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王者の後継<20>

「ソル!」

居室を開くと、そこにソルフェースの影は無い。代わりにいたのは、いろいろと世話を焼いてくれている、焔の魔術師だった。

「リベアさま? どうかなさいましたか?」

らしくなく慌てた様子のリベアに、ヤコニールは幼さの残る仕草で小首をかしげた。

「ソルは?」

「蒼のソルフェースは、紅や碧と共に、宮長の部屋です」

「ああ。じゃあ、不味いな」

舌打ちせんばかりのリベアのイラつきに、ヤコニールはにっこりと笑った。

「かまいませんよ。リベアさまなら。宮長もきっとそうおっしゃいます」

「え?」

「行きましょう」

さらりと云われて、リベアの方が狐にでもつままれたような顔になる。

「おい、ヤコニール?」

慌てるリベアを振り返ったヤコニールがクスリと笑った。その笑顔は少女のような外見のヤコニールには似合いの無垢なものだったが、リベアは何故か背筋がぞっとするのを感じた。

「大丈夫ですから」

再び微笑んだヤコニールは、いつも通りの一途に慕ってくれる少年の姿の魔術師だ。それに安堵して、マーロウとレイをそれぞれ部屋へ帰るように促し、リベアはヤコニールに伴われて宮長の部屋へと向かう。

「宮長。リベアさまをお連れしました」

「入れ」

入室を促す声は、何故かソルフェースのものだ。

リベアが部屋へ入ると、そこに集っていた八人の魔術師たちから射抜くような視線の集中砲火を浴びる。

「一体……」

思わず腰が引けるのは、リベアが小心な所為ばかりではない。蒼、紅。碧、宮長の四人の最高峰の魔術師と、劣らずに堂々と立つ紫紺の瞳の男女が、それと同等の力を持つことは、リベアでさえ判る。

「リベアは逢うのは初めてだな。この四人が四方の守護者だ」

東西南北。それぞれの四方を預かる守護者たち。

「四方の守護陣に手を付ける羽目になるとは思わないが、念のためにな」

「念のため?」

疑問を口にするリベアに対して、ソルフェースは癖のある笑いを唇に刻んだだけだ。

「もう持たん。だから云うべきだったのだ。水の力は御しきれるものではないと」

「あそこまで若さを晒すとは思わなかったのでな」

紅と碧のそれぞれが口にする相手が誰のことかは、リベアにも判る。

「ここまで巻き込まれたからには、俺にも教えていただこう。紅殿、碧殿も一体何をご存知なのだ?」

シィドリアが今度の事件に関わっていることは間違いない。だが、有望な水の魔術師が何ゆえに、そんなことに手を染めたのか?

「水の魔術師はひとところには留まれない。流れぬ水は澱むだけよ。シィドリアは戻ってくるべきでは無かったのだ」

アデレードが波打つ黒髪をかき上げた。

「だが、ソルは……」

ソルフェースは自在に魔術を操る。リベアと交感ずるようになったのは、ここ十年程の筈だ。

「リベア。お前が蒼流と呼び、民が神竜と崇める使い魔は俺の半身だぞ?」

蒼流がいたのは、黒の森の奥深くの泉と呼ぶにはあまりにも大きな。

「そういうことか!」

水の流れを感じる供給源があればいいのだ。

「使い魔を使いこなせるだけの技量があれば、だがな」

「お前、だからこそ。という訳か? だが、今までの水の魔術師たちは……」

何ゆえに、今までの水の後継をソルフェースが殺したのか。その訳をリベアはふいに思い起こしていた。

交感する相手が無い場合、魔術師たちはどうすると云っていた?

「そう、人と触れ合うことで力を貰う。まるで淫魔のように」

ソルフェースの面から、すっと表情が消える。

人の理から外れた『魔術師』という存在。それ以上に人の営みから外れる行為。

「あれの師であるカイリィアは、その必要が無かった。その弟子であるシィドリアもそのことは知らぬ」

紅のアルガスは、何かを考え込むように口元に手を当てた。ギリッと奥歯を噛み締める音に、リベアはアルガスの後悔を読み取る。

「あれが旅に出ると聞いたときには、ほっとした。疑惑の中で生きることよりも、他国を旅し、水が流れるように生きていってくれれば。との。結局は、我らは逃げていたのだ。蒼のソルフェースに、全ての責務を押し付け、他人事のように構えていた結果がこれよ」

アデレードの声は、年相応に疲れたものであった。

「だからこそ、今度は逃げぬ。何ゆえにこのような大それた真似をしたのかは解からぬが、魔術師たちの総意をもって、藍のシィドリアの始末は付けねばならん」

「シィドリアの仕業だと知っていたのですか?」

立ち上がり、身を翻したアデレードの背をリベアの声が追う。

「ここは王宮魔術師の巣窟。西の宮ぞ?」

王宮に仕える身でありながら、その壮大な魔力は人を超える。それを互いに自覚し、抑えるのが西の宮の役割のひとつ。

「人を超えた力。自在に振るえば、この国など簡単に滅ぶ。そうならぬ為に、われらは振舞わねばならぬ」

アデレードが振り向かぬまま、リベアに向って言い放った。

それを潮に、魔術師たちはそれぞれに扉に向う。

「では、何故、シィドリアをそのままにしておかれるのですか?」

話は終わったとばかりにその場から立ち去る魔術師たちに、リベアは再び疑問を投げ掛けた。

「小さな芽まで摘み取らねばいかんのだ。リベア殿。魔術師同士の諍いに、貴方方を巻き込むようなことになるのは、これきりにせねばならん」

「契約者は護られるべきもの。契約者を害するようなものは排除せねばならぬ」

「四方陣は王都に張り巡らされた魔術の檻」

「それをもって、痴れ者を刈らねばならん」

四方の守護者がそれぞれに言葉を発する。

シィドリアは所詮、一魔術師。王の子と称されていた傀儡を操るには、それなりの人物をたきつけねばならない。

それは、誰なのか。

リベアには、一層の疑問が膨れ上がるだけだった。


「俺も行く」


シィドリアを泳がせたからには、それを追う必要がある筈。

「お前が?」

「ソルも行くんだろう?」

シィドリアはソルフェースの孫弟子だ。誰が何を云おうと、ソルフェースが始末を付けるだろう。それをさせたくないとリベアは思った。

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