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災戦

 「……なんか、色々とすごい人だったな」

 

 京は力なく部屋に備え付けられたソファに座り込んでぼそりと呟く。

 いきなり現れて色々と意味深な事だけ言って帰って行ったフィオへの感想が、その一言に全てこめられていた。

 ミリアも同じ意見のようで、力なく京の言葉に頷いている。


 「まぁどちらにせよあの人には会いに行くつもりだったので手間は省けたのですが……。それにしても本当に嵐のような方ですねフィオ様は」


 こめかみを抑えながらミリアはため息と共に愚痴をこぼす。


 「まぁこれではっきりしました。フィオ様が言うのであればケイが言っていた事も本当なのでしょう」


 どうやら思わぬ所で信頼を得られたらしいと京はほっとする。


 「信じてもらえてよかったよ。それにどうやらさっきの人の話だと手がかりもあるみたいだし」


 「そうですね。元々私もケイのことをフィオ様に尋ねに行こうと思っていたのであの方の言う事は信じても大丈夫でしょう。私の知っている中では最も博識な方ですし」


 最も性格には色々と難ありなのですが、と静かに付け加えた。


 「大空にいきなり放りだされた時はどうなるかとおもったけどこれで少しは希望が持てるな」


 こんなことになってしまったのはついていなかったとしか言いようが無いが、最悪の状況だけは回避する事が出来たようだ。


 「それにしてもケイは動じませんね。もし私がいきなり知らない所へ放り出されたらもっと慌てると思うんですけど」


 そう言われて初めてケイは自分の落ち着きように違和感を覚える。


 「たしかに、言われてみると俺もこんなに落ち着いてたっけな。もしかしたらあまりにも理解しがたいことに見舞われてちょっと頭が麻痺してるのかもしれない」


 実際不思議なほどに今の京は恐怖心等の感情が薄く、冷静に目の前の事を判断できていた。心無しか普段より理解力もあがっているような気までしてくる。


 「少し落ち着いて頭の中を整理する時間が必要かもしれませんね。さきほど紅茶の用意をするように城の者にいっておいたので少しお待ちください。この世界の話等はそれからでも遅くはないでしょう」


