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王者の後継<6>

「私に血統は継げぬよ。魔術師とは、血を繋ぐことからは外れたものだ」

シィドリアもそれは知っている。魔術師になると云う事は『呪だ』とソルフェースは云った。

魔術師とは人の理から外れてしまった人間のことなのだと。

だが、人より長い命を持つ魔術師に、それは障害だろうか? 次代へ命を繋ぐのは、人の命が儚いからでは無いのか。

「私は傍観者に過ぎぬ。民を護り、人心を集めることは我が血の役目。私はそれを捨てた身。己が起つことなどあり得ぬよ」

凛とした声音は、さすがに王族の出だと思わせる威厳にあふれたものだ。煽っても無駄だと釘を刺され、シィドリアは深く頭を垂れ、その場を後にした。


「アデレード」

シィドリアの後姿を見送ったアデレードの背後には、いつの間にか人影があった。

「紅か」

紅のアルガスは、名の通りの真っ赤な髪を短く刈った生真面目そうな青年の姿をした魔術師だ。

実際に融通の利かない頑固者で、ソルフェースなどは夜の外出時にアルガスに見つからないように抜けてくるくらいだ。

「真実を告げた方がいいのではないか? 水の力は御しきれるものではない、と」

「それが今の奴の存在意義よ。若いうちにはそういった時期も必要なものだ。例え躓くと判っておってもな」

水の魔術師は特殊な力がいるのだ。故に彼らは短命であり、蒼の魔術師のみが最強の名を抱いている。

「あんなうちから悟りきっているのはお前ぐらいなものだ。面白みの無い男よの」

「面白くなくて結構」

ぶすりと本当に面白くなさげに一言呟いた同僚に、アデレードはころころと声を上げて笑った。


「魔術師は傍観者、か」


自室でベッドに身体を放り出して、シィドリアは呟いた。

政から退いたアデレードにとってはそうかもしれない。だが、シィドリアは傍観者になどなるつもりは無かった。

これからだ。水の魔術師としての威勢を発揮するのは。

神経は高ぶっている筈なのに、眠気が襲う。まだ、旅の疲れが取れていないのかもしれない。

シィドリアは、眠りを欲する身体に従った。



「あら、リベア。帰ったんじゃなかったの?」

翌朝また西の宮を訪れたリベアに声を掛けてきたのは、顔見知りの女魔術師・朱のモニクだ。朱の名が示すとおり、焔の属性の魔術師である。リベアの属する第一騎士団の出撃の際に、暁のヤコニールに次いで護りに付く事が多く、リベアにとっては緊張せずに話せる数少ない魔術師だ。

「いや、ちょっと気になったことがあって。モニクは修練中か?」

「ええ。良かったらちょっと手合わせお願い出来る?」

丈を振っていたモニクが小さく手を合わせた。本来であれば、魔術師と戦うなど例え手合わせであっても出来ないのだが。

「中庭なら判らないわよ。どうせ魔術師しかいないんだもの」

リベアの逡巡を見抜いたモニクがぺろりと舌を出す。

リベアよりもずっと年上の女丈夫である筈なのだが、そういう表情は何処か子供じみていて、女性らしい可愛らしさが覗いている。リベアはそういうモニクのちゃっかりしたところは嫌いではない。

「後でならいい。用が終わったら声を掛けるよ」

「ありがと。あ、ソルフェースなら部屋にはいないわよ。祈りの塔だと思うわ」

「すまん」

ソルフェースの居室へ向かいかけたのを見抜いたモニクが、云い添えた言葉の通り、リベアは足を修練場の片隅にある祈りの塔と呼ばれる塔へと向けた。


祈りの塔などと名は付いているが、ここで祈りを捧げる魔術師などいない。

この場所は、以前は幽閉用に作られた離宮だったらしく、あちこちにそういった隔離された場所がある。そして現在、そういった場所は魔術の修練用に使われていた。

ただ、リベアが知り合ってからのソルフェースにそんなことをしていた形跡は、一切無かった。

どうしたことだと不審に感じつつも、リベアは塔の階段を昇る。幽閉するのが目的だから、塔の下には部屋は一切無かった。入り口にから延々と塔の外側に沿った階段が続いていた。

そのうちに魔術の詠唱が聞こえてきた。人には発音できない、魔術師のみが発することの出来る音。

それがかすかに聞こえてくる。しかも、ソルフェースの朗々とした詠唱ではなく、細い声だ。

「まさか?」

リベアは急いで駆け上がろうとしたが、果たせなかった。

自らの剣から何かが身を起こす。それはあっという間に大きさを増し、リベアの眼前に立ちふさがった。

「蒼流?」

ソルフェースの使い魔であり、魔物としての魔力の半分を持った水竜を、リベアは、ソルフェースの魔物としての真名で呼んでいた。

「どけ、蒼流」

いつもならリベアの命令には絶対服従する蒼流は、今日に限って悲しげな風情でリベアを見下ろすだけだ。

そうされるとリベアは我を通すことに罪悪感を煽られ、舌打ちをして諦めた。

「そういう手だって判ってるんだがな」

腕組みをして蒼流を見上げると、主人にしかられた犬のようにしょんぼりと頭を下げる。見せ掛けだと判ってはいるが、リベアは大きく溜息を吐いて上へ昇ることを諦めた。

耳をすますと、ソルフェースの詠唱が聞こえる。

朗々とした響きが、リベアにはまるで子守唄のように感じられ、眼を閉じた。

後を追って、レイの細い声が続く。

風が吹き抜けの中で上に昇るのを感じて瞳を開ける。

水の渦が中空に出来たかと思うと、それはすぐに霧散した。

呆然と見上げるリベアの目の前には、すでに蒼流の姿は無い。

気付いたリベアが階段を駆け上がった。

扉を開くと、レイが中央に寝かされていた。

「レイ!」

駆け寄るリベアをソルフェースは止めなかった。

「レイ、大丈夫か?」

「う、ん。へい、き」

肩で息をしてはいるが、身体に傷などは見当たらない。

「大丈夫だ。ちょっと力の使い加減が判らないだけで、すぐに慣れる」

リベアが顔を上げると、ソルフェースは満足そうな表情でレイを見下ろしていた。

「レイサリオ。お前は大魔術師になれる。おそらく、俺の弟子の中で一番、いや、紅や碧をも越えるだろう。だが、魔術師になると云う事は、人として生きることは出来ないということだ。よく考えて決めろ」

ソルフェースは優しげな微笑を浮かべて、レイを見下ろしている。厳しいことを云っているはずだが、その表情は柔らかかった。

そのまま身を翻して立ち去るソルフェースをリベアはただ見送った。

ソルフェースがストレートな物言いをするのはいつものことだ。だが、今回だけは本当に額面どおりに受け取るべきか否か、リベアにも判断がつかなかった。

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