2.拾い物の二人
波をかき分け波を新たに作り出しながら船は進んでいく。泡立つ海水の白い線がその足元で揺れ動く。広げられた帆が気持ちよく風をはらんで、船を思うとおりの方向へ運んだ。
酒場の女主人や鍛冶屋の親父、馴染んだ港町の人々に別れを告げて、グネーヴァル号は本日出航した。太陽がちょうど真上に来た辺りで、ヘズは見張り台に上る。
「エーギルさん」
「おお、もう交替の時間か」
まだ子どもであるヘズに、力仕事は向かない。その代わりに見張り当番がよく当てられる。海の女神の贈り物とされる右目を使って、異常がないかを確認する仕事は最も彼に向いていた。
「ほらよ」
エーギルから渡された双眼鏡を目に当てる。
「ご苦労様―……あ!」
「うわっ……な、何だよ!?」
今まさに見張り台から降りようと柵に足をかけていたエーギルが、ヘズのあげた大声に驚いて落ちそうになる。それを慌てて助け引き上げながら、ヘズはエーギルに海の向こうを指し示す。進行方向から見て斜め右手、光の加減で海の色が暗い青から明るい青へと変わっている部分に、何か見えたのだ。
「何か……船みたいだった。ううん、船って言うより、小型のボートみたいなのに誰か乗ってた。漂流者みたいな……」
「何、そりゃ大変じゃねーか。おおい、リーグ!進路を変えてくれ――!」
エーギルが叫びながら、見張り台を降りていく。たまたま甲板に出て作業をしていたリーグの姿を見つけて駆け寄るのを見届けて、ヘズはもう一度双眼鏡を掲げた。漂流者らしき者達の様子をよく見ようとしたのだ。生きているのならば助けなければならないが、こんな海のど真ん中で遭難しているものなど、戦闘に負けて放り出された海賊の躯かもしれない。わざわざそれを引き上げるために進路を変えるなど無用なことはしたくないし、厄介ごとはごめんだ。
そう思ってレンズに目を近づけた途端、目の前に遥か彼方の風景が広がる。双眼鏡を持った両腕を下へと下ろした。女神の贈り物である金の右目が、直接脳裏に伝えてくる。遥か彼方のことが目の前の出来事のように見えた。
粗末で小さな救命ボートに乗っているのは二人だった。一人は金髪を緩く結わいた青年、そしてもう一人は。
「子ども?!」
それがわかった瞬間、ヘズは素っ頓狂な声をあげた。青年も子どもも二人とも生きているが、狭い船底に横たわる子どもの表情は髪に隠れて見えなかった。
「ヘズ、どうした!」
「リーグさん! 遭難してるの子どもだよ!」
先程の叫びが聞こえたのか、エーギルと話していたリーグが見張り台の下方から怒鳴った。柵に手をついて身を乗り出し、ヘズは怒鳴り返す。
「何だと!? 生きてるのか?」
「わかんないけど、たぶん!」
もう一度正確な方向を確かめてから、見張り台を降りる。リーグが一足先に舵へと向った。
しばらくして、太陽が僅かに傾き加減を変えた頃。
「いやー、悪いな。助かったよ」
先程姿だけは見た青年が、リーグを前にして礼を言う。もう一人の子どもも無事だ。
グネーヴァル号は漂流者救助のために進路を変えて、ようやく二人を助け出したのだ。ヘズが視たとおり、一人は長い金髪の青年、もう一人は黒髪の小柄な少年のようだった。ヘズもあまりその年齢にしては大きい方ではないのだが、その彼よりさらに小柄だ。手足が細い。渡された飲み物を無言で口に運んでいる。
青年の方は……青年と言ってもまだ二十歳に届かない程だが、人懐っこい笑みを浮かべて、救助に来た彼らと言葉を交わしていた。にこやかなその様子は、とてもつい先刻まで海洋のど真ん中で遭難していた人間とは思えない。体の調子も良さそうだ。
「お前さん達、一体どうしてこんなところをあんなボート一個で漂ってたんだ?」
「いや、前に乗ってた船が海賊船でさ、ちょっとヘマやらかしちまったんで降ろされたんだよ」
海賊船? 甲板に集まった一同が微妙な顔をする。帆に髑髏こそ掲げないものの、この船も一応その部類に入ってしまうからだ。
それに、海賊船で殺されそうになっておきながら、ここまであっけらかんとしている青年の様子も思えば奇妙なものだ。グネーヴァル号のような大きな船でも今朝方出港した港町まで半日もかかるのだ。しかもそれは風の力あってのことで、ボートを漕ぐオールもなければ食料もなく放り出された彼らは、実際には船を降ろされたというより殺されたと言った方が早い。
もしもメイナード一家がここを通りかからねば、……いや、ヘズが彼らに気づかなければ、間違いなくそうなっていたはずだ。
「前の船長の最後の餞の言葉は、『運がよければ助かるぜ』だったな。いやー、良かった。俺達、運が良くて」
そういう問題か?