 そう言っているうちに、一人の女性が紅茶と菓子をもって部屋の中へ入ってきた。ミリアよし少し年下に見える彼女は、淡々と配膳をすましてすぐに部屋から出て行く。


 「すいません、基本的にこの城には尋ねてくるものも居ませんので皆あまり愛想等を皆きにしていなくて」


 「俺なんかただの一般人だしそんなに気にしないで」


 運ばれてきた紅茶を口にすると元の世界では味わった事のない風味が口に広がり、思わず目を丸くしてしまう。


 「その紅茶口に合いませんでしたか?」


 「いや、知らない味だったから驚いただけだよ。慣れると美味しいなこれは」


 さっぱりとした味わいの紅茶は一緒に出された菓子とよく合い、思わず手がとまらなくなりそうだ。 


 「それはよかったです。その紅茶は私のお気に入りなんですよ」


 嬉しそうに微笑み、ミリアも紅茶を口にする。その様子はミリアの服装や容姿も相まってかとても絵になる光景だった。


 「さて、部屋の用意もそろそろ出来たと思いますので夕食まで一度お休みになりすか?」

 「いや、それよりも先にこの世界の事について教えて欲しい」


  もう既に日も暮れはじめていて夕食までたいした時間もない。変に時間を空けるよりも今は一つでも多く情報を手に入れたかった。 


 「わかりました。まず、この世界には五つの種族が存在しています」


 ミリアは立ち上がると部屋の中に置かれていた本棚から一つの大きな紙をとりだす。


 「これが世界全体の地図になります」


 そう言って手にした紙を机の上に広げた。


 「各種族がそれぞれ国を統治しており、5つの国の領地的な規模はほぼおなじとなっています」


 知らない文字で書いてあるため京には地図を読む事が出来なかったが、ミリアが分かりやすく示してくれる。


 「ミオニアも領土の大きさだけで言えば他の国と大きな差はありません」


 確かに地図上で示されたミオニアの領地はほかの国と同じくらい広大だ。


 「こんなに広いと管理するのだって大変だろうに……。この国の統治をしているのは幻翼種、だっけか。フィオさん達の種族なんだろ?」


 京の質問にミリアはこくりと頷く。


 「その通りです。今の人間種は隣国である幻翼種に悔しい事ですが生かされている、といった状況です」


 その説明に京は大きな疑問を感じる。どう考えてもこんな大きな土地で自分たち以外の種族を生かしているよりも侵略して全ての土地を手に入れてしまった方が楽に思えるからだ。


 「まぁここは俺の世界と違うしこっちにもきっと何か事情があるんだろうな」


 ここが異世界である以上、自分の常識で物事を考えてはいけないと京は首を振る。


 「そういえばいつから人間種はこんな扱いを受けるようになったんだ?これだけの土地を持っていたって事は昔は大国だったんだろう」


 「えぇ、かつては他の国に劣らないすばらしい国だったと聞いています。しかし、300年前に起こった災戦と呼ばれる五つの国全てを巻き込んだ戦争が起こり、それが終結すると同時に今のような立場に置かれたそうです」


 そういうとミリアは一冊の本を本棚から取り出した。


 「災戦については謎が多く、この城に伝わっているのはこの本に書かれているお伽噺のみです。ケイは文字が読めないでしょうし、今ここで読みましょうか?」


 「よろしく頼む」


 ミリアは頷いて本を開き、透き通るような声で朗読を始める。どうやら絵本のようで、文字と共に先ほど見せてもらった地図に似た挿絵が入っていた。


 「あらゆる願いを叶える魔法と言うすばらしい力が宿る地。かつて五つの種族はそこで魔法という強力な力を用いて大きく繁栄していきました」


 読みながら彼女がゆっくりページをめくると、そこには禍々しい雰囲気の男が一人描かれている。


 「しかし、ある時魔法の力を使って世界の全てを手に入れようとする者が現れました。その物は魔王とよばれ人々に恐れられる存在となります。それと同時に、いままで平和を保っていた五つの国はその者の手によって疑心暗鬼になりお互いに戦争を始めてしまいました」


 次のページには戦争を描いた物なのだろうか、赤い炎と逃げ惑う人々の絵が乗せられていた。


 「戦争は大きな災いとなり世界を疲弊させています。そんなあるとき、一人の男が世界を救わんと立ち上がりました。彼は各種族から一人ずつ選ばれた勇気ある者達をつれ戦乱を治めるために旅に出ます」


 場面が移り変わり、光輝く剣を掲げた男と五人の従者の絵が現れる。


 「彼らは多くの障害を乗り越え、魔王に付き従う者達を打ち倒し、ついに全ての原因である彼の者の元へとたどり着きました。そしてついには魔王を討ち取る事に成功します。代償として、民のために立ち上がった男の命を犠牲として」


 最後のページには、横たわる男と彼を囲んで跪く従者達が描かれていた。


 「こうして、世界は再び平和を取り戻すことが出来ました」


 ミリアは一つふう、とため息をついて絵本を閉じる。


 「これがかつて起こったと言われている災戦の物語です。最も、これは所詮お伽噺なので細かい所は大分省かれていますけどね」


 話を聞き終わってみると、よくありがちな魔王と勇者のお伽噺によく似ていた。これが実際に昔に起こった話であるというところが京の世界とは違う所ではあるが。


 「わざわざ読んでくれてありがとう。災戦については大体わかったんだけど、これだと人間種の立場がこうなった理由は結局なんなの?」


 京にとってこの話を聞いて思った一番の疑問点はそこだった。この話を聞く限りだと人間種だけにこのような待遇を迫る理由が全く描かれていない。


 「私も正確なところは知りません。ただ、昔フィオ様から少しだけ聞いた話によると、この物語に出てくる魔王というのは元は人間種だったのだそうです。それ故に人間種が危険視された、という話らしいです」


