幻翼種の守人
どこまでも続く田園風景の中を、ミリアとケイはゆっくりと歩いていた。先ほどからすれ違う人は皆わきめもふらず農作業に勤しんでいる。
「こんな風に国民は皆この国の実質的な支配者である幻翼種の人達に与えられた仕事をして生活をしています」
ミリアの案内でミオニアの都市を見回っていた京は見慣れない風景に戸惑っていた。
見渡す限りあるのは農家と畑ばかりで、大きな建物がある様子も無い。どこも同じような風景の中、一つだけ目立っているのが都の中心にそびえ立つ大きな城だ。
「この世界では想像した事を何でも実現できるんだよね?そんな力があるにしてはやけに慎ましい生活を送っているんだな」
京の言葉にミリアは悲しそうに顔を伏せる。
「……確かに、人間も魔法を使う事は出来ます。でも私達人間種にはそもそも想像する力がほとんどないんです。想像の糧となる知識を得る事を制限されていますから」
知識に溢れた世界にいた京にはイメージし辛かったが、確かにミリアの言う通り知識が無ければ頭の中で何かを想像する事すら難しいのかもしれない。
「ただ私は魔法をそれなりに使えるんですけどね。幻翼種の方から教育を受けているので」
そう言ってミリアは顔を上げ、そびえ立つ居城を見上げる。
「あの城に囚われた、お飾りだけの王として」
「ってことは、ミリアはやっぱりこの国の……」
言い終わる前に彼女はこくりと頷く。
「一応、女王と言う事になっています。実権は一つもなく、なんの力も持っていませんけどね」
京には見えないようにミリアはぎゅっと拳を握りしめた。
「だから女王と言ってもそんなにかしこまらなくていいですよ。そういえば宿を探していると言ってしましたね。ご覧のようにこの国にはそういった類いの施設は無いのですが、せっかくですからお城にとまりませんか?あなたが本当に人間種か調べるためにも一度行かなければいけませんし」
意外なミリアの提案に京は目を丸くする。
「城ってそんな簡単に入っていい物なのか?泊まる所を貸してくれるのはすごく助かるけど」
話を聞く限りだと、城というのも外観だけで重要な施設と言う訳ではないのかもしれないが、念のためミリアに確認をしておく。
「ええ、大丈夫ですよ。いまはあの城にはほとんど私しかいません。重要な機密とかもありませんし、唯一問題があるとしたら私の身の安全くらいですかね」
まさかケイがなにかしたりはしませんもんね?とミリアは冗談めかして笑う。
「もちろんそんな事はしないよ。でもそれにしたって気を許し過ぎじゃないか?異世界の人間だとしたなら尚更危険かもしれないだろうし」
京自身元の世界で見知らぬ人間に異世界人とか言われたら、例え本当だったとしてもなるべくお関わりしたくないだろう。
「私も普段はこんなに人に心を許したりしないんですが……。不思議な事にあなたの事は信用できるような気がするんですよね」
なんとも曖昧な理由だったが、親切にしてもらえるのは京にとってもありがたい事のためそれ以上追求することはしなかった。
「さて、お城までまだ距離もありますし魔法を使ってちゃちゃっと行ってしまいましょう。ケイは魔法をみたことがないんですよね?」
京自身すでにこの世界に落ちてきた時に魔法を使われているらしいのだが、その時は完全に気絶していたので記憶が無い。
「あぁ、まだみたことないし是非見せて欲しいな」
「わかりました、それでは私の手に捕まってください」
そう言われ、京が差し出された彼女の手を握ると同時に、ミリアの周りを不思議な風が吹いた。
「いきますよ、離さないでくださいね」
そう言われたのとほぼ同時に、紙が風に飛ばされるようにふわっと身体が浮き上がった。
「おぉ……!これはすごいな……」
自分の身に起こっている不思議な出来事につい感嘆のため息がでる。
「想像しただけでこんなことができるのか。まさに童話にでてくる魔法って感じだ」
「魔法は決して万能の力ではありませんが、とても便利なことに変わりはありません。間違った使い方をすれば災いにもなりますが正しく使えば必ず生活を豊にしてくれるはずなのです」
そう少し熱が籠った声で騙るミリアの表情は、少し陰りが見えた。先ほどの様子からも、国民が満足に魔法を使う事が出来ない事に憤りを覚えている事が伝わってくる。
「確かに、こんな力があるのならあんな慎ましい生活を送り続ける必要は無いよね」
「私は何の力もありませんが、一応はこの国でもっとも責任のある立場です。だからこそ、今の民の生活をもっと向上させたいといつも思っているんです」
その目には決意の炎をかいま見る事が出来たが、表情からは無力感もありありと伝わってきた。
「ふふ、久しぶりにちゃんと人と話したからでしょうか。余計な事まで話しすぎてしまいましたね」
そう話している間に、眼下に大きな城が見えてくる。
「つきました、テラスに降りるので転ばないようにしてくださいね」
ミリアに導かれるままにゆっくりと高度をさげ城へと近づいて行く。身体を支える物が無いためバランスがとりづらいがなんとか転ばないように足を地につけた。
「ようこそ、ミオニア城へ。歓迎いたします、お客人様」
一足先に城へと降りたミリアがくるりと踵を返して改めて京に対してお辞儀する。それを見て呆気にとられている京を見ながらクスクスとミリアが悪戯っぽく笑った。
「この城に誰かを招くのは本当に久しぶりですからね、少し趣向をこらしてみました」
その佇まいは立派な物で、ミリアがこの国の王女であるという実感が湧く。
「お招きいただき光栄です女王陛下。とでも返しておくべきかな?」
ミリアの芝居に京も冗談で返す。
