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第一話 入学式 新しい友との出会い

なっちゃん、わたし達、いよいよ今日から高校生だね」

「そうだね友梨ちゃん。あたし、この高校に入れたこと誇りに思うよ。女子高では県内で三本の指に入る進学校みたいだし」

四月初旬。

神戸市内に佇む私立笹ノ丘女子高等学校の入学式当日、菖蒲友梨と河南菜都美は楽しそうにおしゃべりしながら受付の列に並んでいた。

友梨はぱっちりとしたつぶらな瞳に丸っこいお顔。細長八の字眉、ほんのり栗色な髪を水色のリボンで二つ結びにし、肩より少し下くらいまで下ろしている。

 菜都美はぱっちり垂れ目、面長広めのおでこ。濡れ羽色の髪の毛を紫色花柄リボンでポニーテールに束ねているのがチャームポイント。

二人とも顔立ちには、まだまだ中学生らしいあどけなさが残っていた。

背丈も同じくらいだ。

三つボタンのついたえんじ色ブレザーと、萌黄色のチェック柄スカートがこの学校の生徒である証。二人はその制服を身に付けていることに大きな満足感を得ていた。

「あのう、お二人とも高等学校の新入生なんですよね? ここは中学の受付ですよ。高等学校の新入生は、あちら側になります」

 二人の前に並んでいた女の子が指摘してくる。

「えっ! ここじゃないの? あっ……そういえばこの学校って、中高一貫校だったね。制服同じだから気付かなかったよ」

「いきなりドジ踏んじゃった。このとこは絶対母さんにはナイショにしとこ」

 友梨と菜都美は照れ笑いしながらここの列を抜けて、高等学校の受付に並び直した。

 保護者の方々は先に、入学式会場となっている講堂棟で待機していた。


「わたし、なっちゃんと同じクラスになれて嬉しいな」

「理数コースだから同じクラスになれることは分かってたけどね、あたしもすごく嬉しい」

 受付で配布された名簿表を眺めながら、二人は喜びを分かち合う。

高等学校一学年は全部で八クラスだ。友梨と菜都美が在籍することになった普通科理数コースは、一組。国公立大理系学部への進学用カリキュラムが組まれおり、内部生にも選抜試験が課される。進学校であるこの学校の中でも最も入学難易度の高いクラスなのだ。 

他の七クラス(二組~八組)は、内部生ならばエスカレーター式に進学出来る普通科普通コース。こちらは二年次以降、文系・理系に分かれる。理数コースを受験した内部生のうち、不合格となった者もここに振り分けられる。

