 降りる前に、徳島先生は嬉しそうに告げて、荷物棚から大きな紙袋を引っ張り出す。

 中から出て来たのは、緑色リボンで括られたプレゼント箱だった。

「修ちゃんが皆様のために丹精込めて作ったものなんじょ」

 節子さんは自慢げに語る、彼女がクラスメート達に配布していった。

「わぁー、嬉しい! お菓子か何かですか?」

 友梨は興奮気味に尋ねた。

「ふふふ、開けてからのお楽しみだよーん」

 徳島先生は微笑みながら言う。

「緑色リボンとは新緑シーズンらしいですね」

 菜都美はわくわくしながらリボンをほどき、包装をはずして蓋を開けた。

「あれ? 紙しか入ってない」

中に封入されていたのは、二つ折にされたB4サイズの用紙。

「楽しい気分に浸っているところ悪いんだけど、これはね、数ⅠAⅡBの総復習プリント二十枚セットさ。大型連休明けまでにやっといてねーん」

 徳島先生は爽やかな笑顔で告げた。

「徳島先生、多過ぎですよ。あたし、大型連休は遊ぶ計画いっぱい立ててるのに」

「わたしもこんなプレゼントはいらないよう」

 菜都美と友梨はとてもがっかりする。

「先生からもプレゼントがあるわよ」

 そんな二人をよそに保母先生は、十枚綴りになっている英語の演習プリントを配布していった。

「楽勝、楽勝」「もっと出して下さい」「雲丹亀先生、化学の宿題は無いんですか?」

 クラスメートの何人かは、喜びの声を上げる。

「こんなの、絶対無理だぁ~っ」

「出来るわけないよ先生、外部生にも配慮して」

 菜都美と友梨は、嘆きの声を上げた。


      ※


「数学と英語の課題、中身ちょっとだけ見てみたけど、分からない問題ばっかりだったよ。ちゃんと仕上がるかなあ」

「あたしも正直不安」

「こうなったらお母さんにお願いして宿題全部やってもらおうかなあ。絶対無理だけど」

 解散したあと、友梨と菜都美は沈んだ気分で帰り道を進んでいく。

「友梨さん、菜都美さん。私もお手伝いしますから」

「ワタシの手にかかれば、これくらいすぐ終わっちゃうよ」

 閧子と早帆はそんな二人に労いの言葉をかけてあげた。

「本当!? よろしく頼むよときちゃん、さほちゃん」

「悪いわねえ。あたしはなるべく自分の力でやるよう心がけるよ」

 大喜びする友梨に対し、菜都美は申し訳なさそうにしていた。


同じ頃、祖谷の山中で、藤原先生はうずくまっていた。

「今年の新入生共怖がらせようと思ったのに、墓穴掘ってもうたわー。保母さんの攻撃めっちゃ痛かった。思いっきり攻撃してきおって。おかげで全身痣だらけや。あと、たぶん河南やな、ワシの急所ピンポイントに狙い撃ちしてきよって。サル麻呂のやつも、ワシの変装に気付かんかったんかいな。着ぐるみ、かなりリアリティに作ったからのう。鳴き声も本物のを録音して内蔵して。いたたたっ、崖から転落するし、スズメバチにも襲われたし、今年は特に散々な目に遭うたー」 

 真夜中に現れたツキノワグマの正体は、着ぐるみを身に纏った藤原先生だったのだ。

(おしまい)


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