「この船さっきまでは別の方向進んでただろ?狼煙みたいなもんもないし、どうしようかと思ってたんだ。いや、本当にありがとう」
そんな軽いノリでいいのか?
一同は呆気に取られて青年を見ていた。彼の髪は金色で、それは一般的には王侯貴族に多い髪の色なのだが、この青年は恐ろしいほど能天気でめげない。
「なあ、よかったな、メイリ」
メイリ、と呼ばれて黒髪の少年がスープの器から口を離し、顔を上げる。
「……ああ」
まだ緊張が解けないのか、硬い表情で頷く。声変わり前なのか、澄んだ高い声だった。空になった器を見下ろした後、迷うように視線を彷徨わせたが、結局最初にそれを渡したエーギルに椀を返した。
「……ごちそうさまでした」
「ああ。お粗末さまで」
グネーヴァル号において、主に厨房を預かるのはエーギルだ。リーグ達がもっと小さな船で測量を始めた頃から、彼の持ち場はそこだったらしい。
無愛想ではあるが礼儀正しく頭を下げたメイリ少年につられて、エーギルも思わず頭を下げる。傍らに歩み戻った彼の肩を抱いてリーグの方に向き直らせ、青年は名乗る。
「俺の名はバルドル。一応剣が扱える。こいつは、弟のメイリ」
気さくなバルドルとは対照的に、メイリは顔をしかめたままだった。兄弟、と聞いて二人の周りを取り囲んでいた彼らはまたもや微妙な反応をする。ええ? 似てねーよ、という声があちこちから漏れた。
「俺たちはメイナード一家。俺は船長のリーグ・メイナードだ。あー、そう言えば、お前達はそれで一体どんなヘマやらかしたんだ?」
その言葉に、今まで無表情を決め込んでいたメイリがキッと顔を上げる。リーグを睨んで、低い声で告げた。
「さっきの話、ヘマをしたのはバルドルじゃないから」
「む?」
「俺が、船長の不機嫌買って、海に捨てられそうになっただけだから。バルドルのせいじゃない!」
兄を庇うつもりか、メイリは強く言い放つ。リーグを始めとするメイナード一家の間には、何と言っていいのかわからない空気が流れる。別に彼らに、この兄弟を責めるつもりも害するつもりもない。ただ、拾ったからには次の街まで送り届けるのは義務だろうと思っているだけだ。そしてできるなら、数日の間でもともに船に乗る相手とは親しくしておきたいではないか。
「兄さんのこと、名前で呼んでるの?」
微妙な空気を打ち破ったのは、それまで黙って事態を見守っていたヘズの場違いな問いかけだった。
声をかけられたメイリは、一瞬何かの失敗に気づいたような複雑な表情をしたが、すぐにヘズの姿に気づいて睨み付けてくる。
「なんだよ、悪いのかよ」
「いや、別にそんなこと言って」
「俺が兄貴をどう呼ぼうが俺の勝手だろ。お前こそ何なんだよ。そんな軟弱そうな顔して」
「なっ! 顔は関係ないだろ! それにそんなこと言ってないだろうが!」
こちらの話を聞き終わらないうちに口喧嘩を吹っかけてくるメイリに、ヘズも段々語調が荒くなってくる。子ども同士でそうして口論を始めてしまったのが逆に緊張を緩和して、大人達と言うか、他のメイナード一家とバルドルの間には先程の穏やかなやり取りが再開される。
「なあ、俺達をこの船の一員にしてくれないか?」
「何?」
「いや、助けてもらったのはありがたいんだけど、はっきり言って俺達行く場所がないんだよ。家族はもう皆死んでるし、前の船は追い出されちまったし。と言っても、力仕事ぐらいしかできることないけど。もともと剣だけで海賊船に乗ってたような奴だから、海賊船ぐらいしか使い道ない人間なんだけどさ」
「奇遇だな。うちもこれでも一応海賊船なんだ」
リーグの言葉を聞いて、バルドルは思わず背後で風をはらむ帆を確認する。ジョリーロジャーらしきものは描かれておらず、グネーヴァルの文字と鳥の翼に似たマークがついているだけだ。
「メイナード一家……そうか、あんた達があの有名な」