入学式は中高合同。中学校新入生約二百名、高等学校新入生約三百名が来賓や保護者らからの拍手に迎えられながら入場していった。

開式の辞が述べられ、国歌斉唱、入学許可、来賓祝辞などが行われていき、二時間ほどで閉式となった。

退場した新入生達は、それぞれの教室へと向かっていく。

「友梨ちゃん、周りに女の子しかしないのは新鮮だったね」

「うん。先生には男の人もけっこういるみたいだけどね。それにしても体育館とは別に講堂があるなんて、豪華だねこの学校。さすがは私立なだけあるよ」

 友梨と菜都美は、講堂棟を出て少し進んだ渡り廊下で合流した。入場は出席番号順となっていたため、一旦別れていたのだ。二人は並んで歩く。

「ねえ、これ、あなたのだよね?」

 突然、友梨は背後から声を掛けられ肩をポンッと叩かれた。友梨は咄嗟に振り向く。

そこにいた子は、茶色みがかった髪の毛を肩にかかるくらいまでのミディアムウェーブにし、背丈は一七〇センチ近くあるように見え、すらりとしていた。

「あっ、わたしのだ。落としたの気付かなかったよ。届けてくれてありがとう」

友梨は首を前に傾け、胸ポケットを覗き込む。受付で記念品として贈呈されたボールペンをここに入れていたのだ。 

「うっかりさんやね」

 その子はにこっと微笑む。

「あなた、ひょっとして、あたし達と同じクラス? あたしの少し前に並んでたような……」

 菜都美は気になって尋ねてみる。

「二人とも一組?」

「「うん!」」

 その子が逆に問いかけると、二人はほぼ同じタイミングで頷いた。

「じゃ、同じやね。ワタシ、浦上早帆。中学からの内部生よ。よろしくね♪」

その早帆と名乗った子は二人に向かってウィンクし、親しげに話しかけて来た。

「わたしは菖蒲友梨だよ。こちらこそよろしくね、さほちゃん」

 友梨は握手を求めた。

「菖蒲って珍しい苗字やね。これから仲良くしようね、ユリ」

早帆は快く応じる。

「あっ、どっ、どうも。あたし、河南菜都美よ」

 菜都美はやや緊張気味に自己紹介した。

「河南って苗字も初めて聞いた。よろしくナツミン。二人ともワタシよりちっちゃくって可愛らしいね」

 早帆は両手を使い、二人の肩をポンッと叩く。

「あたしと友梨ちゃん、平均身長くらいなんだけど。早帆ちゃんがでかいよ」

 菜都美は笑いながら早帆を見上げる。

「さほちゃんって、すごくスタイルいいね」

「そうかな?」

 友梨に褒められ、早帆はちょっぴり照れた。

「このあと担任発表があるんだよね。楽しみだなあ」

「あたしもーっ。普通はクラス発表の時か、遅くても入学式の途中で知らされるよね。ホームルームでやるのは斬新ね」

 友梨と菜都美は嬉しそうに呟く。

「理数コースの担任誰がなるんかは、ワタシ含めて内部の子はすでに知ってるよ。すごく優しい女の先生で、思わず突っ込まずにはいられんような苗字なんよ」

 早帆がこう伝えると、二人のわくわく気分はますます上昇した。

 

三人とも教室に入ると、定められた席へ着く。

各机の上には、出席番号と氏名が記された紙が貼られていた。

「なっちゃん、お隣同士だね」

「初めてね、こんなこと」

 か行、河南菜都美の出席番号は七番。さ行、菖蒲友梨はその七つ後の十四番だった。早帆の席は、菜都美の席三つ前だ。しばらく待機していると、いよいよクラス担任がやって来た。

「皆さん、お久し振り。外部生の子は初めまして。高等学校一年一組の担任を勤めます、保母貴枝と申します。理数コースではクラス替えもなく、担任も三年間変わりません。というわけで皆さん、これから三年間末永くよろしくお願いしますね」

保母先生は英語科担当の、まだ二十代後半の若々しい女性教師。今日は着物姿だった。背丈は一五〇センチをほんのちょっと超えるくらい。丸っこい小さな瞳に丸っこいお顔。濡れ羽色の髪の毛はさらさらとしており、リボンなどでくくらずごく自然な形で肩の辺りまで下ろしている。いわば小柄和風美人だ。実年齢よりも十歳ほど若く見え、制服を着ていれば生徒達に紛れても違和感ないかなという感じのお方である。

「保母さんって、保育園の先生のことだよね」

「今は保育士っていう呼び方が一般的だけど、早帆ちゃんが言ってた通り、突っ込まずにはいられない苗字ね」

 友梨と菜都美は小声でコソコソ話し合う。

「先日行われた入学者説明会でご存知だと思いますが、理数コースの皆さんは四月の終わりにある遠足のあと、そのまま二泊三日の合宿へと向かいます。その班分けについてですけど、外部生も半数以上いて、まだお互い知らない子同士ばかりだと思いますので、先生の方で明日までにアトランダムに決めておきますね」

 保母先生は続けてこう告げた。

「保母ちゃん。ワタシ、ユリとナツミンといっしょの班がいいな」

 すると早帆はすぐさま挙手をして、大きな声で伝えた。

「オーケイよ浦上さん。けど、四人でワングループなの。もう一人のメンバーは、こちらで決めておくわね。では今からクラス写真を撮りますので、皆さん荷物を持って校庭へ移動して下さいね」

 保母先生は快く了承し、次にこう指示した。

「さほちゃん、ありがとう。気を利かせてくれて。この学校、なっちゃん以外に知り合い一人もいないからね」

「友梨ちゃん早帆ちゃんと同じ班になれてあたし、すごく嬉しい」

「どういたしまして。保母ちゃんはワタシが中二の時も担任やったんよ。掃除の班分けとか席替えとか、希望通りにしてくれることが多いんよ。ところでお二人は、どの辺に住んではるん?」

