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王者の後継<15>

「リベアさま! 出撃です!」

伝令など,もう若い従卒に任せてもいい立場になっているが、マーロウは未だにリベアの部屋へ駆け込んでくる。

がばりと起き上がったリベアは、今日は素直にマーロウが支度を整えるのを受け入れた。

差し出される剣をとり、封印を解く。

「何処だ?」

マーロウを従えたまま、部屋を出ると、部屋の前にいた近衛の兵までもが、ついて来るのに、思わず苦笑が漏れた。

「シアールです」

「また、魔物使いか」

王都の外れに位置するそこは、以前の出撃の際に、魔物を殲滅させることが出来なかった土地だ。

魔物使いが再び現れたのだとは思わなかった。むしろ、逆だ。

「どうでしょうか?」

リベアの内心など知らず、マーロウが表情を硬くした。今度こそ、殲滅させる気で掛からなければならないと、その瞳が物語っている。

リベアの周囲には、いつしかリベアの率いる小隊の騎士たちが集まっていた。

「いいか。自分が護りたいものが何か。それだけを考えろ。俺たちが戦うのは、その為だ!」

珍しく、己の小隊に声を掛けるリベアに、騎士たちが顔を上げる。

普段、単独で突っ込んでいくことの多いリベアは、自分に率いている隊のあることも忘れがちだ。

人間相手の頃にはそんなことも無かったのだが、第一騎士団に配属されて、魔物との戦いを叩き込んだ後に、リベアの下に付けられた連中はひよこもいいところで、とてもリベアと共に魔物たちに突っ込んでいかせる訳には行かなかった。

自然と後方支援を引き受けるマーロウに任せる形になってしまっていたのだが。

「はい! リベアさま!」

呆けていた、騎士たちが揃って声を上げる。それをリベアは優しい目で見守った。


「リベアさま!」


まだ、少年期を脱していない声が上げたのは、悲鳴に近かった。

守護魔術師として、何よりも先に魔物の気配を感じ、それを冷静に知らせ、守護陣を張るのが役目のヤコニールが、そんな慌てた声を上げるのは、非常に珍しい。

だが、馬を走らせていた騎士たちの間にも動揺が広がるのに、間は無かった。

牙をむき、赤い目を光らせた魔物たちが目の前を埋め尽くす。

はじめて見る、その光景に、馬たちも進みたがらない。

リベアも暴れる馬を止めた。

すらりと剣を抜き放つ。命じる声は一つだ。

「蒼流」

剣から身を起こしたものは、見る見るうちに大きさを増し、あっという間に人の三倍ほどの大きさの竜になる。

「行け」

リベアの声が低く呟くと、透き通った水の身体を持つ竜は、まっしぐらに牙をむいた群れに飛び込んでいった。

その後に、抜き身を掲げたリベアが続く。

竜が辺りを引き裂くような咆哮を上げた。


数刻も経たないうちに、周囲は吐きそうなくらいの血臭が立ち込めている。

青黒い血を流した魔物たちの屍は、蒼流の吐いた水流に潰され、原型を留めていないものも多い。

リベアは魔物の血を振るうと、剣を納めた。蒼流もその中へと姿を消す。

血濡れのリベアに近寄るものは誰もいなかった。

ふいにリベアが顔を上げる。

まっすぐにリベアが向かった先は、魔物たちが取り囲んでいた館だ。

以前、野営する筈のところを招待された、瀟洒な屋敷は、魔物たちの屍に囲まれて不気味な偉容を放っている。

「り、リベア」

不審を感じたマキアスが声を上げる。

「館の住人が無事か調べるだろう?」

確かにその通りなのだが、リベアの様子は、どう見ても無事かどうか確認するという風情には遠かった。

柄に手を掛けたまま、館の門に手を掛けるリベアに、同じく柄に手を掛けたままのマーロウとラフが続く。

「何処から生き残りが飛び出してくるか判らん。気をつけろ」

ラフの命令は、小声だが、良く通る。はっとしたように騎士たちが続いた。


館の中にも戦った跡が残っている。

倒れた屍は人も魔物も、すでに腐臭さえ漂い始めていた。

リベアはわき目も振らずに歩く。目指した先は、最奥に位置する館の主人の部屋。

館の造りで、何処にそれが位置するかは判る。

リベアは静かに扉を開いた。

そこで震えていたのは、幼い少女。

「ローザ殿」

近づこうとするラフを、リベアは制した。

その瞬間、その場に走った殺気を、騎士たちは咄嗟にかわす。それは身に染み付いたものでしかない。

だが、それを発した対象を認めたとき、騎士たちの顔に広がったのは、困惑だった。

向かってきた魔術の刃を引き裂いたのは、リベアの剣。

赤く燃えるような輝きを放つそれは、魔封じの力を持つもの。

その向こうに立つ少女の顔に、怯えは無かった。

「お前が、魔物使いか」

「何故、判った? この瞳の所為で、魔術師とは認められないこの私を」

少女の髪は金。だが、その瞳は紫紺では無い。青い瞳。

「単に状況だ。それに、親しい魔術師から魔物使いのことは聞いていたしな」

あの状況で、傍にいた女はこの少女。そして、囲まれていたのは、魔物を抑えきれなくなった為だ。

魔術師に外見の年齢は意味が無い。だとすれば、答えはおのずと出る。

「リベアさま!」

魔力を感じたのだろう。駆けつけたヤコニールが、その場にすばやく守護陣を描く。

だが、リベアはその守護陣から一歩踏み出した。

「ヤコニール。騎士たちと下がれ」

「はい」

リベアの言葉に、静かにヤコニールは従う。蒼のソルフェースの契約者の言葉は、西の宮の魔術師たちにとって、ソルフェースの言葉と同じ重さを持つ。

少女が呪言を唱える。

歌うようなそれは、人には発することの出来ない音。魔術師たちだけの言葉だ。

少女の手の中で華が育つ。

散った花弁がリベアにむけて降り注いだ。

花びらが刃となって、リベアの身体を切り裂く。

その中を、リベアはひたすら少女へと走った。

少女の守護陣を、リベアの剣が断つ。そのまま、剣は少女の胸へと吸い込まれていった。

「おま、え、何者? 魔術の守護を無効にする、なんて……、」

血を吐きながら、少女が手を伸ばす。リベアはゆっくりと少女の身体から剣を抜いた。

「ふ、ふふ、何が神竜のけいやく、者…、所詮はお前も魔物、つかい……」

倒れた少女は、それきりこと切れた。無念そうな顔は、もはや幼い少女の面影は留めてはおらず、一気に年をとったかのような顔だった。

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