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王者の後継<21>

シィドリアは、急に軽くなった身体に不審を感じつつも、魔術師の宮の用意した場所に移り住んだ。

おそらくは、疑われていることは想定内だ。

レイと云う子供を排除する為に、その養父を狙ったのだが、さすがに英雄と呼ばれたのは伊達では無いらしい。ソルフェースの魔術に護られただけの、惰弱な男かと思ったが、差し向けた暗殺者は、ほぼ単独で片付けられている。

王族の後ろ盾でも得られればと、アデレードを焚きつけてはみたが、乗る様子は無い。

「いっそ、あの子供を焚き付けるか」

レイと呼ばれた、明らかな王族の特徴を備えた子供。うまく操れば、あの女魔術師よりは役にたつかもしれない。

そして、女魔術師を一刀で切り伏せたという、リベア・コントラ。

「やはり、あの男をどうにかしないとな」

一度だけ口付けた唇は甘く、力が流れ込んできた。口付けだけでああならば、交わったのならば、どんなに。いや、いっそ引き裂いてその血を啜ってやろうか。

最初は、あの蒼のソルフェースが選んだとは思えない、地味な顔かたちの男だと思ったが、あの力を秘めているのならば、解かる。

「あの男が死んだのならば、ソルフェースはどれだけ嘆くだろうかな」

シィドリアの口元に、歪んだ笑みが浮かんだ。


「藍は、用意した家に落ち着きました。癒しの魔術師の看板を上げたようです」

焔を炊いた中に映したシィドリアの様子を、モニクが読み取る。

「結界に阻まれて、詳しくは読み取れません」

「奴も魔術師のはしくれだ。そうそう尻尾を掴ませる真似はせんだろう」

モニクの所為ではないと、紅のアルガスが弟子を慰めた。

読み取った内容だとて、モニクよりもシィドリアの力が勝っていれば、かく乱することも可能だ。

「俺が行こう。やはり、それしかあるまい」

「蒼のソルフェース。それは感心せん」

立ち上がるソルフェースを、アルガスが諌める。

「色を変えれば良いのであれば、私でも構わぬだろう。シィドリアより、力が上であればいのだろう?」

「ありがたいがな。やはり、俺の手で始末はつけるべきだ。俺なら、奴にわからんくらいの目くらましを掛けることが出来るぞ」

アルガスの心遣いは痛いほど感じる。だが、それでも自分の手でこの茶番劇の幕は下ろすべきだ。

「俺も行くぞ」

一人で全てを背負いそうなソルフェースに、リベアが進み出る。

「当たり前だ。お前には餌になってもらう」

「餌?」

ソルフェースが、ゆっくりと呪言を唱え始めた。

高く低く詠唱が部屋を満たし始めたとき、ソルフェースの姿がもやのようにぼやける。

再び、そのもやが形を取ったときには、ソルフェースの背はリベアの肩よりも低くなっていた。

ティアンナには多い、赤み掛かった茶色の髪。瞳は青。そして、その容姿は非常にレイに似ている。

「ソル?」

一体、どういうことだとリベアが疑問を口へ上らせる。

「この騒動のあと、お前が街へ移り住む理由は何だ?」

「レイと静かに暮らすため?」

もちろん、そんな理由でもなければ、第一騎士団の塔内に立派な居室のあるリベアが街へ居を構えることも無い。

元々、質素に過ぎるくらいの暮らしを営んでいるのだ。

リベアが街へ居を構えるのであれば、理由はレイに他ならない。魔術師からも王室からも距離を置くために。

「奴は一度食いついた。おそらくは抗いがたい魅力になっているはずだ」

声はすでに子供のものだが、言葉はそれを裏切っている。ソルフェースの言葉にうなづいて、リベアは剣を握りしめた。



ソルフェースとリベアが、シィドリアと同じ街へと居を構えたのは、その日の内だ。

ソルフェースは子供の姿で、リベアの周囲にまとわりついている。

「ソル。お前のことは何て呼んだらいい?」

「いいよ。ソルで。変えていると思われた方がいいし、いざとなっても呼び間違わない。それよりも、リベアの方だよ」

「俺?」

「さすがに『リベア』じゃ気付く人もいるからね。弟の名前、なんだっけ?」

「ロディア、ロベリア、エドルだが、俺の顔はそうそう知っている奴なんて…」

「リベアがそう思っているだけだよ。云われなかった? あんたのところの嫌味な副隊長に」

ソルフェースに一蹴されて、リベアは常に怒ったように自分に意見するラフ・シフディの顔を思い浮かべる。

「救国の英雄、国の重鎮か」

溜息と共に吐き出したリベアの言葉に、子供の姿のソルフェースがうなづく。

「ロベリアにしよう。響きが似ているし、リベアも自分だと思わなくても、反応するだろう?」

にこりと子供の顔で笑う魔術師に、リベアは苦笑いで応えるしか無かった。

「とりあえず、ご飯食べに行こう!」

手をひかれるまま、外へ出る。仕草や言葉が子供のそれの所為か、咎める気にはなれない。

夜のとばりの降りはじめる街は、歓楽街へと姿を変えつつある。

その一つ一つの灯りに暮らす人々を、リベアは思う。

自分が本当に、英雄だというのであれば。剣の柄に手を置いた。帯刀しているのは、焔の剣。それはリベアの覚悟だ。

「ソル。あまりはしゃぐなよ」

「誰に云ってる?」

鼻歌を歌っていた子供が瞳を上げる。その顔はとても子供のする貌では無かった。

「この歌も張り巡らす魔術の網。掛かるのを待つだけだ」

ニヤリと唇の端を上げて笑う。

馴染みのありすぎる傲慢そうな表情に、心の底で安堵を感じた。ソルフェースであってソルフェースではない男に、リベアも少しだけ調子が狂っていたのだ。

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