その内、先の自己紹介の名前に思い至ったのか、にやりと口を歪める。
「じゃあ、なおさら好都合だな。俺も弟も一応腕っ節には自信がある。戦力としてなら任せてください」
ヘズとメイリの二人はそんなやり取り露知らず、いまだ盛大な口げんかを繰り広げていた。
それでも行く手に広がる蒼い海は穏やかだ。
◆◆◆◆◆
夢を見る。暗く蒼い夢を。
そこが何処なのかはわからない。ただ夜のように暗く、海のように蒼いということしか知らない。その中で、自分は誰かを見つめている。
信じられない気持ち、苦い心、ほんの少しの怒りと憎しみとそれよりずっと大きな哀しみと言う名の感情で持って、相手を見ている。怒っているのに悲しくて、同時に何故か胸の中には歓喜を携えていた。
そうして睨むのでもなく視線を逸らすのでもなく、目の前の人をただ眺めた。自分の顔の周りを、相手の長い髪がカーテンのように取り巻いている。自分が固い床に横たわっているのか、ふわふわと空間を漂っているのか、それすらも感じずにただ心は痛みにも似た一つの想いに焦がれているのだ。
やがて目の前の影が動く。ごく自然な、ゆったりとした動作でこちらに向い腕を伸ばしてくる。冷たい指先が首に触れた。そしてそのまま――。
◆◆◆◆◆
「うわぁ!」
叫んで、ヘズは飛び起きた。目の前が一瞬赤く染まり、星が瞬くようにそれが点滅して消えると、窓の外の暗さが目に付いてくる。体はちゃんと寝台の上にあった。
外は夜明けの時刻を迎えようとしていた。丸窓から見える景色は紫がかって、遠く舳先の方向から空が白み始めている。どんな闇よりも黒く染まる夜の海がその灯りに照らされて輝く。風は穏やからしく、波のない水面が虹色に煌いた。
そっと床に脚を下ろすと、朝方の冷えた空気がかき混ぜられて背筋の辺りを涼しくさせる。まだ朝食の時間には早いが、起きることにした。
心臓の鼓動がやけに早い。今日は夢見が酷く悪かった。
「何だったんだ……あれ」
どこか知らない場所で、知らない人に首を絞められる夢なんて、どう考えたって気味のいいものではない。
くたびれた上着に袖を通し、サンダルを履いて部屋の外に出る。グネーヴァル号では、ほとんどの船員は小さい個室をもらっている。大部屋で雑魚寝をしているのは昨日新たに加わった二人だけだ。その顔を思い出して、ヘズはひっそりと溜め息をついた。廊下を歩き始める。
結局、昨日は自分が遭難兄弟の弟であるメイリと口論を繰り広げている隙に、兄のバルドルがちゃっかりメイナード一家に参入を果たしていた。他の者達は特に反対もしていないだけに、ヘズが異論を唱えられるわけもなくしぶしぶ納得したが、メイリとの決着はついていない。リーグとバルドルのやり取りと同時進行でこちらの口喧嘩も聞いていたらしいヴィーザルの言に寄れば、決着も何もたいしたことをお前等は話していない、らしいのだが、当人達にとっては重要なことだ。
兄のバルドルにまで恨みがあるわけではないのだが。
「あ……」
そう思いながら甲板へと出ると、そのバルドルがいた。長い金髪の後姿が視界に入れば、嫌でもわかる。グネーヴァル号にはヘズ以外の金髪など今まで一人もいなかったのだ。
「ああ、おはよう」
「ヘズ、どうしたこんな時間に」
バルドルの向こうには、副船長のヴィーザルがいた。確かこの時間は彼が見張りのはずだ。何故バルドルがいるのだろう。
その疑問が顔に出ていたのか、バルドルはヘズの方を振り返りウインクしてみせる。
「ちょっと目が覚めちゃってさ。風に当たろうとこっちに出てきたら、彼と会ってね」
「俺は見張りだ」
「……二人で、何話してたの?」
よく笑いよく喋るバルドルと感情表現が少ない方であるヴィーザルが共にいるのは何だかそぐわない気がして、ヘズは問いかけた。にこやかにバルドルが答える。
「この船の決まりとかそんなものをちょっとね。昨日は詳しく説明を聞く暇もなく休んでしまってすまなかった」
