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王者の後継<5>

「疎んじる? そんな風じゃ無かったぞ」

ソルフェースは傲慢なまでに感情には素直な男だ。もっとも素直すぎて掴みづらいこともあるが。

「あくまで、当時の噂です。正直、送り込まれる継承者にうんざりしていたでしょうね。蒼殿であれば」

さもありなんとそれについてはリベアも同意見だ。だが、例え王宮側とつながっている相手でも、それならそれで面白がるような男である。

しかし、どんなに教えても育たないのではうんざりだろう。

ああ見えて、懐へ入れた相手には弱いところもある。自分よりも先に逝ってしまう弟子ばかりでは、滅入ったのでは無いだろうか。そう思うと、もう弟子は取らないと云うのもうなずける気がした。

もしかすると、ソルフェースへレイを預けたのは、辛いことを思い出させたのでは。とリベアは仕方の無い選択だったとはいえ、後悔してしまった。


「殺されたというのは?」

「当時、藍の魔術師が育てていた継承者は出自が不明でした。それが不味かったようです」

当時、育てていた継承者といえば、現在の藍の魔術師・シィドリアのことだ。

だが、魔術の素養は誰もが持つわけでは無い。出自などどうでもいいとされるのが普通だ。

「王族に連なる血筋ではないのかと」

怪訝そうに己を見たリベアの眼から、視線を逸らすようにマーロウが答える。

「当時、皇子と皇女はまだ幼く、藍の魔術師の育てていたものが、王位を狙うのではと噂がたちまして」

未だ幼く、披露目前の華離宮時代だとしても、皇子と皇女は公然とした跡継ぎだ。

それを無視出来るほどの後ろ盾があったというのだろうか。考えて、リベアははっと顔を上げた。

「ソル、か」

蒼の魔術師。王宮魔術師最強のソルフェース・クライの後ろ盾がある王位継承者。

「脅威だとみなされても仕方が無いでしょう」

マーロウの言葉にうなづいた、リベアの表情は硬い。

「当時王妃は亡くなっておられましたが、寵姫は、ご存知の通りラフ副隊長の大叔母に当たられる方ですから」

第一騎士団副隊長のラフ・シフディの祖父は、先王の宰相であった。その上、自分の妹が王の寵姫であるとなれば、一族の栄達は思いのままだという目論見もあった筈だ。

もちろん、妹に子供が生まれれば、皇子の叔父になれる。

そこに現れた新たな王位継承者。

しかも、魔術の素養があるとなれば、妹に子が出来ても、王位の継承順は低くなってしまう。

「そうした噂が飛び交っていた最中に藍の魔術師が亡くなりました。魔術の継承前であった後継者の継承式を執り行ったのは、蒼のソルフェースです」

たとえ事故で亡くなったのだとしても、いろいろと取りざたされるだろうと云うぐらいは、いくら世情に疎いリベアでも想像は付く。

「王室の刺客だというものもいましたし、挙句には、その……」

「ソルが殺したのだという奴もいたんだろう?」

マーロウが口篭った所為で、リベアにはその先の予測が出来た。面倒ごとを厭った蒼の魔術師が自ら手を下したくらいのことは云われただろう。いくら、力が無いとは云え、仮にも魔術師だ。ただ人に殺めることは不可能だろう。

「王室の刺客など、放てる訳もないし、な」

放ったところで、魔術師相手では返り討ちに遭うのが関の山だ。

余程、油断をさせたか、それとも同じ魔術師でなければ。そこまで考えて、リベアはひとつの可能性に思い至った。



「お帰り。と云った方がよろしいか? 藍の?」

シィドリアの前にいるのは、豊かな波打つ黒髪の美女だ。

「ただいま戻りました。碧のアデレード」

碧のアデレードは大輪のバラのような笑顔で笑う。だが、その真紅の唇がつむぎ出した言葉は、非常に辛らつだった。

「お前は帰ってこないと思っていたよ。何故、戻った?」

碧のアデレードの居室は、質素を旨とする西の宮にあるのが不自然な程、地味ではあるが高価な調度がしつらえられていた。

現在の王の叔母である筈のアデレードは、王と同年くらいにしか見えない。

未だ若く美しいアデレードは、碧の名を持つ魔術師だ。

「私の場所はここです。戻ってくるのは当たり前だと思いますが?」

揶揄するようなアデレードの瞳を、シィドリアは正面から受け止める。

「命を捨てることもあるまいに。未だ、噂を信じるやからもおるのだぞ?」

「出自など、私にはどうでもいいこと。私は地に落ちた藍の名を取り戻すだけです」

様々な噂が飛び交っていたことは知っている。だが、真実など誰もが知らないのだ。

シィドリアが信じるのは、前・藍の魔術師カイリィアだけだ。

その名を取り戻し、藍の魔術師こそを最強の水の魔術師にするためなら、何でもする気で帰ってきた。

「アデレード。いえ、姫様は何ゆえに自分が王家を継ごうとはなされませぬか?」

「随分とトウの立った姫君よの。お前は私の子でも可笑しくはないのだぞ?」

「では、母上とお呼びいたしましょう」

シィドリアの軽口にアデレードがころころと笑う。だが、眼は笑っていなかった。

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