王者の後継<7>
「レイ。大丈夫か?」
やがて、起き上がったレイを連れて塔を降りる。レイなりに何か考えているのか、じっと前を見たまま、一言も発そうとはしない。
その姿に、リベアも黙って後を付いていった。
庭へと降りたとき、モニクと眼が合ったが、とても手合わせなどという気分ではない。モニクもそれを感じたらしく、首を振って微笑んだ。
ぺこりと頭を下げて、自室へと向かうレイを見送り、いてもたってもいられずに、リベアはソルフェースの居室の扉を開いた。
「ソル!」
居室には結界が施されているが、それは『焔』の属性を持つものには無効だ。
ソルフェースの留守に、ソルフェースの部屋を使うのは、リベアだけで、そのリベアに最も近い波長を持つ、焔の魔術師たちがリベアに害意を持つ訳が無い。
故に施された結界の綻びは、今回も簡単にリベアを室内へと招いた。
ベッドへと身を横たえる男を見たのは、十年近い付き合いのリベアには初めてのことで、思わず声を上げて駆け寄ってしまった。
「ソル?」
「そばへ寄るな。今日は我慢が聞きそうに無い」
殊勝なことを言い出す魔術師に、リベアは呆れる。
「具合が悪い訳じゃないんだな?」
「いや、ある意味、悪いんだが。要は魔力の使い過ぎだ」
額を押さえた仕草は、本当に具合が悪そうだ。
「おい。ソル、お前ホントに」
リベアが思わず伸ばした腕が捕まれた。そのまま、体勢が入れ替えられる。
気付いた時には、痛いほどの口付けを受けていた。
もがこうとして、掴んだソルフェースの腕が細かな震えを伝えてきて、リベアは抵抗を止める。
今、どうしても必要なのだろう。
ソルフェースの腕に抱かれること自体は嫌いではない。いや、嫌いであれば男にこんなことなどさせはしない。
いつもならば、薄笑いを浮かべて、余裕のある愛撫を施す筈の腕が、今日はやたらと荒々しい動きで、リベアの服を剥ぎ取っていく。
まるで、邪魔だといわんばかりに、引き裂くような仕草が切羽詰った状況を伝えてきた。
「リベア。すまん…ッ」
耳元で囁かれた謝罪が理性の名残だった。
幾度か達した後に、やっとソルフェースがリベアの上から退いた。
「すまん」
再度の謝罪に、思わずリベアの口元に笑いがこみあげる。
「らしくない。お前がいきなりなのはいつもの事だろう」
「いや。……お前を楽しませることが出来なかった」
今更だと笑うリベアに、ソルフェースが告げた言葉は、リベアの予想外だった。そんなことをこの男は気に病んでいたのかと、呆れてしまう。
「はじめての小娘じゃねーんだ。それなりには、な」
男の身体は嘘がつけないのだ。それよりもそうなった理由の方に、リベアは興味があった。
「一体、何があった?」
「水の魔術師は留まることが出来ない。緑や焔、地の魔術は逆だ。そこへ落ち着いてこそ、循環し力を発揮する。その地に留まった水は澱むだけだ」
リベアの隣へと身を横たえた男が話し出したのは、一見、何の関係も無いことだ。だが、それこそが理由なのだと、リベアは口をつぐむ事で先を促した。
「魔術の交感には体液を用いる。水の魔術は、その率が異様に高い。何故か、は解るな?」
リベアはうなずいた。水の魔術師は、今まで力の継承が出来なかったのではない。継承しても発揮したがらなかったのだ。
「只でさえ、魔術の継承を受けることは、人としての営みから外れることだ。その上の人を外れた行為を好むと思うか?」
自嘲するような笑い。ふと、リベアはソルフェースがレイに云った言葉を思い出していた。
『魔術師になると云う事は、人として生きることは出来ない』と。
「俺の弟子は、どいつもこいつもまともな連中ばっかりだった。魔術師になるということは『呪』だと言い聞かせなければならないくらいに」
辛そうに瞳を揺らすソルフェースの顔を見ていたくないとリベアは思った。が、同時に見ていなければならないとも。
「皆、最後には『この呪を解いてくれ』と叫んだ」
皆、ソルフェースが手にかけたのだ。自らの手で。
「そうしなかったのは、カイリィアだけだ。力は弱かったが、交感を必要とする魔術など使えなかったからこそ、奴は長く生きた」
リベアは激しく後悔していた。レイを預けたりしなければ良かった。そうすれば、少なくともこんな告白はさせずに済んだはずだ。
「そんな顔はするな」
ソルフェースが薄い笑いを刻んだ口元を上げる。いつもの笑い方だ。皮肉で不敵な笑み。
「どの道、あのままでは奴は危険だ。制御するためにも、全ての魔術を叩き込む必要がある。まさか、初手であそこまで使えるとは思わなかった。抑えるのに力を使いすぎるなんざ、油断してた証拠だ。お陰で、お前にまでみっともないところを見せる羽目になった」
二度とそんなことはしないとソルフェースがリベアに告げる。
「レイは、そんなに?」
「おそらくは。俺に次ぐ魔術師になる。新たな水の魔術師の誕生だ」