 「それだけの理由で種族全体にこんな生活を強いてるのか……。この辺りについてはフィオさんに会いに行った時に直接聞きたい所だな」


 すぐに帰られるかどうか分からない以上、人間種の置かれている立場をしっかり理解しておくのは重要だろう。


 「私はほとんどの知識をフィオ様から教わったのですが、災戦については口を硬く閉ざしてるんです。とはいえケイが聞いてみたらまた別かもしれませんし、一応このことは尋ねてみた方が良いかもしれませんね」


 「となるとこの話の続きは持ち越しかな。あと知りたいのは魔法の事か」


 京自身さきほどミリアの力で空を飛んでから魔法に対して興味津々だった。元の世界ではまず考えられない出来事に好奇心を刺激されっぱなしだったのだ。


 「魔法については実際に見せながら説明した方がわかりやすいでしょうね。明日もしよろしければ実演を交えながら説明しようと思うのですがいかがですか?」


 ミリアの提案に京はすぐさま頷いた。


 「是非お願いするよ!それと魔法ってのは俺にも使えたりするのかな?」


 「恐らく使えると思いますよ。この世界では知能があり物事を想像する力さえあれば誰でも魔法を使えますから」


 その答えに京はおおきくガッツポーズをする。


 「ふふ、嬉しそうですね」

 ミリアが京の様子をみて可笑しそうに微笑んだ。


 「俺の世界には魔法なんて無かったからね。やっぱりこういうのって少し憧れみたいなのをもってたから」


 元の世界では小説やゲームをよくたしなんでた身としては、魔法があると聞いては黙っていられない。是非一度自分の手で使ってみたかったのだ。


 「それでは明日はケイにもいくつか魔法を教えてあげます。元となる知識を結構もっているようなのですぐに使う事が出来ると思いますよ」


 「そりゃ楽しみだ。あとは無事に帰る手段さえみつかれば万々歳なんだけどな」


 ため息と共に呟いた京の言葉に、ミリアは少し寂しそうな笑顔を浮かべる。


 「……帰る方法、見つかるといいですね」


 だがそれを京に気取られないように、すぐに普段通りの表情に戻す。


 「フィオさんが何か知ってるようだからそれに賭けてみるしかないな。だからそれまでここにおいて欲しいんだけど、お願いできないかな?」


 京の頼みに、ミリアがきょとんとした顔をして一瞬の間が空く。そして、一拍置いてミリアはくすくすと笑いはじめた。


 「てっきりずっとここに居るものだと思ってました。えぇ、構いませんよ。お好きなだけ居てください。私も話し相手ができて本当に嬉しいですしね」


 そう言って笑う彼女は確かに幸せそうだった。


 「とりあえず聞きたい事は大体聞けたし次はミリアの事を教えてくれない?」


 そんなミリアの様子をみて、京も彼女に対する興味が湧いてくる。


 「私の事、ですか?」


 「これからどれくらいになるかわからないけど一緒に過ごさせてもらう訳だし、少し教えてもらいたくて」


 「そういうことですか。確かに成り行きとはいえ一つ同じ屋根の下で暮らすんですもんね」


 そう言うと彼女は悪戯っぽく笑う。 


 本当の所は、ミリアが単純に会話する事を楽しんでいるようだと感じた京が新しく話題をふったのだが、そのことには気がつかずにミリアは自分の事を喋りだす。


 「私は小さい頃に幻翼種の方達に次代の王としての教育を受けました。そして前代の王、私の両親が亡くなってからはずっとここで過ごしています」


 いざ自分の事を話すとなると何を話せば良いのか困りますねとミリアは苦笑する。


 「俺からは想像もできない人生を送っているんだな。あとはそうだな、趣味とかあるのか?」


 「趣味、ですか。本を読む事は好きですね、昔の人が書いた物語とかはとても面白いです。もしケイも興味があるのでしたら文字の読み方を教えますので私のおすすめの本をお貸ししますよ」


 そもそも知識を誰かに与えるのは禁止されているはずじゃ……、と京は思ったがきっと自分はこの世界の人間じゃないからそのルールも適用されないのだろうと納得して黙っておく事にした。