早帆は唐突に尋ねた。

「ここから歩いて二十五分くらいだよ」

 友梨が先に答える。

「おう、すぐ近くやん。ワタシは阪急電車通学、ヅカっ子なんよ」

「ヅカって、宝塚のことね。あたしんちも友梨ちゃんちのすぐ近く。自転車通学禁止区域ぎりぎりの所なの。あと五十メートルくらい遠かったら自転車で通えたんだけどな」

 菜都美はちょっぴり残念そうな表情を浮かべた。

「わたしんちからは自転車通学出来るみたいだけど、乗れないから関係ないや」

友梨は笑顔で話す。


保母先生はクラスメート達を大方背の順に並ばせた。三列あるうち、友梨は真ん中の列中央付近、彼女の隣に菜都美が並ぶ。早帆は最後列だ。

「それでは撮りまーす。はい、チーズ」

 カメラマンからの指示が入り、クラスメート達はカメラに目を向ける。友梨や早帆含め爽やかな表情の子が多い中、菜都美は緊張しているのかぎこちない表情だった。

撮影を済ませたクラスから、自由解散。

先ほど入学式が行われた講堂では今、保護者向けの説明会が行われている。

「ユリ、ナツミン。ワタシはママ待たずに先に帰るけど、お二人はどうする?」

「わたしはお母さんと帰るよ」

「あたしも同じ。まだ写真撮り足りてないからって。朝、校庭でいっぱい撮ったんだけどね」

「そっか。じゃユリ、ナツミン。また明日学校でね」

早帆は二人と、正門横で別れを告げた。

「なっちゃん、さほちゃんってとっても楽しそうな子だね」

「そうね。なんか頼れるお姉さん的存在というか」

二人は早帆の後姿を見送る。このあと、校庭を彩る満開のソメイヨシノを眺めつつ三十分ほど待ち、互いの両親と落ち合った。


         ☆


「友梨、改めて入学おめでとう」

「ありがとう。なんか照れくさいな」

 菖蒲家の夕食団欒時。友梨はお母さんと楽しそうに会話を弾ませる。デミグラスソースのたっぷりかかったハンバーグステーキをナイフで小さく切り、フォークを使ってお口に運んだ。

「友梨、ピーマンだけ器用に残さない。今日から高校生でしょ。いい加減好き嫌いは無くそうね」

お母さんは爽やかな笑顔で友梨に注意する。

「分かったよ」

友梨は、嫌々ながらも頑張って残さず平らげた。

夕食を済ませたあと、十時頃までテレビ番組を見て、それからお風呂に入るのが友梨の中学時代からの日課となっている。シャンプー、洗面器、バスタオル、セッケンに加えて〝シャンプーハット〟も彼女の入浴セットの必須アイテムだ。

「ああーっ、今日はすごく楽しい一日だったなあ。さほちゃんって子とも仲良くなれたし。合宿もあるし、これからの高校生活、楽しくなりそうだ」

少しぬるめの湯船に肩までしっかり浸かり、足を伸ばしてゆったりくつろぐ。

お風呂から上がるとパジャマに着替えて、歯磨きを済ませる。歯磨き粉はメロン味が一番のお気に入り。

「お母さん、おやすみなさい」

「おやすみ。明日の朝は少し冷え込むみたいだから、風邪引かないようにお布団しっかりかけて寝るのよ」

「はーい」

 友梨はドライヤーで髪の毛を乾かしたあと、お母さんに就寝前の挨拶をして、二階にある自分のお部屋へ。   

 午後十一時、友梨はいつもこの時間には床につく。六畳一間のお部屋には、女の子らしくかわいいぬいぐるみが部屋一面にいっぱい飾られている。その中でも特にお気に入りの、お母さんに海遊館で買ってもらったジンベイザメのジャンボぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、ベッドにゴロンと寝転がり、お布団に潜り込んだ。


日付が変わる頃、

「友梨ったら。また電気つけっぱなしで寝ちゃって」

 お母さんは友梨が目を覚まさないようにこっそりお部屋におじゃまし、スイッチを押して電気を消した。

 友梨は今、楽しい夢の中だ。


      ☆


 翌早朝。七時四十五分頃。

「友梨、早く起きなさいねっ」

 お母さんはそう叫びながら、友梨のお部屋へ足を踏み入れた。

 七時半にセットされていた目覚まし時計のアラームも、まだうるさく鳴り響いていた。

 お母さんはアラームを止め、友梨の頬を軽くペチペチ叩く。気持ちよさそうにすやすや眠っていた彼女を起こすためだ。 

「んうんーっ」

 友梨は布団の中から手をにゅっと出し、お母さんの手をパシッと払いのけた。

「もう! 須磨水族館のアカウミガメさんじゃないんだから」

手を引っ込めて、頭まですっぽり掛け布団に包まる。彼女の体は完全に隠れた。

「お母さん、まだ眠いよう。あと一分だけぇ」

 さらにぐずる。

「友梨、いい加減にしなさい!」

 お母さんは、今度はお布団をベッド横から転がす手段に出た。力いっぱい押す。

「あぁーん」

すると中にいる、ロールケーキの生クリーム部分みたいになっている友梨もいっしょにころころ転がり、掛け布団ごと床へと落っことすことが出来た。お母さんの試みは功を奏した。