それは仕方のないことだった。聞けばヘズ達が彼らを見つけたのはすでに漂流三日目で、二人はその間飲まず食わずだったというのだ。ヘズが見つけたときメイリがぐったりしていたのも無理からぬことだったのだ。スープ一杯で復活できるのだから思えば彼も随分とタフだが。
「ヘズ、俺はそろそろ交替の時間だ。モージの奴が起きてこないようだから起こしてくる。しばしここで様子を見ていてくれ」
「えっ、あ……うん」
すでに船内に向って梯子を降り始めたヴィーザルを見送り、ヘズはなんとも言えずに頷く。バルドルと二人甲板に残されて、一瞬沈黙が降りる。人見知りではないほうだが、こんな時、何を話せばいいのか咄嗟に思いつけるほど器用でもない。
「ああ、そういえば気になっていたんだけど」
切り出したのはバルドルの方だった。
「君、年齢いくつ?」
「今年で十二歳」
「そうか。メイリと同い年だな。仲良くしてやってくれよ」
……昨日の盛大な口喧嘩を彼は覚えていないのだろうか。
「はぁ」
「ちょっとガサツだけど、根はいい子だから」
「はあ……」
どう返答していいものかわからず、気のない返事となる。何と言う事はないやり取りが続くかと思われたが、次のバルドルの台詞で心臓が大きく脈打つ。
「ところで、君のその右目、一体どうしたの?」
先程までののほほんとした空気とは一転して、冷ややかな氷の手で首筋を撫でられたような気がした。先程の悪夢を思い出す。
「えっと……昔ちょっと、事故で」
「へえ、大変だね。昔っていつ頃だい? そんな小さなうちからのものなの?」
「それは……」
どう答えようか返事に窮するヘズを、バルドルは気さくだが底の知れない笑みで見つめてくる。
彼とメイリがグネーヴァル号の一員となるなら、話してしまってもいいのかもしれない。だが、ヘズは何故かバルドルにこの『海の女神の贈り物』について知らせる気になれなかった。
「ば、バルドルさんはどうして船の中で何もしなかったの?」
他に方法が思い浮かばなくて、無理矢理質問をぶつけた。会話が綺麗につながらないが、この際そんなことに構っていられない。それに、これは昨日から気になっていたことだった。
「船の中?」
「えっと、昨日のボートで。メイリはぐったりしてたけど、バルドルさんは元気だったんでしょ。普通救助の船を捜して声を出すとか手を振るとかするもんなのに、どうして何もしなかったの?」
グネーヴァル号は以前にも何人か漂流者を救ったことがある。海の旅に事故は付き物だ。原因は嵐であったり海賊に襲われたためであったりと様々だが、どちらにしても海上での遭難は厳しい。陸地と違って休めるところがなく、力尽きればすぐに死が口を開けて人々を飲み込もうと待っている。
遭難者は一時的にでも足場が確保されているうちに普通は対策を練るものだ。狼煙を上げるなり、服を脱いで旗を作るなり。だがバルドルはそのどちらもしていなかった。足元で弟が弱っていくのを見つめながら、凪のように穏やかな顔で座り込んでいた。
金色の右目が伝えてきた映像に映る、その時の表情がヘズには忘れられない。どうして死を目前にしてそんなに落ち着いていられるのか。あの時、果たして彼らのボートからグネーヴァル号は見えていたのだろうか。例え彼らにこちらが見えていたとしても、こちらが彼らに気づかなければ意味はない。なのに声を嗄らして叫ぶ素振りもバルドルは見せなかったのだ。
「待っていたからだよ」
青い瞳。濃紺。ふと、彼の瞳の色は、自分の左目と同じであることに気づく。
「死んで、海底楽土に辿り着くのを。あの時はそれでもいいかと思っていた。どうせ俺達に、地上での行き場所なんてないんだから」
朝日を受けて輝く金髪なのに、それを背にするからこそ彼の顔には影が落ちて暗い。だがその暗さは陽光が作る翳りのせいだけではないことに気づいた。
この人は、怖い。先程よりも強くそう思う。まるで自分の全く知らない生物のようだ。