 「そうだね、文字に関しては読めれば大分違うだろうし是非教えてもらいたいな」


 元の世界に帰るてがかりを探し、魔法を覚え、文字の読み方も勉強する。どんどんとやる事が増えて行くが、不思議と京は楽しさを感じていた。

 目に映るものすべてが新鮮なこの世界では、元の世界と違って退屈というものがないようにさえ思える。


 「私だけじゃなくケイの事も知りたいです。なんでもいいので教えてくれませんか?」


 「俺は普通の学生だったよ。俺の世界ではこことは違って俺くらいの年の子供はみんな教育を受けるから」


 ミリアは京の話に興味深そうに耳を傾ける。ここでは想像もできないような話に興味津々のようだ。


 「それはすごいですね。この世界ではミオニア以外では教育活動も行われてると聞きますが、国民全員に等しく教育を施している国は無かったと記憶してます」


 「知識がそのまま武器になるこの世界で国民全員が教育をうけたらすごい事になりそうだな」


 魔法どれほどの再現性があるのかまではわからないが、京のもっている知識だけでも実現できたら問題がありそうなのがいくつかあるほどだ。


 「えぇ、だからこそ各国とも知識の伝授には慎重になっているのでしょう。過ぎた力は身を滅ぼしますからね」


 「なるほど。それにしても聞けば聞くほど知識の重要性とミオニアの不利な状況がよくわかるな……」


 国民の知識の有無がそのまま国家の力となる以上、国民が誰一人として教育をうけられないこの国は完全に詰んでいるのだろう。


 「もうこの国が自力で元の地位を取り戻す事は不可能なのでしょうね……」


 力を着ける事すら出来ない以上、もはやこの国が幻翼種に対抗する手段はない。ミリアもそれはよくわかっているようで、だからこそ何も出来ない自分の無力さを嘆いているのだろう。


 「そろそろ夕食の用意ができる時間ですね。お腹はすいてますか?」


 話題の方向が暗くなってきたためか、無理に明るい笑顔を浮かべてミリアが話を終わりにする。


 「もうそんな時間か。話に夢中で気がつかなかったけど結構お腹も空いてるな」


 紅茶と共に出された菓子をつまんでいたため多少お腹は満たされていたがやはりこの時間になると食欲が増す。


 「それでは食堂に案内しますのでついてきてください」


 既に日は落ち、城内には暗く影が差している。城に居る人数が少ないためか明かりが少なく、どこか不気味な雰囲気を醸し出していた。


 「なんというか、雰囲気あるなぁ」

 食堂までは少し距離があるらしく、薄暗い城内をミリアの後を追って歩き続ける。

 「えぇ……、実は私こういう雰囲気苦手でして。いつもは日が落ちてからはあまり城内を歩き回らないようにしてるのです」


 そういう彼女の表情は少しひきつっている。どうやら本当に暗がりが苦手なようだ。


 「お恥ずかしい事ですが……。昔フィオ様に城を舞台にした怖い話を聞かされまして、それ以来どうもだめになってしまったんですよね……」


 その話を聞いて失礼だとは思いつつも京は吹き出してしまう。今まで話をしていて結構真面目な性格だと思っていた所にこのギャップでついツボにはまってしまった。


 「もう、笑わないでください!私も気にしてるんですから」


 ぷくりと頬を膨らませて抗議の視線をミリアが送る。恐怖のためか、さっきまでの硬い雰囲気がほぐれ少し幼い印象まで与えていた。


 「ごめんごめん、悪気は無いんだ。ミリアがそんな弱点をもってるなんて想像もしてなくて」


 言いながらまた可笑しくなって軽く吹き出してしまう。


 「むぅ……。もう知りません、先に行ってますから!」


 そう言ってミリアは足早に先へと進んで行く。


 「待った、おいてかれたらどこにいけばいいのかわからないって!」


 つかつかと歩くミリアを早足で京が追いかける。ミリアも怒ったふりをしているが、その表情からは楽しげな様子が読み取ることができた。


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