「あいたたた……(*_*)」

「友梨、早く支度しないと遅刻しちゃうわよ」

 お母さんはため息混じりにそう告げて、疲れた様子で一階へと下りていく。寝起きの悪い友梨を起こすのに、毎朝けっこう体力を使ってしまうのだ。

「あー、ねむーぃ」

 友梨は寝惚けまなこをこすりながらゆっくりと立ち上がり、学習机の上に置かれてある目覚まし時計を眺めた。

「七時……五十、二分……えっ、もうこんな時間なの!? 大変だーっ」

 予想外の時刻に驚く。けれどもこれで、すっきり目が覚めた。慌てて鏡の前に座り、櫛で髪の毛をとく。今日はピンク色のリボンで髪の毛を束ね、彼女お気に入りのヘアスタイルに。

「この高校の制服、ネクタイ結ばなきゃいけないから時間かかっちゃうよう」

時計の針は刻々と進む。パジャマから制服に着替え終えるまで、五分近く費やしてしまった。階段を駆け下り通学カバンを玄関先に置いて、おトイレを済ませて洗面所へと走る。

それからすぐに、ピンポーン♪ とチャイム音が鳴った。

「はーい」

 お母さんが玄関先へ向かい、扉を開ける。

「おはようございます、おばちゃん。あの、友梨ちゃんはやっぱり……」

「そうなのよ。高校生になっても相変わらず寝坊癖直らなくって」

「気持ちはよく分かります。あたしも朝は苦手ですから」

やって来たのは、菜都美であった。友梨とは幼稚園の頃からずっといっしょに登園登校している幼馴染同士だ。

「友梨、菜都美ちゃん来たわよーっ」

 お母さんは、お顔を洗っている友梨に伝える。

「分かってる。なっちゃーん、もう少しだけ待っててね」

「分かった、分かった。なるべく急いでね」

 タオルで顔を拭き取り、友梨はリビングキッチンへと走る。

時刻はすでに八時五分をまわっていた。朝食にはキウイジャムのたっぷり塗られた六枚切りトースト一枚、ほんのり塩辛いベーコンエッグ、そしてマヨネーズで味付けされたポテトサラダが用意されていた。けれども友梨はトーストだけを口にした。

「やっばーい。遅刻しちゃうよーっ」

 そしてすぐさま菜都美が待つ玄関先へ。

「友梨、歯磨きはちゃんと済ませたの?」

 お母さんは居間で、朝の連続テレビ小説を見ながら叫ぶ。

「そんな時間ないよう。それじゃ、いってきまーっす」

友梨はこう返事し、真っ白なスニーカーを履いた。

「友梨、もう少し早起き出来るようになりましょうね。二人とも行ってらっしゃい」

「では行ってきますね、おばちゃん。友梨ちゃん、もう八時八分になってるよ。急がないと遅れるよ」

 菜都美は携帯電話の時計を見ながらせかした。

「信号に引っかかったら百パーアウトだね。ダッシュで行こう」

 二人は玄関を抜けて外へ出る。今朝は、この時季としては少し肌寒かった。二人は白い息を吐きながら学校へと急ぐ。


「おっはよう、ユリ、ナツミン。お二人さんもギリギリの登校やってんね」

 通学路の途中、二人は背後から早帆に声をかけられた。

「あっ! さほちゃんだ。おはよう」

「やあ、早帆ちゃん。おはよっ」

二人はすぐに気付き、挨拶を返す。

「さほちゃん、この学校の周辺、坂すごくきついよね」

「半分山の中ね。もう少し街中に建てればいいのに」

「ワタシは慣れてるけどね、やっぱしんどいよ。夏は特に」

三人は息を切らしながら、急勾配の坂道を走って進む。

自転車通学をしている子の姿も見られ、かなりしんどそうにペダルをこいでいた。

三人は八時二十五分の予鈴チャイムが鳴るのとほぼ同時に正門へ飛び込んだ。鳴り終わるまでは約二十秒。それ以降の登校は遅刻扱いとされてしまう。毎朝正門前に立つ、生徒指導部の先生方にきちんとチェックされる。

