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水の魔方陣・焔の剣<R15版>  作者: 真名あきら
水の魔方陣・焔の剣
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水の魔方陣・焔の剣<5>

「蒼の! 頼むッ!」


躍り出るのと同時に掛けられた声に、ソルフェースは目を見張る。

真名を呼ばないとは云え、リベアがソルフェースの魔術を頼るのは初めてのことだ。

もちろん、云われるまでもなくリベアの望みは果たされた。


リベアは男たちに迫った魔物の懐に飛び込むように、剣を突きこむ。

腹を突いたリベアを、魔物は鋭い爪で切り裂こうと背を辿るが、それはソルフェースの魔術に阻まれ、リベアに届くことは無い。

反す刀でリベアは自分の2倍はある魔物の喉を掻き切っていた。



突然現れたリベアに、男たちが呆然となったのは一瞬だ。

次の瞬間には、リベアの二倍はあろうかと云う体躯の魔物が長い爪を振りかざす。

リベアの厚刃の剣は難無くそれを受け止め、跳ね返す。勢いのまま、懐へ飛び込もうとしたリベアの目の前で、魔物の身体は真っ二つに切り裂かれていた。

「貴公はいつもあのような戦い方を?」

肩で息をするリベアの前に二人の騎士が立つ。

リベアはうろんな瞳で二人を見やると、その質問には答えず、刀を突き付けた。

「国境騎士団の者だ。何者か名乗って頂こう」

「貴様ッ!」

ネイと呼ばれていた従者らしい、ひょろりと背の高い男がギリッと歯を噛んだ。

今にも腰の物を抜こうとせんばかりの勢いだ。

「俺の名はゼルダムだ。こっちは俺の従者でネイスト・ハンズ」

それを制して隣の騎士が名乗りを上げた。腰の刀は先ほど魔物を一刀で切り倒した業物。体躯に見合った態度も堂々としたもので、氏を名乗らないのは名乗る必要の無い生活をしていると云う証拠だ。

だが、リベアはそれで引き下がりはしなかった。

「どちらの国から? ティアンナにはどのような御用事で来られた?」

「アルセリアから。皇女に会いに参った」

現在のアルセリア国王は、レイシア皇女の婚約者だ。アルセリアの使者なら皇女には当然ながら会いたがるだろうし、その使者の身分が高ければ高いほど、皇女への贈り物を持参しているだろう。

「皇女に会いに来られたのなら、まっすぐに王宮へ行かれたらいかがです? 何故にこの黒の森へ?」

黒の森はアルセリアとの国境に横たわっている。逆に云えば、黒の森さえ越えることが出来れば、ティアンナに攻め込むのは簡単なのだ。

リベアは刀を握る手に力を込める。それを護るように、ソルフェースが後ろに立った。

「こちらの魔術師は貴公の守護の方か?」

「ティアンナ王宮魔術師。蒼の魔術師殿だ」

ゼルダムの問いに、リベアはソルフェースの身分だけを明かした。

ティアンナに置いて魔術師と云うのは、かなり上位に位置する身分だ。おそらく、このアルセリアのおそらくは高貴な騎士も、いかにも下位兵士出身であろう国境騎士団の自分に対するのとは、態度も違うだろう。

本来なら、自分如きに目の前の身分の高いらしい騎士を詰問する権利は無い。王宮の指示を仰がねばならないのだ。だが、今のリベアにはそんな時間の余裕は無いし、かといって、この機を狙っての間者かもしれない男たちを逃すわけにも行かなかった。ここは、虎の衣だろうが借りねばならない。

「蒼のソルフェースッ? まさか!」

ネイストが驚きの声を上げる。王宮最強の魔術師『蒼のソルフェース』の噂は、どうやらアルセリアにも届いているらしい。ゼルダムも、思わずと云った感じでソルフェースを凝視している。

「貴公は?」

ゼルダムはようやくにリベアへと視線を向けた。ゼルダムに、その意識は無いのだろうが、やはり先程からの態度とは違い、少しだけ対等に見ている風が見受けられた。

「ティアンナ国境騎士団隊長、リベア・コントラ」

リベアはとんでもない大嘘を吐く。騎士団は森に来る前に辞してあるし、当然ながら、自分は既に隊長では無い。ソルフェースだとて、自分の守護魔術師であって、国王から遣わされたのでも無かった。