……陽気な青年の海の底のように青い瞳が酷く恐ろしい。無機質な硝子の輝きの奥に潜む炎の揺らめき。
「おーい、ヘズ。それにバルドルだっけ? 俺来たからもう飯行っていいぞ」
場を救うようにちょうど良いタイミングで、見張りのモージがやって来た。
「あれ? どうした? 何かあったか?」
モージは一家の中ではヘズについで若い船員だ。まだ十六、七でこの船に乗ったのもつい一年ほど前。彼も明るくて騒がしいお祭人間なので、傍目にはバルドルと気の合いそうな人物だ。
バルドルは、梯子を上って上半身を出したまま声をかけてきたモージに笑顔を向けた。ヘズの眼帯を目線で示す。
「ちょっと気になってさ」
「あー、それ?まあいいじゃん。それには深い事情があるんだよヘズ坊やも。お前だって、何で金髪なんだって聞かれても困るだろー。人には人の事情があるのさ」
よっこらせ、と若者のくせに年寄り臭い掛け声と共に、モージが甲板へ上がってくる。
「ほら、飯だよ飯。遅れるとエーギルの旦那が怖ぇぜ。食堂の場所、わかるよな?」
「ああ……じゃ、お先に」
最後はバルドルに向けて尋ね、モージは二人の方へ歩いてくる。それを見て諦めたのか、バルドルは彼と入れ違いに船内へと降りていく。残されたヘズの傍らまで近付いて、モージは芝居がかった仕草で声を潜め耳打ちする。
「お前あの弟くんとまだ喧嘩してんだろ? からかわれる種作りたくねーじゃん? どうせいつかバラすならうんと劇的に能力お披露目してやんなよ。ってことが昨日決まったから」
「人のいぬ間にそんなこと話してたんですか?」
一度海上に出てしまえば娯楽が少ない。粗末な楽器を奏でるかカードゲームに興じるか、食料の確保を兼ねて釣り糸を垂れるか、訓練やエーギルを手伝って食事を作るか。そのぐらいしかすることのない船の上では、時々そう言ってネタを作っては、彼らは遊ぶ。
例えば前回はヴィーザルとエーギルのカードの勝敗を一家全員で賭けたし、その前はモージ自身が標的で、乗船一年目をいいことに嘘っぱちのしきたりを教えられてからかわれた。最初は憤慨していたモージだったが、そのすぐ後に船長のリーグまで小さな嘘で遊ばれているのを見て落ち着いたらしい。持つべきものは愛される船長だ。
「つうことで、今度はお前とメイリの力関係にどういう決着がつくかってことになりましたー」
「で、モージさんは俺に賭けたんですね」
「ついでにエーギルの旦那とナリとかスルト達も。あ、あと副船長もな」
「ヴィーザルさんまで……」
ヘズは何だか頭を抱えたくなってきた。普段はクールに見えるヴィーザルも、こういう時は結構ノる。そしていつも大敗して手持ちの金を減らしていくのだ。あの人の現在の小遣いはヘズ以下だろう。
「でもそうしたら、俺にそんな助言をするのは反則じゃないですか?」
「ん。いいのいいの。あっちも何か言いたくねーことあるみたいだしよ。ただメイリとバルドルのことは二人しか知らないけど、お前の右目はあいつら以外の船員全員が知ってるじゃん?だからそれだけはちょっと黙っとこうかって話。いつバラすもお前の自由ってことで」
「ハハハ……」
知らなかった。昨日は自分の知らないところでよく話が動く日だ。
「決着とかずっと関係なかったらどうするんで」
「まあ、そん時はそん時。どうせ遊びだしよ」
あっさりと言って。モージはひらひらと手を振った。そろそろ行かないと食事当番のエーギルに叱られるだろう。
だが、これで金の右目のことはバルドル達に教えるも教えないもヘズしだいと言う事になった。実際は初対面から口喧嘩に突入したメイリよりも、バルドルに知られることの方に戸惑いを感じる。
リーグに言うべきだろうか。親方、俺はバルドルさんが怖いんです。……なんかイヤだ。考え込みながらヘズは梯子を降りようとする。
「おい、あぶな……」
見事に足を踏み外した。