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海底楽土  作者: 輝血鬼灯
6/10

6.メイリ

「なんだ、またあんた達か」

 近付いてきた船の舳先に堂々と乗り出していかにも「海賊!」という格好をしているのはロークだった。リーグも甲板に出て、それを仰ぎ見る。ローク海賊団の船はグネーヴァル号より一回りほど大きい。あちらの方が船首が高くなるので、自然こちらは向こうを見上げることになる。

「地図もないのによくここまで来れたな」

「お前らは知らないだろうが、アレは信用できる筋から買い取った一品でな。複製ぐらい作っておいたって大袈裟じゃねぇ」

「いくら複製作って道がわかったって、他の奴らに先を越されちゃあ、意味がないんじゃねぇか?」

 ニヤリと不適に顔を歪めるリーグを見て、ロークが顔色を変える。

「何! てめぇらまさか!」

「お前さん達の思ってる通りだよ。島のお宝は頂いちまったぜ」

 実際には島に宝はなく、海底洞窟の地図とふざけた内容に大海賊の署名という不思議な手紙が入っているきりだった。だが、それをわざわざ敵に教えてやる義理もない。リーグの嘘に挑発されて、ロークが憤怒の形相で部下達に号令をかける。

「野郎共、メイナードを討ち取れ!」

「お前ら、ローク海賊団のお宝全部奪っちまいな!」

 お互いの船長の合図で、船は戦場に変わる。

「ヘズ、メイリ、お前らは船内に隠れてろ!」

「冗談、誰が!」

 子ども二人を気遣って剣を抜く合間に叫んだリーグに、反抗的だが気迫に溢れた言葉を返したのはメイリだった。

「おい、何やってるんだよ、戻るぞ!」

「ふざけるな! あいつらをぶっ飛ばすいい機会じゃねぇか」

 ヘズの手を振り払い、何処に隠していたものかメイリは二本の短刀を抜いた。そのまま誰よりも早く、先日のように二つの船を繋ぐため掛けられた板を渡ってきた敵に斬りかかる。

「てめぇ! メイリ! 裏切り者がよくも」

「裏切り!? どっちが!」

 二本の短刀を鮮やかに扱い、彼は素早く一人目に手傷を負わせると足払いをかけて海に落とす。電光石火の戦いぶりにグネーヴァル号の船員達は呆気に取られた。ヘズと変わらない歳の子どもがこんなに強いとは。

「あいつ、スゲェな」

 メイリの剣は身軽さを生かした速さと細かさの剣だ。スピードで相手を翻弄し隙を突いて急所を狙う。

「ヘズ、お前だけでも隠れてろって」

「嫌だよ親方。メイリが戦ってるのに俺だけなんて」

「……ったくしょうがねぇガキ共だ」

 呆れた口調でリーグは説得を諦めた。ヘズは腰の短刀を一応確認しながらも、自分の武器を取るために船尾へと走る。前線では相変わらずメイリが活躍し、それでも渡ってくる他の敵はすでにヴィーザルやバルドルが相手している。

「ここでメイナード一家を討ち取れば株が上がるぞ! やっちまえ!」

「こっちこそ畳んじまえ!」

 始めこそ敵が渡ってくるのを防いでいたが、一人の相手をしている内にもう一人が渡ってくるという状況でキリがない。数は向こうの方が圧倒的に上だ。

「ちっ!」

 増えてきた敵の中には手練も混じり始める。なかなか倒せない相手に相対して、メイリは舌打ちする。

「うしろだメイリ!」

 別の場所で敵と剣を合わせていたバルドルが叫ぶ。その言葉が終わらぬ内に頭上に目の前に影がかかった。だが正面の一人と短刀を合わせていて逃げられない。

 殺られ――

 そう思った瞬間。背後で悲鳴が聞こえた。

「ぎゃあ!」

「ぐえ!」

 立て続けに、短い奇妙な声が上がる。正面の敵を倒したメイリが確認すると、後方に弓矢を番えたヘズがいる。素早く矢を放っては仲間の援護となるように、また橋を渡ろうとしている敵の隙を狙って射る。

「ヘズ!」

「行け!」

 ヘズの得手は弓だ。剣は一応使えるが子ども以上のそれにはならなくてどうにも性に合わない。だが弓の腕は一家で一、二を争う。専用の小型の弓で狙い違わず敵を射抜く。

 船上にはすでに味方が苦戦するほどの相手はおらず、あとは渡ってくる敵を防ぐことに専念できる。

「しゃらくせぇ!」

 だが、弓で射抜かれたロークの一味の一人を押しのけるようにして突如、大柄な影が新たにグネーヴァル号に降り立つ。

「ローク船長!」

 やられた自らの仲間の体を盾にして乗り込んできた海賊ロークは、さらにその男を他で戦っていたリーグへと投げつける。飛来物を避けようとしてリーグの動きが鈍った一瞬を狙い、もともと彼と剣を合わせていた男が攻撃を仕掛ける。さらに、ロークも動いた。

