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水の魔方陣・焔の剣<R15版>  作者: 真名あきら
水の魔方陣・焔の剣
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水の魔方陣・焔の剣<6>

「リベア・コントラ」

「はい?」

声を掛けてきたのはゼルダムだ。

共に森の奥を目指して、数日。小競り合いはあるものの、やはりゼルダムの剣を警戒しているらしい魔物たちは、数を頼んで一気に押し寄せることは無くなった。

「貴公は、皇女の自慢の騎士だとうかがったのだが」

「そのようなことを、一体誰から……」

言いふらしそうな人物には心当たりがありすぎる。身分の低いリベアを、皇女や皇子が信頼していることを、快く思っていない人間はごまんといた。

「皇女自身から。兄のように優しくて厳しい、自分を護り通す騎士だと」

「……」

ゼルダムの言い方には裏は無さそうだが、何故いまそんなことを聞かれるのかが解らない。

「皇女が幼い頃には私は離宮の門番でした。皇女に助けられて私はここにおります」

身分の低い最低の兵士だ。いくらでも換えの利く兵士。

上官の失策で殺されそうになったところを皇女に救われた。あのときから、自分の命は皇女に捧げている。

「少し、疑っていたのだ。皇女は騙されているのではないかと。だが、レイシア皇女は人を見る眼がある。貴公は裏切ったりはしない人間のようだ」

「皇女には恩があります。一生お仕えするつもりです」

ゼルダムが真摯な瞳で自分を見ていることに気付いて、まっすぐにリベアも言葉を返した。

「貴公は、皇女の輿入れには付いてきてくれるのか?」

「私は所詮、国境警備の兵です。アルセリアへのお輿入れの兵は、近衛の隊から選ばれるでしょう」

「そうか。貴公なら信頼できると思ったのだが」

言葉の選び方からすると、やはりゼルダムはアルセリア王に近しい人物らしい。もしかすると傍流の王族の出かもしれない。それなら姓を名乗らないのも納得できる。

「貴公の魔術師。あまり信用するな」

「ゼルダム卿?」

「蒼のソルフェースは、もう3代の王に仕えている。その陣は鉄壁で誰にも破られたことは無い。だが、今現在皇女は魔物に連れ去られている」

魔術師たちがその魔術をもって人の何倍の時を生きることは知っている。ソルフェースも見掛けどおりの歳では無いのは解っていたが、3代もの王に仕えているとはリベアは知らなかった。

「小国だったティアンナが、しっかりと城壁に魔術を施し、城下が繁栄するキッカケになったのは蒼の魔術師のお陰だ。紅のアルガスと共にその名は近隣に知れ渡っている。それを貴公は手にしているのだ。忘れるな――――」

ゼルダムはいかつい顔に厳しい表情を浮かべていい放つと、そ知らぬふりで立ち上がった。

いつの間にか、背後にソルフェースの姿がある。

会話を聞かれるほど、近くにはいなかった筈だが、リベアは落ち着かなく視線をさまよわせた。




「何を話していた?」

「何が、だ?」

この数日の間、毎夜の様に、ソルフェースはリベアを求めてくる。

だがその対価は、リベアを十二分に納得させるものだった。



魔物たちが光の剣を警戒するようになると、その攻撃が、ネイストとリベアへ向くのは自明の理だ。

ゼルダムも己のそばにいるネイストまでは庇っても、戦うリベアまで庇うのは実質的に不可能だ。

リベアはもちろん、ネイストも、剣士としての腕は最上級の部類だが、それはあくまで人間を相手にしたときの話である。

特に、リベアは捨て身の戦法で、魔物の懐に飛び込み、喉元を切り裂くような戦い方をしていた。それは、魔物との戦いを繰り返す中で、リベアが学んだ確実にとどめを刺す為のやり方なのだが、あまりにも無謀すぎる。

リベアの命がいままで永らえているのが不思議なくらいだ。

ゼルダムは、共に戦いながらも、リベアの身を案じていた。気の強そうな、だが優しい皇女の顔が浮かぶ。リベアのことを己の騎士だと話していたときの誇らしげな表情が。


「リベア殿ッ!」

リベアの肩先を魔物の爪が掠る。ゼルダムは声を上げたが、そばには寄れなかった。己にも魔物が二匹襲い掛かって来たからだ。

それをなぎ払った向こうに見えたのは、リベアが幅広の剣で魔物の爪を受け止めているところだ。切り裂かれた肩口から血が流れている。

魔物封じの剣を、捧げるように構えたまま、リベアの元へ走り出したゼルダムは、信じられない光景を目の当たりにして、瞳を見開いた。


突然、空に出現した水が渦を巻く。

渦は、リベアに襲い掛かった魔物を捕らえるように、周りを取り巻いたかと思うと、水は渦から鋭い鞭のように一閃した。

それに、切り裂かれた魔物は、真っ二つに引き裂かれて、どっと倒れこむ。

「蒼の?」

リベアも、呆然と己の魔術師を見上げた。

「これが……攻撃魔術……」

ネイストがぼそりと呟く。魔術と云うのは、本来は守護に用いられるものだ。攻撃魔術と云うものが存在することを知ってはいても、目にする機会などあろう筈が無い。あまりにも強力なその威力に、三人の剣士は立ちすくむ。

魔物たちは新たな脅威の出現に、散り散りに逃げ去っていった。


「本来は既に封じられた魔術だ。西の宮長に知れたら懲罰ものだな」

「蒼の……そんなことをして…」

「命があっての話だからな。それに、遣えと云ったのはお前だ。リベア」

『お前の魔術を、俺に』そう云ったのは確かにリベア自身だ。だが、その結果がこんなにすさまじいものだとは、誰が思っただろう。

ゼルダムにも念を押されたではないか。『それを貴公は手にしているのだ。忘れるな』と。

抜き身の剣を手にしているのと同じだ。



「お前の望みの通りだ」

文句は無いだろうと、リベアを抱きながら、耳元でソルフェースが囁く。

「…ッ、く…」

必死でリベアはそれに耐えた。おそらくは、ゼルダムたちにも気付かれているのだろう。だからこそ、リベアに忠告するのだ。

『それでいいのか?』との意味を込めて。

躯と引き換えに得た力は、大きすぎる。それをどう遣うかは、リベア次第。

だがリベアは、ソルフェースの力を何としてでも得たかった。皇女を救う為に、己の力が足りないことは承知していたからだ。

「リベア。俺はお前の魔術師だ。その指輪はお前と俺との契約の証だ」

だから、自分を信じろと、ソルフェースは云うのだろうか? それとも、こんなことをせずに、素直に命じろと云うのか。

だが、リベアは、ソルフェースに命じることは出来そうに無かった。

ソルフェースを信じていないのでは無い。

信じられないのは自分自身だ。

ソルフェースの力を目の当たりにした今、ますます、その想いは強くなっていく。

『蒼のソルフェース』が、自分のような国境騎士にしか過ぎない下級兵士の『守護魔術師』だなどあっていい筈が無い。

ソルフェースの気まぐれで、今の自分は生き延びている。

だが、それを最大限に利用させてもらう。泉の主の元にたどり着くまでは。

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