「やはり冗談の通じる相手との会話は楽しいですね。それではこちらへどうぞ」
彼女の案内に従って大きなテラスの窓から城の中へと入る。中は綺麗に整備されているが、ほとんど人気がなくがらんとしていた。
「今この城には私と、城内の整備をしている数人の侍女しかおりません」
京を案内しながらミリアは城の現状を説明する。
「この国は幻翼種という別の種族の人達に寄って完全に管理されています。表向きは属国となっているので国の象徴である城だけは残されている、といったのが現状です」
「なるほど、だから俺を連れてきても問題なかったわけか」
「実質内政を行っているのはここではなくて幻翼種の方達の城ですので。ここは言ってみれば大きいだけの私の家のようなものです」
そういえば、と京は先ほどミリアが話せる相手がいないと言っていた事を思い出す。
こんなただ広い場所で話し相手もなく過ごしているのはとても退屈で寂しい物だろう。
異世界の話を聞きたいとも言っていたし、自分をここへ連れてきた理由には喋る相手が欲しかったというのもあるのではないかという気がした。
しばらく城内を歩き、大きな扉がある部屋の前まで行った所でミリアが立ち止まる。
「ここで少しお待ちください。いま部屋を準備しますので」
そういうとミリアは足早に立ち去って行く。
「一時はどうなることかとおもったけど、まさかお城に泊めてもらう事になるとはなぁ……。それにしても本当にここは異世界なのかね?」
これだけ色々見てしまった以上信じないわけにはいかないが、京はやはりどこか目の前の現状を受け入れられずにいた。
「えぇおっしゃる通りここはあなたからみたら異世界、ということになりますね」
目の前の扉を開けると同時に、つい口をついて出た独り言に予想外の返事をされる。驚いて京が辺りを見回すと声の主はすぐ目の前に佇んでいた。
「初めまして、異世界からの招かれ人殿。私はフィオ・ニーナ、幻翼種の守人でございます」
そういって優雅に一礼する女性に、京は思わず見とれてしまう。腰まで伸びる、美しい銀の髪に、透き通るような白い肌。そしてなによりも目を引くのがその背中から生える一対の黒い翼だ。
「本当にいるんだな、人間以外の種族……」
京の言葉に、フィオが興味深そうな眼差しで反応する。
「そちらの世界にはいないのですか?やはり全く違う世界の住人ということみたいですね」
その容姿に目を惹かれてしまっていたが、先ほどからフィオが異世界という言葉を使っていることに京は気がついた。
「もしかして異世界、俺のいた世界の事を知っているのか?」
急に降って湧いた元の世界の手がかりに、京は期待の眼差しを向ける。
「そうですね、こことは異なる世界があるということは分かっています。あなたがその世界からきたということも。そして恐らく、あなたがこの世界に落とされた理由も」
「それはどういうことですかフィオ様」
京がエリアの言葉を追求する前に、後ろから聞き覚えのある声が発せられた。
振り向くとミリアがいぶかしげな表情でフィオの事を見つめている。
「久しぶりですねミリア。元気にしていましたか?」
フィオがにこやかに笑いかけるが、ミリアは硬い表情を崩そうとしない。
「……なぜあなたがここにいるのですか。それに、ケイの世界の事を知っているとは一体!」
「まぁ落ち着きなさいミリア。あなたが私や幻翼種に対してあまり良い感情を持っていないのは知っていますけど、人間種の代表であるという自覚があるのならばこういうときこを冷静に対応するべきですよ」
そう言われると痛い所をつかれたのか、すこし顔をしかめてミリアは押し黙る。
「さてと、あなた達も色々聞きたい事があるとは思うのですが全て話すには少し場所が悪い。今日ここにきたのはあなた達にとある場所へ来てもらいたかったからなのです」
どうやらフィオは今ここで知っている事を教えてくれる訳ではないらしい。
「そのとある場所とはどこなのですか」
フィオのはっきりとしない言動にミリアが少し刺のある口調で尋ねる。
「あなたも知っている所ですよミリア。幻翼種の全ての知識が集う、私達にとって最も大切な場所、幻楼図書館。そこへあなた達二人をお招きします」
「……ッ!本気で言っているのですか!?」
ミリアの表情が驚愕に染まり、信じられないと言った叫びをあげた。
「別に問題ありませんよ、少なくとも現時点では。それに私はあそこの司書。例え女王であっても私の決定は覆せません」
事も無げに言ってのけるフィオに対して、ミリアは何か言おうと口をぱくぱくと動かしていたが良い言葉が思いつかなかったらしく、がくりと肩を下げてため息をつく。
京にはフィオの言っている事がどれだけすごい事なのかはいまいち掴めていなかったが、目の前にいる翼の生えた女性が大分偉い立場に居るのであろうと言う事はわかった。
「ケイというお名前でしたっけ。あなたも突然の事でまだ自分の身に起きた事を理解できていないでしょう。まずはミリアに魔法の事、この国の事、そしてこの世界のことをよく聞いておいてください。その上で、図書館に来た時に私の知っている事を全て教えます」
そう言うと、フィオは踵を返し客間に備え付けられた大きな窓の方へと歩いて行く。
「それでは二人とも図書館にてお待ちしてます。そうですね、大体三日後くらいに尋ねてきてください。それまでに、ケイさんは今の人間種がどういった立場にいるのかをその目でみておいてくれると助かります」
二人に背を向けたままフィオは別れの言葉を放つと、大きく開け放たれた窓からふわりと外へ飛び立つ。
そしてそのまま背から生えた翼を大きくはためかせ、大空へと消えて行った。