「親方!」

「させるかぁ!!」

 だが二対一で不利に追い込まれたリーグの援護にメイリが走る。

「貴様……!」

 長剣を短刀で受け止めたメイリの刃が折れる。もう一本を振り上げようとしたところを、ロークの剣が一閃した。

「うっ……!」

 肩口を切られて、メイリがよろめく。傷を押さえて床に膝を突いた。そこを狙った他の敵は、自分の相手を片付けて来たバルドルが倒す。

「メイリ!」

 弓を置いて、ヘズは走る。途中で立ちふさがった一人を何とか短刀で倒した。

「ヘズ! メイリを!」

「任せて!」

 倒れたメイリを庇いながら戦っているヴィーザルに呼ばれて、ヘズは傷を負った少年の体を担ぐ。

「おおっと、逃げられると思うなよ」

 船長が剣を抜いたことで俄然やる気を取り戻したのか勢いを増すローク海賊団数人に取り囲まれて、舌打ちした。船内に入る扉までの数歩がこんなに遠いとは。それに、迂闊なことをすれば相手を中へ入れてしまうことになる。

 だが、その厄介な障害物的男たちの背には、地獄から響いてくる二重唱がかけられた。

「「それはこっちの台詞だ」」

 他の敵をあらかた一掃して、バルドルとヴィーザルが怖い顔で仁王立ちしていた。二人とも戦いになると性格が変わるのか、目が冷たく据わっている。

「俺達に歯向かっといて、骨が残ると思うなよ!」

「ヘズ君、メイリを頼む!」

「わかった!」

 バルドル達が開けた道から、ヘズは船内に逃げ込む。医務室まで、メイリの傷ついていない方の肩を担いで歩いた。出血はそう酷いわけではないが、痛みを堪えているのか彼は口を開かない。

 医務室に辿り着く。ローク一味に比べて人数の少ないこの船では船医も戦闘員の一人だ。とりあえずメイリを寝台に座らせ、ヘズは船医から以前教えられた場所を探して、薬箱と包帯を取ってくる。

「畜生……!」

 俯いたメイリが唇を噛むのが見えた。よっぽど強くそうしたのか端から血が滲む。

「余計な傷、増やすなよ」

 それだけ言って、ヘズは彼の服に手をかけた。だが急に我に帰った様子のメイリは、慌ててかけられたヘズの手を振り払う。その動作で傷口が傷んだのか、顔をしかめた。

「いい、自分でやる……!」

「できるわけないだろ!肩だぞ!利き腕だぞ!」

 短刀を二本扱っていたメイリは、利き腕の右に持っていた一本目を折られたところで攻撃されたのだ。相手から見れば剣を持つ手より持たない手の方が攻撃しやすい。

「だ、大丈夫だ」

「大丈夫じゃない!いいから服脱げ!何は恥ずかしがって――……え?」

 傷口に触らないよう無理矢理服をはいだヘズは、目を点にした。片腕ではメイリも抵抗しきれずに、長袖のシャツを脱がされて下に着ていた薄物一枚になる。

 けれどちょっと待て。これは一体どういうことですか。俺の目がイカレてんですか?

 ヘズは相手が怪我人だということも、甲板ではまだ熾烈な戦闘が続けられているということも忘れて叫んだ。声が裏返る。

「お前、女だったのかぁああ――!?」


 ◆◆◆◆◆


 まる一月以上、全然気づかなかった。ヘズは自分の鈍さを呪う。

 とりあえず右肩の治療はしなくてはならないので、こうなっては薄物を脱がすわけにもいかず、その上から止血し、薬を塗って包帯を巻いた。さらに飲み薬も用意する。

 船医が自分で調合した鎮痛剤の効き目はよく、痛みが治まったメイリは改めてヘズに向き直る。

「このことは」

「言わないよ」

 先回りして、ヘズは答えた。

「グネーヴァル号では、女の人は乗っちゃいけないことになってるんだよ……別に、それで何かとろうとか思ってるわけじゃないから安心して」

 メイリはいつもの覇気がなく、寝台に座ったままその言葉を聞いて項垂れた。拳を膝の上できつく握り締める。

「……バルドルさんのためなんだろ。男装してまで一緒にいるのは」

 メイリは孤児だと言っていた。天涯孤独の兄妹だというならば、バルドルが海に出れば二人は離れ離れになってしまう。二人が居場所を変えながら航海を続ける理由は知らないが、海の旅は危険だ。それを気遣ってのことだろうとヘズは考える。

