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王者の後継<2>

嫌みったらしい言葉尻と、皮肉な笑いの浮かぶ口元だけはそのままだが、シィドリアの目の前にいる男はまるで別人に見えた。

目の前にいるのは、蒼のソルフェースと、契約者だという騎士。それに二人の間に座った子供だ。

「藍のシィドリア。俺の弟子のそのまた弟子だ」

「お前にも弟子がいたんだ?」

シィドリアの前で意外そうな声を上げたのは、ソルフェースの契約者だと名乗った騎士だ。

「最初の頃はそれなりに、な。だが、弟子を残したのはこいつの師匠のカイリィアだけだ」

「ふん」

うなずいた男の袖を、隣に座った子供が引く。

「リベア」

ゴツい身体つきの男とは似ていない。金の髪に可愛らしい顔立ち。だが、瞳は魔術師の素養を示す紫紺だ。

「レイ」

不安そうな子供の頭を騎士が大きな手で撫でた。レイと呼ばれた子は、ぷぅっと頬を膨らます。

「リベアは仕事だ。お前がついてることは出来ない。それにお前にはやらなきゃいけないことがある」

反対側に座ったソルフェースが言い聞かせるようにレイを覗き込む。それにひどい違和感を覚えながら、シィドリアは質問を投げ掛けた。

「もう弟子取りはなさらないとおっしゃってませんでしたか?」

レイの属性は、シィドリアの見るところ『水』だ。もちろん、魔術師の素養を持っているからと云って、全員が魔術の修行をする訳では無い。それなりの育ちの家柄ならば、魔を寄せ付けない最低限の術だけを身に施し、家業を継ぐことも多いのだ。

だが、水の素養を持つものは少なく、残った魔術師は『蒼』と『藍』のみ。

「そのつもりだったんだが。久しぶりに育てるのも悪くない」

にやりと人の悪い笑みをシィドリアに投げ掛ける顔は以前と変わらず、シィドリアは安堵する。人が焦るのを面白がっているのだから性質が悪い。

シィドリアだとて、戻ってきたからにはそれなりの野望というものもある。『蒼』にかなわぬまでも、水の魔術師として並び立つくらいの地位には昇りつめたい。

王宮魔術師は無欲であると云われるが、無欲なだけでは王宮の権力の権化とは渡り合っていけないのだ。

幼い頃から、惨めな思いなら山のように経験してきたシィドリアだ。それを救ってくれたのは、養父のカイリィアである。

優しくおおらかで、本当に水のように澄んだ心の持ち主だった。それゆえに王宮から軽く見られることも多かったカイリィア。

あまりにも偉大な水の魔術師『蒼』の弟子は、周囲の期待ほどの魔術の継承者にはなりえなかった。

だからこそ、自分が。

『藍』の名を知らしめるものになる。

そう決意するシィドリアにとって、新しい水の魔術候補がまだまだ幼い子供であることは、安堵と不安を孕んだものであった。


「じゃあな、ソル。レイのこと頼むぜ」

「ああ」

食事を終えて立ち上がる騎士に、ソルフェースが軽く手を上げる。

ごく普通の仕草。そういったものがシィドリアには違和感がありまくりだ。以前のソルフェースには、何処か『人間』の生活を演じている風が見えたのだが、今のソルフェースは溶け込んでいるというか、ごく自然なのだ。

大きすぎる魔術の持ち主ゆえに、人ならざるものになっていたソルフェースを、『人』にしたのは、この男なのかもしれない。



「リベアさま。お帰りなさいませ」

リベアが自室に帰り着いたとき出迎えてくれたのは、第一騎士団に転属したときから自分に付いてくれている現在の副官だ。

「マーロウ。休暇中まで付いている必要は無いんだぞ」

「いえ、今日は興味ですから」

すっかり青年へと成長したマーロウ・エデンは、巨漢という体躯に相応しい父親に似たのか、少年の頃のほっそりとした容姿から、それなりにたくましい身体になりつつある。

騎士としては小柄なリベアは、すでに身長さえ追い抜かれて、茶を入れてくれたあとに瞳を輝かせて見下ろされているのは、居心地の悪いことこの上ない。

「人を預かってきた。魔術師だ。いや、まだ子供だから魔術師候補の方が正しいか」

「人を? 魔術師の宮に預けてきたのですか?」

「ああ。ソルにな」

「蒼殿に。あ、そういえば、長らく留守にしていた水の魔術師の後継が帰ってきたと噂ですが」

あまりにも早い情報にリベアは目を丸くしてしまった。

「昼に会った。もう噂になっているのか?」

「藍の魔術師に関してはちょっとした訳がありまして。リベアさまは城下でお育ちでは無いので、耳に入らなかったのでしょう。その前に、あの方のお頼みは人を預けるだけですか?」

ずばりとマーロウが本音をきり出してくる。聞きたくて仕方が無かったのだろう。


事は数日前にさかのぼる。


突然の来客は珍しいことではない。

国の救国の英雄であるリベアには、多くのものが目通りを申し立ててくる。だが、殆どの客は門前払いを食らうのが普通だ。

まれに断ることの出来ない客もいるが、それも殆どはマーロウが相手をしてくれていた。

近衛騎士団・隊長の息子であるマーロウは、代々の武門の出で、にわか英雄の貧乏猟師の子せがれであるリベアなどは気の引ける、高官の相手も如才なく勤めてくれる。

実際、リベアは自分の下で終わらせるには惜しい人材だと思っているが、本人が『リベアさまの下以外はお断りいたします』と云っている以上、無視も出来ない。

その日は珍しく、マーロウが部屋まで客を伴ってきた。

その客を見た瞬間、リベアは口を開けたまま、固まってしまった。

「へ、いか…?」

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