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王者の後継<26>完

ソルフェースに伴われ、その場を後にする。

居室へと戻り、ベッドへと倒れこんだリベアに、遠慮なくソルフェースが圧し掛かった。

「おい…ッ、」

押しのけようとする腕をソルフェースが捕らえ、封じ込める。元より人では無いこの男に適う筈は無かった。

無理やりに唇を奪われ、口腔を縦横無尽に舌が這い回る。

「は、あッ、」

苦し紛れに爪を立て、逃れた隙に息を吐いた。それを再び捕らえられ、深く唇を重ねあわされる。

「お前、は、俺を殺す気か?」

やっと開放された時には、息も絶え絶えだった。思わず、抗議を入れるが、それもリベアを見下ろすソルフェースの、あまりにも真剣な瞳に立ち消えた。

「ソル……?」

「可愛い真似をしてくれた礼をしてやる」

まるで愛を囁くような口調だが、瞳は見事にそれを裏切っていた。

反射的に、腰のものに手が伸びる。

「斬ってみろ」

耳元に囁かれ、リベアはソルフェースを振り仰いだ。

「斬れ。俺はそのくらいじゃ死なん」

自嘲するような笑みを唇に刻んだソルフェースに、リベアは剣を抜くことは出来ずに終わる。

「酷い事をするぞ。魔物に身を売る事がどんなものか、お前は思い知ることになる」

リベアは腰の剣を鞘ごと抜くと、枕元へと置いた。

「リベア?」

「いいぞ。覚悟は出来てる」

ベッドへと横たわったリベアは、怪訝そうに己を見るソルフェースに腕を伸ばす。

「契約を交わしたときから、俺はお前のものだ」

知らずとは云え、契約を交わしたのは、魔物だ。それを知ってもなお、リベアはソルフェースとの契約を破棄しようとさえ思わなかった。

きつく抱きこまれて、その背に無言で腕を廻す。

それが答えだった。



「どうした?」

人の気配に振り返る。そこにいたのは、金の髪の同胞だった。

血のつながった甥の息子。そして、同じく人としての理を捨てたもの。

「リベアが憎い?」

「聞きにくいことを聞くものよの。そうさな、憎くもあるが、感謝もしておるよ。私では奴は討てなかった。救う方法はそれしか無かったというのに」

アデレードの指の間で、グラスが揺れた。歪んだ想いを抱えているのを知っていながら、知らぬフリをし続けた。何年も。そうして、息子は妄執に固まった鬼になった。

「そう」

納得したのか、レイはちょこんとアデレードの正面に座る。

「寂しい?」

「まぁな。寂しくないと云えば嘘になる」

子供相手だからか、アデレードは自分の心のうちを素直に打ち明けた。

「ふぅん」

解ったとも云わず、レイはただアデレードの傍にいるだけだ。

「父親が心配ではないのか?」

「リベアには、蒼のソルフェースがいますから」

今夜、自分が邪魔であることは心得ているらしい。拗ねたような態度は大人びているのか、子供じみているのか。

アデレードはふっと笑った。

シィドリアは、この年頃にはもう西の宮で、見習いとしてカイリィアと暮らしていた筈だ。

だが、その姿も思い出せない。

思い出すのは、最後に自分を貫いたときに見せた悲壮な瞳。

『助けてくれ』と。

「私はお前の願いを受け取れたのか?」

「うん。きっと。それが願いだったと思うよ」

間髪いれずにあったいらえに、はっとアデレードが顔を上げた。

が、そこにいるレイは、急に顔を上げたアデレードをキョトンとした顔で見るだけだ。

「空耳か」

だが、アデレードは不思議と、シィドリアの願いを受け取ったことを疑ってはいなかった。

「不思議な子だの。お前は」

ますますキョトンとした顔でレイがアデレードを見上げる。

そうして、それぞれの夜は更けていった。


「誰だ?」

アドル・シフディは現在の魔術管理官だ。そこにある歪んだ気配に気付くくらいの魔術の素養は、彼にもあった。

「ふん。丸きりのアホでも無いらしい」

現れたのは、蒼のソルフェース。このティアンナ最強と謳われる水の魔術師だ。

「蒼のソルフェース。何用でしょうか?」

こんな夜更けに何があったのかとシフディ管理官が眉を寄せる。

「お前が一番知っている筈だ。藍のシィドリア、いまわの際に全て吐いたぞ」

「何のことでございますか?」

シィドリアが頼る先。それは父親に連なるものに他ならない。娘を王の側室に差し出せるほどの高官などすぐに目星は付く。

それを知りつつ、これ以上の大事になるのを避けて、ソルフェースは目をつぶった。アデレードの願いでもあったからだ。

だが、リベアを狙ったことだけは許しがたい。

「死人に口なし。だが、俺を敵に回すなどという馬鹿はやるなよ? 俺はあくまでゾルレイ王の魔術師。いざとなれば、どう出るかは判らんぞ?」

ニヤリと人の悪い笑いを唇の端に貼り付けた魔術師は、アドルにとって悪魔のように見えた。

「まぁ、解らんでもないがな。宰相であった父親。息子はいずれは将軍になるだろう。自分だけお情けで与えられた魔術管理官とくれば、な」

今は第一騎士団の副隊長という地位に甘んじてはいるが、ラフはいずれ騎士団をまとめる地位に付くだろう。その中で、自分だけが魔術管理官という高官の中でもお飾りの職についている。

アドルがギリッと奥歯を噛み締めた。

「何が目的だ?」

「何も」

アドルの激高を、ソルフェースはさらりといなす。

「お前もこれで懲りただろう。お前の思い通りになど人は動かん。王もお前の息子もシィドリアも、リベアも」

せせら笑うソルフェースの言葉に反論する術など、アドルには無かった。

反論は己の罪を認めることになる。

目の前で消え去るソルフェースを、アドルは無言で見送った。


「リベアさま。湯をお持ちいたしました」

扉をくぐった馴染みの少年魔術師に声を掛けられ、リベアは重い身体を起こした。

髪をかき上げる仕草が、常よりも色疲れの様相であったが、それを綺麗にヤコニールは無視した。

いちいち気にしていては、リベアの世話係などやっていられない。

ヤコニールも少年に見えるのは外見だけで、すでにいい青年なのだ。それなりの経験もある。

「ソルは?」

「朝の収穫に参加しておられます」

朝の収穫は、昼餉に出される。このところ、やたらと参加するようになった上級魔術師に、見習いたちは緊張気味だという。

リベアは着替えると、朝餉をとりに食堂へと足を伸ばした。

収穫を終えた連中が食堂へ野菜を置いている。

その中に、ソルフェースとレイがいるのは解る。だが、その隣に居る黒髪の人物に、リベアは目を見張った。

「碧殿?」

「おお、リベア。昼餉も取っていくのだろう? 今日はナスを収穫してきたのだ。意外と面白いな」

アデレードは魔術師と云っても、王家の姫だ。畑仕事などやったことがある訳も無い。実際、見習いたちの頬は引きつっていた。

「ソル。どういうわけだ?」

ひそひそと囁くと、ソルフェースも苦笑いを浮かべる。

「さぁ、朝にいきなりレイと現れて、成り行きでな」

「昨日、レイは碧殿と一緒だったのか?」

ひそひそと囁く育ての親の心など知らず、レイとアデレードは声を揃えて二人を呼んだ。

どうやら、共に食卓に付くつもりらしい。

狐につままれたような心地で、リベアとソルフェースは振り返った。

アデレードはやつれてはいたが、それでもレイの隣で笑っている。

西の宮は、やっと平和な朝を迎えることが出来たようだ。



<おわり>

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