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王者の後継<19>

手をつないだまま、帰途を辿る二人を、沈む日が照らしている。

長く伸びる影をじっと眺めていると思っていたレイが、ぽつりと口を開いた。

「お父上なのですね」

誰が?とは問わなかった。

「ああ」

「僕は、自分で決めなければいけないんですね」

どう道を選ぶのか。それはレイ次第だ。

二人して、黙ったまま西の宮への道を辿る。お互いに繋いだままの手は暖かかったが、それはいずれ手放さなければいけないものであることも、お互いが知っていた。


「リベアさま! どちらへ?」

「王宮だ。預かり物を返してきた」

西の宮へと戻ってきたリベアとレイを出迎えたのは、マーロウだ。あれ以来、リベアの小隊は、そのまま西の宮へ留まっていた。

王宮からの詮議を警戒した魔術師たちによって、リベアの微妙な立場は護られている。

今日の王宮への訪問も、王自らの許可が無ければ、途中で捕らわれていても不思議ではなかったのだ。

「お返しになったのですか?」

「ああ。持っていても腹を探られるだけだ」

いずれ使うときは来ると、王の元乳母であるルセレは云っていたが、レイが幼い内は、無用の長物に思える。

しかも、現在のリベアの立場上では、より一層の疑惑を持たれそうな気がする。

「レイは?」

「レイは俺の息子だ」

マーロウの云いたいことはリベアにも判った。が、それを決めるのはレイであって、リベアではない。それまで自分の養い子として、守り育てるつもりだ。

不安そうにリベアを見上げるレイを片腕に座らせるように抱え上げ、リベアはソルフェースの居室へと向かう。

昨日今日では動きは無いだろうが、それでも仕掛けてこないという確証もない。

「大丈夫だよ。リベアは僕が護るから」

緊張感が伝わったのか、小さな手でしがみついてきたレイに、リベアは微笑んだ。

「ああ。頼りにしているよ」

「はい!」

マーロウはそんな親子の様子を見ながら、自分の子供の頃のことを思い起こす。

父の大きな手に引かれて街を歩いた。街を歩く騎士たちが、父親に頭を下げ、尊敬を示してくれるのが解かる。それが自慢だった。自分もああなりたいと子供心に思ったものだ。

だが、今自分の目標は、目の前にある騎士としては小柄な背中だ。

家柄も身分も、何も持たぬ身で、この国最上の騎士である男。出逢った頃から数年が過ぎ去り、もう青年に達したマーロウは、リベアよりも立派な体格になったというのに、未だに追いつけない。むしろ、力の及ばなさを実感するばかりだ。

何の疑問も持たずに『リベアを護る』と云える小さな存在が羨ましい。

「リベア」

呼びかけたレイの声は、何処か緊張をまとっていた。その声に身構える。

人の身には魔術は感じられないからだ。

「契約者殿」

呼びかけてきたのは、金の髪を持つ、青年姿の魔術師。

「藍殿。探りを入れられると聞いたが」

「ええ。貴方が殺したあの女の始末をつけねばなりませんので」

明らかな当てこすりに、後ろで聞いていたマーロウは眉を寄せた。が、ここは魔術師たちの宮であることを思い、何とか踏みとどまる。

「何かあれば、力をお貸しします」

だが、リベアにとってはソルフェースの孫弟子だという魔術師に含むところは無い。手を貸すと云われて、今度はシィドリアが眉を寄せた。

「魔術を持たぬ貴方に助けられることは無い筈だが、そのお気持ちだけは貰っておこう」

気を持ち直し、すれ違うシィドリアの身体が傾ぐ。

片手にレイを抱えているため、リベアは身体ごとでシィドリアを受け止めた。

「藍殿」

リベアの騎士にしては小柄な身体は、シィドリアとそう変らない。もちろん、鍛えた身体の厚みは違うが、それでも抱き合うような形になった。

「……ッ、」

身体の自由が利かないことに、シィドリアは焦れていた。旅から帰ってきてからというもの、だるさが取れない。

「藍殿? 大丈夫か?」

覗き込んでくるリベアの瞳が茶色であることに、シィドリアは今更気付いた。

引き剥がして立ち上がらなければと思うが、身体が云うことを利かない。

引き寄せられるように、目の前にある男の唇に口付けた。乾いた砂に水が染み込むように流れ込んでくるものがある。


だが、それは突然に、自分を取り囲んだ水の檻に引き剥がされた。


我に返ったシィドリアが見たのは、リベアの腕に抱えられた魔術師が中空に描いた魔術の陣。

睨みすえるように前を見た魔術師の貌には、子供の面影は無い。

「もう、ここまでになっていたか」

呟いたシィドリアは、呪言を唱え、水の檻を打ち消した。

そのまま足早に立ち去るシィドリアを、マーロウが追おうとするのを、リベアが止めた。

「リベアさま、何故ですか? あのような無礼な」

「違う!」

強い調子でマーロウを遮ったのは、レイだ。

「リベア。平気? ふらついたりは?」

「ああ。そう持っていかれた訳でも無い。本人も無意識だったしな」

腕から飛び降りたレイが、リベアを覗き込む。マーロウには何が何だか理解不能だ。

「魔術の交感だよ。魔術師の力が強ければ強いだけ、自然や人間との交感が必要なんだ」

マーロウが首を捻るのに、レイが口早に説明する。

「俺は契約者だからな。契りを持っている所為で、交感しやすいらしい」

だが、シィドリアは旅から戻ってきたばかりで、交換を必要とするような魔術は使っていない筈だ。それとも。

「それだけ切羽詰まってるってことか?」

口の中でだけ呟いたリベアの言葉に答えるものはこの場にはいない。問いただす為の相手を求めて、リベアは宮の奥へと歩を進めた。

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