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騎士の誓い<13>完

すいっと剣を掲げる。

『焔の剣』。黒の森の奥に位置する、本来ならば蒼流自身の居城であった場所で封印されていたのは、それが水の属性を持つ魔物を倒すのに、有効であった故だ。

それをリベアに渡したのは、リベアの属性が火のそれであったからなのか。今となっては、リベアにはどうでもいいことだ。

今、己の手にそれがあり、その力は、目の前の魔術師が、欲するリベアに与えてくれたものだと云うことが、重要だった。

「俺の剣をお前に捧げる――――」

「俺に?」

垂れていた頭を上げると、困惑を貼り付けた表情のソルフェースがいる。

「国王では無く、俺に? 何の冗談だ?」

現国王・レイディエは、アルセリア正妃となっているレイシアと共に、幼い頃からリベアが可愛がってきた相手だ。

心情的にも、また騎士と云う職務の上からも、ティアンナ国王の方が、ずっとリベアが剣を捧げる相手としては相応しい。

だが、リベアは静かに首を振った。

「お前に、だ。ソル」

剣は、そのままの位置でソルフェースの前に差し出されている。

「何故だ?」

「俺には、それしかない」

騎士と云っても、貧乏な田舎町育ちのリベアには、己の身と、騎士としてのプライドしか持ち合わせは無い。

今まで、リベアの為に使われたであろう、大きな魔術に還すものは、自分の身ひとつでは到底足りないとリベアは思っていた。

「それが、どういう意味か解って云っているのか?」

ソルフェースが問う。今までは、ソルフェースとリベアの関係は、騎士とそれを守護する魔術師だった。本来の形はどうあれ、リベアが命じる立場だ。

だが、騎士が剣を捧げると云うことは、相手を一生護り抜く誓いだ。

それは、騎士の生涯を、その相手の為に捧げるのと同じことになる。

ソルフェースの問いに、リベアは無言のままだ。

ひたすら、ソルフェースの応えを待っている。

瞳に宿る本気に、ソルフェースはうなずくしか無い。

「リベア」

「ソル」

お互いの名を呼び合ったとき、ソルフェースはふいに気付いた。先程から、リベアは自分のことを『ソル』としか呼んでいないことを。

魔物としての真名と重ね合わせたその呼び名を許した相手は、リベアのみだ。そして、それはソルフェースと云う人としての仮の名よりも、自身を縛る真名なのだ。

応えを受けたリベアが、ようやく立ち上がる。

その騎士としては幾分小柄な身体を、ソルフェースは、傍らのベッドへとゆっくりと倒していった。

剣を握ったままの腕を押さえつけ、唇を重ね合わせる。

すると、リベアの片方の腕が、ソルフェースの背に廻された。

快楽に酔わせたことは確かにある。それは、リベア自身も否定出来ない筈だ。だが、お互いを求めるように抱き合ったことは、未だかつて無かった。

そのまま、深く重ね合わせ、口腔を舌で愛撫する。縦横無尽に這い回る舌に、おずおずとリベアが応えてきた。

舌を絡ませあい、煽りあう。

ソルフェースは酔ったように、思考が霞むのを感じていた。

何も考えられない。考えたくない。ひたすら、目の前に晒された肌に没頭する。

常ならば、枕にしがみつき声を殺すリベアが、苦痛に耐えながらソルフェースの背に爪をたてた。


達した身体を離そうとしたソルフェースを、リベアの腕が引き止める。

真剣に自分を見るリベアの瞳を、ソルフェースが覗き込んだ。

「俺は、人として生きて、人として死ぬ」

「ああ」

リベアの云い様は唐突に見えるが、ある程度の予想はついていた。

魔物としての自分と行く気は無いということだ。

だが、生きている間のそれを誓ってくれただけでもいい。

「じじいになったら、さすがにお払い箱だな」

リベアが笑ったが、ソルフェースは心外だと云う様に眉を寄せた。

「じじいになっても、抱くに決まってんだろ?」

「お前、勃つのか?」

呆れたように声を上げたリベアに、ソルフェースはにやりと人の悪い笑みを浮かべる。

「お前相手なら、いくらでも」

その笑いに、リベアが逃げを打った。

「そりゃ、無いだろ? 俺を煽った責任は取ってもらうぜ?」

改めて抱き込まれて、リベアは慌てる。

明日には出立の予定だ。こんな戦闘も無い中で、自分で騎乗出来ないなどと云う状況は避けたかった。

「だが、あの嫌味野郎もいるし、今日は勘弁してやる」

さすがに、それは不味いと思ってくれたらしいソルフェースに、リベアはほっと胸を撫で下ろす。

だが、何時までもソルフェースはリベアから身を離そうとはしなかった。

「おい、ソル?」

「可愛くお願いしてくれたら、離してやる」

不安そうな声を上げたリベアに、ソルフェースがとんでもない交換条件を出してくる。

「そんな真似が出来るか! とっとと離れろ!」

「剣を捧げた相手なのに、命令かよ」

ぐっとリベアが詰った。言葉を捜しあぐねて、視線がさまよう。

正直、ソルフェースだとて、リベアにそんなことが出来ると思っていた訳では無かった。ちょっと困らせてやりたかっただけだ。

「…のむ、」

だから、リベアの口から漏れた言葉は、何かの聞き間違いか、自分の夢想だと思ったくらいだ。

「頼む、離してくれ…」

だが、リベアは確かに懇願を口にしていた。

ソルフェースは毒気を抜かれ、ひたすらリベアの顔を見つめてしまう。

「これでいいか?」

伺うようにソルフェースを見るリベアは、何処か拗ねたような表情を浮かべていて、異様に可愛いと唐突に思ってしまった。

意志とは関係なく、反応を示す下半身を宥め透かして、リベアの上から退くのに、ソルフェースは、らしくも無い忍耐を強いられる。

「続きは帰ってからだ。それでいいだろう!」

怒鳴りつけるようにリベアが吐き捨てた。と思うと、すぐに毛布を頭から被って、ベッドへと潜り込む。

「ああ。それで充分だ」

すぐに穏やかな寝息を立て始めたリベアを確認して、ソルフェースはすっとそこから姿を消した。

これで、マーロウはきっとリベアの元へ訪れたのが、水竜だと思うに違いない。

魔術師の間でだけ、真実は守られるのだ。もしも、真実が光の下へと晒されるときがきても、その時、リベアは人として土に還っているだろう。



そして、剣に懸けた誓いは果たされる。



<おわり>

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