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王者の後継<22>

小さな酒場に落ち着き、二人して食事を取る。

常なら、酸味の強い安い果実酒をとるが、さすがに(見掛けだけは)子供連れとあって、果実水を頼んだ。

鶏肉のスープ。かぼちゃとひき肉たっぷりのパイ。揚げた芋。大皿に盛られたそれを二人して平らげていると、強い視線を感じた。

まとわるようなそれを、二人揃って、完璧に無視をする。

「ロベリア。行こう」

「ああ。そうだな」

立ち上がり、開け放たれた店の外へと出た瞬間、真っ直ぐに水流が襲い掛かってきた。

すかさず突き出すようにかざしたソルフェースの手で、水の奔流はいきなり流れを堰きとめられる。

すばやく回り込んだリベアがそれを断ち切った。

屋根のあるだけの屋台のような造りの店の並ぶ周囲は、シンと静まり返る。

「一体、あんたらは……、」

客であった傭兵らしい男が、吐き出すように言葉を紡ぐ。それは誰しもが持つ疑問の筈だ。

「第一騎士団のものだ。これは守護魔術師の見習いで、私の養子だ」

「第一騎士団の方で? まさか、また前みたいなことに」

魔物が侵入したのかと顔を引きつらせる住民たちに、リベアは落ち着き払った態度で告げる。

「大丈夫だ。チンケな魔導師きどりが暴れているだけだ。すぐに処断する」

「そんなこと信じられねぇ!」

「そうだ、ホントなら証拠を見せろ!」

さすがに魔物たちの侵入を許した十年前には、ここにいる青年や壮年の男たちは、まだ年若かった所為か、恐怖は身に染み付いているらしい。

「この剣に掛けて誓おう。それでも信じられないか?」

抜き放った剣は、薄っすらと焔を帯びたような光を放っている。

「リベア?」

驚きと同時に揶揄を込めた呼び掛け。

そのソルフェースの声に反応したのは、一人ではなかった。

「リベア? リベア・コントラ?」

「水竜の騎士さま?」

「魔封じの騎士さまだ!」

「亭主! 騒がせたことを詫びる」

騒然とするその場に、冷静な声が響いた。声は子供の物だが、その言葉はとても子供の発するような響きでは無い。

その場へ金貨を置く仕草も、すっかりと大人のものだ。

「リベア」

その癖、リベアに手を差し出す。その手を取って歩き出すリベアとソルフェースに、先程の他国の傭兵の声がからかう様に掛けられた。

「何だ、とーちゃんを他に取られんのが嫌なだけかぁ?」

それに無言でソルフェースが振り向く。

ふっと唇の端だけを上げた笑みは、せせら笑うような上から見下すようなもので、とても子供のする表情ではない。

呑まれたように傭兵は口をつぐんだ。

「ソル」

嗜めるようなリベアの口調に、ソルフェースはぺろりと舌を出して、前を向く。歩いていく二人を眺めていた傭兵が、首を竦めた。

「あれが、ティアンナの魔術師か。子供だってのに、もうああかよ。嫌だねぇ」

「シッ! 滅多なことは云わんほうがいい」

店の客の一人が、人差し指を口に立てる。

「水竜の騎士さまの契約者は、神竜だ。何処に潜んでいるか判らねぇ」

「リベアさまだって、鬼神のような方だ。俺は一度村を救ってもらったが、あれは人間の戦いぶりじゃねぇ」

ひそひそと囁く声は、夜の闇の中、しばらく止む事は無かった。



シィドリアは、痛みにのたうちまわった。

掛けた魔術の陣を破られて、返された。自分だと悟られぬように術式は変えたが、それでも返ってくるのを避けることは出来なかった。

「ゲ、ほッ…、契約者、め!」

血を吐いた口元をぬぐい、中空を睨む。

それはまるでリベアを射殺さんとするばかりの視線だ。

「返したのは、あのガキか!」

日に日に成長し、大きな魔術を身に着ける子供。やはり、放っては置けない。

魔術師の宮へと帰ることは出来なくとも、それならば、このティアンナを闇から操ってやる。

その、手始めとして。

「あの男。鬼神だと云われていたな」

返されてきた魔術に乗って来た街の会話。

ならば、落としてやればいい。別に倒さずともあの男は動けなくなる。街の人間に狩らせればいいのだ。

子供が何処まで父親を護りきれるか。それを見るのも面白そうだ。

ゆらりとシィドリアが立ち上がる。

すでにシィドリアの身体を動かしているのは、気力と暗い妄執だ。

唱え始めた呪言が、大きな魔方陣を形作る。

それは徐々に力を増し、水の渦を中空に浮かび上がらせた。

閉じていたシィドリアの瞳が見開かれる。魔術を通して見るのは、リベアとソルフェースの暮らす小さな家。

空へ浮かんだ水の渦がふっと消える。それは魔術の成立を意味していた。

暗くシィドリアが笑う。

それはやがて哄笑となって、その場に響き渡った。


「ソル。くっつくなよ。暑苦しい」

「仕方ないよ。狭いんだし」

まだ、幼い子供と二人だというので、借りた家にはベッドは一つだけだった。だが、かなりの大型で、子供と二人であれば十二分な広さの筈なのだ。

「目くらましを掛けてるだけで、俺自身が小さくなっている訳じゃないんだ」

ぼそりと背中に張り付いていたソルフェースが呟く。

「だが、お前に触ると背も小さいし」

「人間って云うのは、視覚から見たままを再現するんだ。そうしないと、身体が混乱するからな。今だって、俺がくっついていると錯覚しているだけだ」

ソルフェースから見れば、リベアは手を繋ぐときも、ソルフェースの指を三本握っているだけだ。それで小さな手だと感じているのである。

「リベア!」

不思議そうに身体を起こそうとした、リベアの身体を、ソルフェースは引いた。

腕に抱きこみ、手をかざす。

周囲に張り巡らせた魔術の網が、唐突に目の前に現れた水の渦を押し返した。

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