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王者の後継<11>

バースの云うのはもっともだ。アルセリア王妃を救う為に、共に戦った戦友が狙われたとあれば、アルセリア王は何を置いても力を貸すだろう。

裏で何かとんでもないことが起きているのでは?と、リベアは訝しげに眉を寄せた。


バースの部屋から出たリベアが足を向けたのは、第一騎士団隊長・マキアスの部屋だ。

夕餉も済んだ時刻だ。私室を訪ねるのは失礼かと逡巡したが、あんな派手な手段を使ってきたのであれば、猶予も無いだろうと踏んだ。

「すみません。このような夜更けに」

「かまわんぞ、ちょうどラフもいる」

「大丈夫なのか?」

並んだ二人から、気遣う視線を受け、リベアは頭を掻いた。この様子では誰から狙われたかも知られているだろう。

かといって、報告をしない訳にはいかない。

「今のところは。一体、何故狙われたのかが判りませんが」

「ロゼン家なら、私にも少しだが知識があるぞ」

長い足を組み替えて、しらっと云ったのは、意外にもラフである。

「といっても多くではないがな。ちょっと気になった点があって」

調べていたことがあるのだと、ラフが語る内容は確かに多くはなかったが、それでも、世情に疎いリベアだけでは無く、マキアスも初めて聞く事柄ばかりだった。



「ゼルダムさま。どうかなさいましたか?」

その頃、遠く離れたアルセリアの王宮の奥で、珍しくおおきな溜息を吐いた夫に声を掛けたのは、軽やかな金の髪を揺らした美しい王妃だ。

この隣国から娶った年の離れた王妃を、アルセリア王・ゼルダムは非常に大事にしていた。その様は、まるで娘を持った父親のようだと、幼馴染に揶揄される程である。

「リベアが襲われたそうだ。もちろん、命に別状は無い」

大きく目を見開いた王妃に、慌ててゼルダムが言葉を繋いだ。

王妃・レイシアにとって兄のように慕うその人の危機は、人事では無い。

「一体、何故ですか? 誰が?」

「ロゼン家がバックにいるらしい」

「もしかして、陛下の?」

レイシアが『陛下』と呼ぶのは、実の兄であるティアンナ国王レイディエのことだ。

ロゼン家の娘はゼルダムの寵姫の一人だ。政治的な駆け引きで仕方なく娶った一人である。

数年前、レイディエは、アルセリアを訪問した。

表向きの理由はレイシアの出産を祝う表敬訪問だが、それはあくまでも表向きだ。

古の魔術を持つとされるティアンナが、アルセリアに恭順を示していることを周囲に、というより、西方で威力を持ちつつある帝国に見せ付けることが真の理由だ。

ロゼン家は、その際にレイディエの世話を任せた家である。

そして、ロゼン家の娘が程なく子を身ごもった。寵姫・ラダの妹にあたる女だ。生まれた子供に、レイディエは王都から離れた場所に館を与えていると聞く。

「ラダに妹がいるなどという話は、レイディエ陛下を預けるまで聞いたことも無かった。第一、ラダは俺より年上だ」

レイシアはセルダムの子供でも可笑しくは無い年だ。最初は王太子の相手にどうかという話があったくらいなのだ。そのレイシアの三つ違いの兄であるレイディエの相手にちょうど良い年頃の娘がいるなど、不自然極まりない。

第一、その当の娘は出産後にすぐに亡くなっている。

用意された娘を口封じしたと考えるのが普通だろう。血生臭い話ではあるが、王家を継ぐために手段を選ばない話など、ありふれている。

レイシアも皇女として育てられた身だ。そのくらいの覚悟もある。

だから、多くを語らなかったのは、ゼルダムの我侭でしかない。なるべくならそんなことからは、レイシアを遠ざけておきたい。

王として、寵姫を娶るのも子供を作るのも、政治のためと国の安定のためと考えていた冷徹な男も、惚れた女の前ではただの愚かな男でしかない。

「大丈夫。それよりもリベアの身が心配です。あの人は、自分の身が政治の駆け引きに使われることなどに、耐えられるような方ではありません」

強い決意を潜ませた女の視線に、少し気圧された愚かな男は、すぐに常の顔を思い出す。

良くも悪くもリベアは普通の一般人だ。今は、自分たちよりもあの男の安全を優先させるべきだろう。

律儀で貧乏性な戦友の顔を思い出し、ゼルダムは立ち上がった。

「ネイを呼べ! 大至急だ!」

飛んだ厳しい声に、隣室へ控えていた侍従が表宮へと走り出す。

王宮で毒舌と辣腕を振るう幼馴染は、こんなときには頼りになる存在だ。自分の考えを余さずに実行してくれる、絶対的な信頼を預ける補佐役。

今回もきっと上手く処理をしてくれる筈だ。



「あの、少女が? 陛下の?」

呆然とした声を上げたのは、マキアスだった。

「本当に姫なのかは謎ですがね。少なくとも縁組に使おうという位には、貴族連中は本気です」

ローザと名乗った少女が、本当にレイディエに繋がるものなのか。それを知っている母親は、すでに鬼籍に入っている。

ここに集うものたちに、おめでたい思考の持ち主は一人もいない。

それが仕組まれたものであるだろうぐらいの想像は付いていた。

「跡目争いですか」

自分にはまったく関係の無い話の筈だ。それともレイのことがもう広まっているのだとすれば、魔術師の宮に預けたのは正解かもしれない。

「そうだ。リベア、お前『藍の魔術師』とは親しいのか?」

一瞬、自分に向けられた質問に身体を硬くしたリベアへの問い掛けは、リベアの想像とはまったく異なるものだった。

「ソルの弟子ですから、何度か言葉を交わしはしましたが……」

親しいような仲とは程遠い。

「これからも親しくなるな。関わるな、いいか?」

マキアスの問い掛けに続く、ラフの忠告に、二人が心配しているのは、リベアとはまったく別のことだと思い至った。

「シィドリアが先王の遺児だという話は、まだ?」

ラフが真剣な表情でうなずく。

「陛下のお身内は、いまやアルセリア王妃と碧のアデレード。王妃の二人の姫だけだ」

姫ならば、アルセリアだとて大切な手駒だ。手放す筈が無い。しかも女性ばかりだ。

「シィドリアに組する前に、お前を殺そうとしたのだろう」

「は?」

リベアは耳を疑った。一介の騎士が、シィドリアに組したところで何になるわけでもあるまい。

「今回の件は、警告では無いのですか?」

シィドリアの後ろ盾と見られる、蒼の魔術師と親しい自分を狙って、余計な真似をすれば、こうなるという警告。

「お前は馬鹿か!」

リベアを見据えたラフが吐き捨てる。

「自分の立場をいい加減に弁えろ! お前は救国の英雄、神竜を従えた『焔の剣の騎士』だ!」

ラフに眼前に指を突きつけられ、リベアは忘れていた事実を思い起こさせられた。

「いいか、狙われたのはお前だ! リベア・コントラ、誰でもない、お前自身がこの国の重鎮なのだと思い知れ!」

呆然としたリベアを、ラフはいらだたしげに怒鳴りつける。

「お前が誰につくか、この国の命運を左右する大事だ」

言い聞かせるような声音になったラフに、リベアは自分が王家の跡目争いの真っ只中に放り込まれているのを知った。

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