「なんとか間に合った。ぎりぎりセーフだったね。ほんと、危なかったよね」

 友梨はホッと一息ついた。

「誰のせいかなあーっ?」

 菜都美はニカッと笑い、友梨の頬っぺたを片方の手でぎゅーっとつねった。

「いたたたっ、ごめんねー、なっちゃん」

「まあ間にあったんやからええやん」

 早帆は爽やかな笑顔で言う。

三人は高等学校校舎に入り上履きに履き替え、四階にある一年一組の教室へ。三人が入った時には、すでに担任の保母先生が教卓の前に立っていた。

三人が席に着いて数十秒後に、八時半のチャイムが鳴った。朝のホームルームが始まる。

「皆さん、おはようございます。入学二日目、高校生としての自覚は芽生えて来たかな?」

保母先生は出欠を取り連絡事項を伝えたあと、講堂棟へ移動するようにと指示を出した。

今日は一学期始業式。中高全学年、合わせて一五〇〇名以上が一同に揃う。式のあと、在校生と新入生との対面式も行われた。

 教室へ戻ったあとはLHR。クラス委員長ほか各委員が選出された。

そのあとに、遠足&合宿の班メンバーが発表される。

――はずだったのだが。

「まだ決めていないので、明日朝までには必ず発表しておきますね」

 保母先生はやや申し訳無さそうにこう申した。

「さて皆さん、明日からは本格的に教科授業が始まりますよ。理数コースはかなりハードなカリキュラムですので、気合を入れて臨んで下さいね。それと、お掃除も始まります。そのメンバーも遠足・合宿の班と同じにします」

続けてこう告げる。

新しく決まったクラス委員長からの号令により、今日は解散。

友梨と菜都美は、早帆が普段通学で利用している阪急王子公園駅までいっしょに帰ることにした。その途中。

「あーっ! あそこ見て! イノちゃんがいるよ」

 友梨は嬉しそうに大声で叫び、通学路沿いにある水のほとんどない川床を見下ろした。

「わあーっ、ほんとだ。いち、にー、さん……四頭もいる。親子連れね」

菜都美も見下ろしてみる。

イノちゃんとは、〝イノシシ〟のことだ。

「この辺りは頻繁に出るんよ。なんといっても山近いからね。体育の授業中に、校庭に現れたことも何度か」

 早帆は伝える。

「イノちゃんって、大人になったのは大きくてすごく怖いんだけど、生まれたてのウリ坊ちゃんの方はとってもかわいいよね?」

「うん。あたし、あの縞模様とか触ってなでたい。あっ、イノちゃん達、こっちに気づいたみたいよ」

 楽しそうに観察する友梨と菜都美。イノシシ達はお顔をクイッと上に向け、三人を見つめて来た。

「なっちゃん、ウリ坊ちゃんさっきわたしと目があったよ。ほんとかわいいーっ。なんか食べ物欲しがってるみたいだし、エサ持ってたらイノちゃんにあげたいところだよ」

 友梨はうっとり眺めながら呟く。

「ユリ、餌付けはあかんのよ。あそこ見て」

「何かあるの?」

 友梨は、早帆が手で指し示した箇所に目を向けてみる。

「えーっ、そんなあ」

 その正体が分かった途端、友梨は嘆きの声を上げた。

そこには可愛らしいイノシシのカラーイラストと共に、《危険 イノシシに注意。エサを与えないで下さい》と赤いペンキで書かれた看板が掛けられてあったのだ。

「確かにダメよね。味覚えて住宅地に出没し過ぎるのも問題だし」

 菜都美も残念そうに看板を眺める。

神戸市の一部区域ではイノシシに餌付けをしたり、その他にもエサとなるようなゴミを捨てたりすることを禁ずる『イノシシ条例』というものが制定されている。

「ばいばい、イノちゃん。また会おうね」

「イノちゃん、またね」

しばらく観察したあと、友梨と菜都美は別れを惜しむようにイノシシ達に手を振った。

三人は再び足を進める。

「この学校の近くはね、イノシシの他にも獰猛なライオンやトラ、ヒョウも出没するんよ」

 早帆はさらっと告げた。

 一瞬沈黙があったあと、

「さほちゃんの言ってること、確かに本当だね」

「それについては、突っ込むのはやめとこ」

 友梨と菜都美はくすくす笑い出した。


「じゃ、また明日ね」

 駅へ辿り着いたところで、早帆は別れを告げる。

「ばいばい、さほちゃん」

「さようならーっ」

 友梨と菜都美は彼女の後姿を見送ったあと、今日も朗らかな気分で帰っていった。


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