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王者の後継<23>

だが、その網の目を縫うように、水の渦は入り込んでこようとする。

無言の攻防が続いた。

「ソル!」

「出るな! これは罠だ。お前が断ち切れば、それはお前に入り込む!」

前へ出て戦おうとするリベアをソルフェースは押し留める。

これはリベアを取り込もうとする術だ。

水の渦は、薄い膜になり、魔術で張り巡らした網ごとリベアとソルフェースの周囲に迫る。

剣を抜いたリベアが、忙しく視線を巡らせた。

魔術には必ず目がある。細かな糸を縫うように張り巡らされる魔術は、最後に結んだ結び目があるのだ。

その目を探る。もちろん、目に見える訳では無い。リベアは魔術など持たぬ、只の人だ。

だが、それを見つけねば己を庇ったままのソルフェースは動けない。

目を閉じて、感覚を研ぎ澄ませる。

「そこ、だ」

呟いた瞬間にそれを断ち切った。

迷いが無かった訳では無い。だが、足手まといになどなるくらいなら、傷ついても切り開く。

霧散した水の膜を見て、ほっと息を吐いた。

その途端、霧散した水がリベアに襲い掛かる。

「リベアっ!」

ソルフェースが呪を唱える間も無い。リベアの周囲を取り巻く霧は、リベアの内側に入り込もうとリベアの周囲を取り巻いていた。

それを弾き返しているのは、リベアに元から掛けられている結界だ。だが、同系の魔術にそれが何時まで持つものか?

ソルフェースは、呪言を唱え始める。

新たな結界を。

「ちッ!」

リベアは苛立たしく舌打ちすると、また、瞳を閉じた。

幾重にも掛けられた魔術。ひとつ破ればまた一つ。それなら、一つひとつ破っていけばいい。

ソルフェースの契約に護られるだけの自分では無い。共に戦い、共に歩く。

そのために。

リベアは瞳を見開き、剣を振り下ろした。

周囲を取り巻いていた霧が、力を無くし、地へ降り注ぐ。

だが、それは次なる魔術の前兆だ。

地に落ちた霧は、今度は足元からリベアへ這い登る。

ソルフェースの呪言が止んだ。

「捕らえた」

呟きと共に、リベアの足元に這い登っていた霧は消え去った。

「大丈夫か?」

いくつもの魔術を破り、肩で息をするリベアに、ソルフェースが問い掛ける。

「ああ。さすがにキツイな」

リベアはベッドへ腰掛け、深く息を吐いた。普段ならそんな無茶を怒鳴りつけるところだが、ここまで来るとそうも云っていられない。ソルフェースは自分の見通しの甘さに臍を噛んだ。

「なりふり構ってはいられない、か」

「アイツか」

呟いたソルフェースの言葉が指すのが、シィドリアだと思ったらしい。確かにシィドリアも既に正気を保っている風では無かった。

「ソル」

隣へと座り込んだソルフェースの唇をついばむように、リベアが口付けてくる。

触れ合うだけですぐに離れるそれが、自分を力づけるためのものだと云うのが解り、ソルフェースはクスリと笑った。

「これ以上は、帰ってからだ」

それに憤慨したように紡ぐ言葉は照れ隠しだ。ますます、笑い出したい口元をソルフェースは覆い隠した。

「さて、行くか」

「そうだな」

二人して立ち上がる。おそらくシィドリアは既に住居にはいないだろう。

逃れるならば、後ろ盾となるもののところへに違いない。

「王都を逃げ出すことは考えられないか?」

「何のために、四方にまで手を回したと思っている?」

四方陣の張られた網の中から逃げ出すことは不可能だ。それこそ、時空を移動できるのであれば別だろうが、そこまで出来る魔術師は、この王都にはソルフェースのみ。

ソルフェースは既に空となった住居の扉を開く。

その中心に残された、壊れた魔法陣に手を翳した。

魔術の残り香を纏うものの行方を辿る。

血と吐しゃ物で汚れた床に、新たな魔方陣が出来上がった。

リベアはただ、それを見守るのみだ。そこはリベアの領域ではない。

空を見つめていたソルフェースの呪言が止んだ。

「行くぞ」

「ああ」

ソルフェースが小さな身体を翻す。それを追ってリベアもその場を後にした。

「リベアさまッ!」

追ってくる足音に、リベアとソルフェースが足を止める。

「マーロウ。どうした?」

「王都警備がリベアさまを拘束すると息巻いています!」

「王都警備?」

「先程、魔術師の宮へリベアさまの引渡しを要求してきました。隙をついて僕だけが逃れてきましたが」

「酒場の件か!」

ソルフェースが大きく舌打ちをした。

魔術師がらみとは云え、王都警備にも近衛にも話を通さない王都での単独戦闘。問題ありと見なされても仕方が無い。

「手早く片付けるしか無いな。リベア、捕まれ!」

呪言を唱えるソルフェースの肩をリベアが掴んだ。

その瞬間、マーロウの目の前でリベアとソルフェースの姿は消え去っていた。


裏通りを酔っ払いのように足をもつれさせて、それでもシィドリアは走っていた。

時折、本当の酔っ払いと間違えた男たちに小突かれたが、それを気にしてなどいられない。

闇に乗じて姿を隠し、今は時を待つしかない。

逃れる先は、王都の中心にあった。貴族の屋敷には付き物の秘密路を使って、そこまで逃れれば、魔術も権力も届かない。

「そこまでにせぬか。シィドリア」

だが、誰も知らぬはずの秘密路の入り口に手を掛けたシィドリアの腕を、女の細腕が掴んだ。

振り仰いだシィドリアの前に立ったのは、波打つ長い黒髪の女。

「碧のアデレード?」

「もう止めよ。これ以上の醜態を晒すこともあるまい」

崩れ落ちそうなシィドリアを、静かにアデレードは見下ろしていた。

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