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王者の後継<17>

「大丈夫なのか?」

「何が?」

マーロウが周囲を見回しながら問う。

「リベアさまに、誰もつけなくて」

扉の前にも廊下にも、警護らしい姿は無い。

「大丈夫だ。蒼のソルフェースの居室は、結界に護られている。蒼の魔術師の許したものだけがあの部屋へ出入りすることが出来る」

「だが……」

「それに、レイがいる」

真っ直ぐに前を向いたままのヤコニールの言葉に、マーロウが眉をひそめた。あんな子供に何が出来るというのか。

「レイはリベアさま自らが見込んで養子にされた。今現在、もっともリベアさまが信頼しておいでだ。それに、魔術師としての経歴は浅いが、いずれは蒼のソルフェースが後継にとも考えている者だ」

リベアの傍にいるのに、もっとも相応しいと云われて、マーロウは黙り込んだ。リベアがレイを引き取り、蒼のソルフェースに預けたことは知っていたが、レイ自身にそこまで興味があった訳ではないマーロウは、あえて深い事情は聞かなかったのだ。それに、リベアに困った顔をさせるのが本意では無かった所為もある。

「蒼のソルフェースが?」

それぞれの考えに沈んでいた騎士たちは、掛けられた声にぎくりと身を竦ませた。そのくらいに、その声は暗かった。

「後継にと望んでいる? 蒼のソルフェースが? まさか」

「本当です。少なくとも、私にはそうおっしゃっておりました」

呆然と呟く声を受け止めたのは、ヤコニールだ。少女めいた面差しは、むしろ何を考えているのか判らない不気味さをもって、藍のシィドリアの視線を受け流した。

「お前が? お前は紅の弟子だろう!」

暁のヤコニールの属性は焔だ。当然、師匠は紅のアルガスである。

「そうですよ。だからこそ、リベアさまのお世話を任されております」

契約者を任せてもいいと思う程の信頼を、自分は蒼のソルフェースと紅のアルガスの双方から得ているという自負が、ヤコニールにはあった。

そして、第一騎士団の守護を、姉弟子のモニクと共に、ほぼ全て引き受けている。

「貴方はまだ旅からお帰りになったばかりです。私は貴方よりもこの宮では新入りではありますが、貴方のいない間、ここで技を磨いて参りました。守護魔術師として、誰にも引けはとりません」

少女のような見目で軽く見られることは、慣れている。だが、それは同じ魔術師の間では禁忌とされるものだ。魔術師の間で重視されるのは、魔術の技量と経験。

ヤコニールのそれが、藍のシィドリアより劣っているとは、ヤコニールには到底思えない。

ヤコニールは鋭い視線をシィドリアに投げつけた。それをシィドリアが受け止める。

その場の誰もが強い力のぶつかり合いを予感した。その時、横合いから声が掛かる。

「藍のシィドリア。引くがいい」

西の宮という地味な場所には似合わない、艶めかしさをまとった声。波打つような黒髪の美女は、シィドリアをかばうように前へ立った。

「碧のアデレード。何ゆえに?」

「このような場で争い事か? 王宮が目を光らせているこのときに? お前だとて何が起こったのかは聞いておろう?」

アデレードに諭されて、シィドリアは身を引いた。それに頭を下げて、ヤコニールは騎士たちを伴い、その場を後にする。

元々、ヤコニールの方には、売られた喧嘩ならば買う程度の意識しかなかったので、シィドリアが引いた今、別に拘る事も無い。

だが、シィドリアには、その態度すら自分を見下されているようにしか感じられなかった。

「碧のアデレード。詳しいことを聞かせていただけませんか? 私で力になれることがあれば」

「もとよりそのつもりよ。少しでも力を合わせねばならん。特に、水と焔の浄化の力は必要だ」

ヤコニールの守護の魔術がどれ程かは定かではないが、自分の方が魔術師として優れていることを示す好機だ。

シィドリアは促されるまま、碧のアデレードの後に続いた。



「う…、ん?」

汗で張り付く髪を掻き揚げる指の感触に、目を覚ます。

薄く瞳を開けると、そこにいるのは、養い子ではなく同じ紫紺の瞳の魔術師だった。

「ソル」

「良く休めたか?」

覗き込む視線に、くすぐったさを感じながら身を起こす。

「ああ。心配をかけたな」

「いや。無事で良かった」

見守る様な視線に気恥ずかしさを隠せない。

それを押し隠すように、リベアは思い起こした不安を口にした。

「王宮が不審をもっていると聞いたが」

「まぁな。元から不審はもたれているんだ。それが今回の件で吹き出したと云うのが正しい」

皇女がさらわれたときに結界が破られた。そのときに持たれた魔術師への不審は、中々払拭できなかったという訳だ。

しかも、今回の件には、魔術師へ不審を持った人心を集める為に、英雄へ祭り上げたリベアも共に関わっているとなれば、より一層の不審を煽ったに違いない。

リベアを祭り上げたことすら、最初から図られていたと感じたものもいた筈だ。

「殺すのではなかったな」

「お前がためらえば、何人かが死ぬ羽目になった。お前の判断は正しい」

子供にするように頭を撫でられ、抱き寄せられる。リベアはソルフェースの優しさをクスリと笑って、引き剥がした。

そのまま、唇を重ね合わせる。

「リベア?」

「ソル……」

呼びかける声は、甘さを滲ませている。

「誘惑してるのか? こっちは我慢してるんだぜ」

「らしくない遠慮なんかするなよ」

誘うような笑みに、ソルフェースは負けた。元々、当に負けているのだ。

抱き込んで、引き剥がすように服を剥ぎ取る。

晒された肌に舌を這わせ、自分のものだと印を付けた。

「あ、…ッ、は」

性急な愛撫にリベアの息が上がる。そのかすれた声もソルフェースを煽り立てた。

「リベア、リベア…、」

幾度も求められ、呼ばれる自分の名に、リベアはソルフェースへと腕を伸ばす。

「ソル」

ソルフェースは伸ばされる腕に招かれるまま、リベアを抱き寄せた。

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