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王者の後継<16>

「全部浄化しろ」

外へ出ると、あたりは魔術師たちの呪言で満ちていた。

魔物たちの血は、毒だ。浄化しなければ、そこは何も育たない不毛の地になる。

一面の魔獣の亡骸は、浄化の焔に焼かれ、跡形も無くなっていく。

「こ、れは?」

あまりにも早い魔術師たちの行動に、魔術師には絶対の信頼を置くマキアスも、不審の声を上げる。

振り向いたのは、赤い髪の生真面目そうな魔術師だ。

「はぐれ魔術師の仕業とは云え、魔術師のやったことの処理は、魔術師が行わねばなりません。これだけの大きな毒をそのままには出来ません。全て焼き払います」

「全て?」

「ええ。全て、です」

云い終わると同時に、紅のアルガスの唇が呪言をつむぎ出す。

アルガスの指が中空に描いた魔術の陣が燃え上がった。同時に館から焔が上がる。

それを騎士たちは呆然と見つめた。

普段見せられることの無い、大きな魔術に肝を抜かれているのだ。

その中で、冷静だったのはリベアだけだろう。ソルフェースの攻撃魔術に比べれば、こんなものは児戯に等しい。

燃え上がる館を見つめる。

「所詮は、俺も魔物使い、か」

ローザの最後の言葉を思いおこした。魔物と少女の血に濡れた剣を見下ろす。

表向きは蒼流という名の神竜を従えているが、それは黒の森の魔王の半分だ。魔術師としてのソルフェースと契約を結んではいるが、それも魔王の仮の姿だ。

自分は一体、何者なのだろうとリベアは考える。

魔を切り伏せる力は、この剣のもの。だが、この剣は魔術の守護さえも切り捨てる。

その力は、人として持つべき力なのか。

「リベア」

掛けられた柔らかな声に顔を上げた。

「ソル」

秀麗な顔が微笑みを浮かべる。ほっとして力が抜けた。

崩れ落ちそうになる身体は、細い割りに力強い腕に受け止められる。

「リベアさまッ!」

遠くに上がる悲鳴に近い声を聞きながら、それがマーロウの声であるのを知覚したのが、リベアの意識の限界だった。


「目が覚めたか?」

馬上で揺られているのを自覚したが、身体はまったく自由が利かなかった。

「そ、る……」

呼びかける声も掠れていて、自分の声だとはとても思えない。

「確かに水竜はお前に従う。だが、それはお前の力も同時に削ることだ。しかも、その後に、魔術の陣を破っただと? お前はどれだけの無茶をやる気だ?」

怒鳴るように感情をあらわにするソルフェースを、リベアはともかく、騎士団の連中は初めて目にした。

常に取り繕うことの上手い魔術師は、自分に与えられた役割に非常に忠実であったからだ。

そんなことさえ忘れているソルフェースに、リベアは素直に頭を垂れた。

「すまん」

「解かればいい」

リベアを抱きとめたまま、憮然としているソルフェースの腕が震えているのを感じて、リベアは自分がどれだけの無茶をしてしまったのかを知る。

戦いはリベアにとって、生きるために切り開くべきものだ。生きるための戦い。負けることは死を意味する。それは騎士となったときに覚悟をしたこと。

剣を抜くときは、命を懸けるときだ。

だからこそ、リベアはためらわない。

人であろうが、魔物であろうが、魔術師であっても。

英雄と呼ばれるようになっても、変らず飛び込んでいく。特に魔物との戦いにおいて、魔封じの剣を持つ自分が道を切り開くことが、騎士団全体の生存を意味するのだ。

だが。

「悪かった」

リベアは自分が何であろうと構わない相手がいることを、痛いほどの抱擁と共に実感した。


再び、リベアが目覚めたのは、西の宮のソルフェースの居室だ。

「リベアさまッ!」

覗き込んできたマーロウが泣いている。一瞬、リベアは自分が何処にいるのか判らなくなった。

「マーロウ?」

「他の皆もいます。リベアさまがまったく目を覚まさないので心配で」

周囲を見回すと、ぐるりとベッドを取り囲むように小隊の連中がいる。一体、何故に自分の隊の連中が、西の宮にいるのかがわからず、リベアはソルフェースの姿を探した。

「ソルは何処だ?」

「蒼のソルフェースは紅のアルガスと共に、宮長への報告に出向かれております」

起き上がろうとしたリベアを、ヤコニールが制した。西の宮での見知った顔に、リベアはほっと息を吐く。

「宮長へ報告? 何を?」

「ローザと名乗ったはぐれ魔術師です。あれほどの魔術を秘めたものを何ゆえにはぐれたままにしておいたのか。きっと責を問われます」

「責を問われる? 誰が、誰に?」

「王宮に、宮長がです」

リベアははっとした。あんなに反応が早かった訳だ。

「俺が、あの魔術師を殺したことが不味かったのか?」

「いえ、私でも抑えは利きませんでした。どちらにしろ、捕らえることは出来なかったでしょう」

「お前でも? お前の護りは西の宮の最強の護りだぞ」

暁のヤコニールは、守護の魔術においては最強とされている。西の宮での最強とは、このティアンナ最強という意味だ。

「ええ。はぐれ魔術師にしてはあの女魔術師は強すぎたのです。魔術を与えたものがいた筈です。誰か」

意味するところはひとつ。それはこの西の宮の中にいるということだ。

「リベアさまに責が及ぶことも考えられましたので」

ヤコニールが真剣な表情で真っ直ぐにリベアを見る。そう、王宮に疑われても仕方の無い立場なのだ。それを隠すための西の宮の刺客として。

「リベアさまにも、我らにも疚しい事など無い!」

マーロウが激昂して立ち上がる。が、それにもヤコニールは静かに対峙した。

「それでも、です。リベアさまは皆様にとってだけではなく、我らにとっても大事な方」

ヤコニールの少女を思わせる外見からは思いもよらぬ強い視線に、マーロウが怯む。

「魔術の契約の重みを知らぬものには判らないだろう。契約は何よりも優先される。契約者は護らねばならぬもの。そして、ここはティアンナ最高峰の魔術を誇る蒼の魔術師の居室」

何の心配も無いとヤコニールが睥睨する。普段の物柔らかなヤコニールしか知らぬ騎士たちは、魔術師としてのヤコニールの言葉に呑まれたままだ。

「リベアさま。レイが来ました。置いていきますので」

ヤコニールは一転して、柔らかな微笑を浮かべると、騎士たちを促して部屋を出て行く。

「リベア? 大丈夫?」

幼い養い子の金の髪が揺れる。その柔らかな髪を梳いて、リベアは笑った。

「ああ。大丈夫だよ。今日は泊まっていくんだ。良かったら、レイのことを聞かせてくれ。何を学んでいる?」

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