あえて、嘘や誤解をさせるような言い方をしたのは、自分に騎士たちを尋問する権利があるかのように思わせたかったからだ。

「もう一度、お伺いします。ゼルダム殿。貴方は何の目的があって、この国境を越えて黒の森へ入られたのか? 即答頂きたい」

柄を握り締めるリベアの手は、嫌な汗を掻いていた。


「答えによっては私を切り捨てると云う訳か」

「そのようなことは進んではしたくありませんが……」

「馬鹿なッ、そんなことをすれば外交問題だぞッ!」

静かに問うゼルダムに、リベアも平静を装う。慌てているのはネイストのみだ。

「可笑しなことをおっしゃるものだ。ネイスト殿。ティアンナの国境を良からぬ目的で越えた者を処断するのは国境騎士として当たり前のこと。そちらさえ、目的を明らかにすれば済むことではありませんか」

「貴様はこの方が何者か――――」

ネイストは、余程リベアの口の利き方が気に入らないらしい。掴みかかるように手を伸ばす。

だが、その腕はソルフェースによって捩じ上げられた。

「リベア。何時までやっているつもりだ? 面倒なら……」

ソルフェースが続けようとするのを、リベアはひと睨みで黙らせる。

それを見ていたゼルダムは、意を決したように口を開いた。

「蒼の魔術師殿は気が短いようだ。解った。私はアルセリア王から密命を受けてきた。魔物に囚われたレイシア姫を救い出せと――――」



「蒼の? 何を……」

「そんなこと解ってるだろう?」

リベアの上に覆いかぶさってくるソルフェースにリベアは慌てた。いくら、離れているとは云え、木の向こうにはゼルダムたちが眠っている。

彼らがアルセリア王の密使だと云う言葉は、信じざるを得なかった。

あの魔物を一刀で切り伏せた刀は、アルセリア王の剣だと云うのは、近隣にも知られた話だった。

魔物封じの光の剣―――――リベアも噂には聞いていたが、ホンモノを見たのはもちろん初めてだ。おそらく、ソルフェースが指摘しなければ、未だ懐疑的な気分だっただろう。

野営するに当たって、ゼルダムの光の剣を木の根元に置き、自然の力を借りてソルフェースが魔術の陣を張る。

見張り番は交代で立った。

だが、二人だけになった途端にソルフェースはリベアに抱きついて来る。

騒ぎたてる訳にも行かずに、腕だけ突っ張って抵抗を試みるが、そんな抵抗にソルフェースが引く訳も無い。

「頼む、蒼の。嫌だ。こんな場所で」

「場所が嫌なだけで、俺が嫌な訳じゃないだろう?」

「あいつらが起きたら……」

「見せ付けてやればいい」

耳元でとんでもないことを囁かれて、リベアは必死で身体をよじった。

「そう抵抗するなよ。逆に興奮する」

「頼む、止めてくれ……」

リベアは泣きそうになりながら顔を背けた。ソルフェースは顎を掴んで、自分の方を向かせて唇を重ねる。

「大人しくしていろ。すぐ終わる」

「こんなことをしている場合じゃ……」

木の向こうでがさりと音がして、文字通りにリベアは飛び上がった。息を潜めたリベアの躯を、ソルフェースは好き放題に愛撫し始める。

おそらくは寝返りを打ったらしいそれは、すぐに静かになったが、育ちの良さげなゼルダムと従者は、きっと熟睡している訳では無い筈だ。いや、こんな魔物のいる森の奥で、しかも地べたに直接など、熟睡出来る訳がない。

リベアは背後から抱かれたまま、じっと声をかみ殺した。

「蒼の…。頼みがある」

苦しい体勢で、リベアが口を開く。珍しいそれに、魔術師は思わずにやりと微笑った。

「何だ? 何でも聞いてやる」

「力を貸してくれ。お前の魔術を俺に、」

何を今更云い出すのかと、ソルフェースは首を捻る。

「皇女を、助けたいんだ…。俺には、光の剣のような力は無い。頼む……」

魔術師は形のいい眉を不機嫌そうにひそめた。自分の魔術は既に自分の定めた騎士であるリベアのものだ。だが、それはどうやらリベアには遣う資格の無い力だと映っているようだ。躯と引き換えのような頼みごとに、ソルフェースは凶暴な気分を味わった。

「解った。その代わり、朝まで付き合ってもらうぞ」

「見張り番は……」

「光の剣で作り上げた陣の中に入ってくる魔物などいない。お前は何も考えなくていい」

ソルフェースはそっと懐から皮袋を取り出し、中の粉を焚き火にめがけて投げ入れる。これで焔は朝まで消えることは無くなった。

「好きに、しろ」

云い終わるかどうかのうちに、ソルフェースはリベアを蹂躙し始める。

リベアに出来るのは、地面に爪を立てて、嵐が過ぎ去るのを待つだけだった。

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