「……違う」

 だが、その言葉をメイリは否定した。蚊の鳴くような囁き。か細い声。言われて見ればメイリは男であるヘズより全体的に華奢だし、声も高く澄んでいる。どうして今まで気づかなかったのだろう。

「バルドルのためじゃない……俺……っ! あたしが、彼と一緒にいたかったからだ。バルドルがいなくなったら、あたしは一人になってしまう……」

 絞り出すような声は悲痛に濡れていた。剣で斬られた時も泣かなかったのに、緑色の瞳の淵に、涙が溜まっている。

 あの時と一緒だと思った。ローク海賊団と初めて相対した後、盛り上がるメイナード一家の中で一人自分は彼の力になれないと泣いていた時。彼女が泣く時はいつもバルドルに関わることだ。

「でも」

「きょうだいじゃないから」

 バルドルは金髪碧眼。ここにいるメイリは黒い髪と緑の瞳。

「あたし達は、兄妹なんかじゃない。あたしは、彼の妹でも弟でもない」

 孤児としてどうしようもない生き方をしていたメイリを拾ってくれた人、それがバルドルだと言う。

「バルドルに、あたしぐらいの歳の弟がいるのは本当……バルドルが海に出るのは、その弟を探しているから、なんだって……彼と同じ金髪と紺の瞳の」

 ちょうど、お前みたいな。メイリは力なく笑う。そうして、ヘズの胸に縋り付いた。

「でもあたしは、本当にバルドルの弟になりたかった……!」

 堪えていた涙が頬を滑る。傷ついていない方の肩をヘズは支えた。

「どうしてお前は金髪なんだ。その紺の瞳。あたしが欲しくても手に入れられないものを持ってる……羨ましくて憎らしくしょうがない」

「俺は……」

 何と言っていいのかわからない。顔立ちも性格も似ていないから、この二人は実は兄弟ではないのではないかと一時期は疑った。だけども、メイリのバルドルへの眼差しはいつもひたむきで必死だったから、皆そうなのだろうと納得したというのに。

「ヘズ」

 激情の嵐を押さえ込んだような、静かな声。けれどそこに満ちる海は凪ではなく、煮えたぎるマグマだ。

「お前……出自は」

「わからない」

「金髪碧眼で十二歳の少年。顔は……似てるかどうかわからないけど」

 見上げてくるメイリの眼差しは必死だった。

「お前が……お前がもしかしたら――」

 俺が、もしかしたら。

「でも……きっと違うよ」

 ヘズはメイリの肩をそっと放し、右目の眼帯に手をかけた。ゆっくりと外す。

「それ……」

 現れたものを見て、メイリが目を瞠った。

「そう、これが俺の眼帯の下の秘密」

 金色の右目。遥か遠くと近い未来を見通す、『海の女神の贈り物』。

「俺はバルドルさんの弟じゃないよ……こんな特徴のある奴、そうそういるもんじゃないだろ?」

 笑って見せた。本当は少し怖い。新しく仲間が増えるたびにいつも通ってきた道だけど、気味悪がられるのではないかと怯えた。皆気のいい連中で、いつも笑って頭を撫でてくれたけれど。モージなどは、綺麗だと褒めてくれたけれど。

「あ、あたし……」

 メイリが左手を伸ばす。彼女は寝台に座っていてヘズはその側に立っている。緊張で震える手が、同じく慄く頬に触れた。

「ごめん……」

「何で泣くの?」

 頬に触れたまま、メイリはまた静かに涙を流す。けれど、ヘズの質問には答えない。

 この目を見て薄気味悪いと思う自分を恥じたのだろうか、これまで幾つもの街で彼が受けてきた差別を思って泣いてくれるのだろうか、それとも……。

「ごめん」

 医務室には、ただその言葉だけが残った。


 ◆◆◆◆◆


 深く蒼い海の底に、その楽園はあると言う。

 果て無い水、果て無い紺碧、果て無い闇の中、そこに棲む女神が両手を広げて待っている。長い髪は水の揺らめきに合わせてたゆたい、月光の輝きを宿す金の瞳が、妖しく光を放つ。

 空に星が浮かぶ代わりに深海ではきらきらと虹色に輝く水泡が彼女を取り巻き、揺らめく天を仰ぎ眺めては、女神はそこを訪れるものを待ち続ける。

 海の女神は気まぐれな美女であり、時折、気に入った人間を見つけては海に引きずり込んでしまうと言われる。しかしそれだけではなく、贈り物を与えられて返される場合もあるのだ。

 女神の守護。海の女神の贈り物は、女神に選ばれたという証だ。

 だが、何に選ばれたのだと言うのだろう。何をするために、俺は彼女に呼ばれたのだろう。

 わからない。答が出ない。そして不安になる。涙が出そうなほど。

 俺はいつかどうしても、貴女に会ってみたい。


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