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騎士の誓い<11>

「リベア様。おはようございます」

「ああ。マーロウ、おはよう」

にっこりと邪気なく微笑むマーロウの視線が痛くて、リベアは落ち着かなく視線をさまよわせた。

その不審な態度を見逃すマーロウではない。目だけを動かして、リベアの様子を詳細に観察する。伊達に数年も世話係を承ってきた訳では無いのだ。

「リベア様。湯浴みなさいますか? それとも」

「いや、水でいい。布をくれ」

常ならば、無頓着なリベアが向ける背中に鬱血の跡が残っているのを、そ知らぬ振りで拭うこともあるが、今日のリベアは自分で拭うと言い張る。

これで聡いマーロウに気付くなと云うのが無理な話だ。

案の丈、マーロウは眉根に皺を寄せたまま、リベアに布を手渡してくる。

それでも何も聞かないマーロウに、リベアはほっと息を吐いた。

「リベア様。今日はどちらへ?」

「ああ。近衛の騎士の訓練所に寄らせてもらう。手合わせを頼まれていてな」

「ゼルダム陛下と、ですか?」

王の客であるリベアと手合わせがしたいなど、普通の身分の騎士が言い出せることでは無い。当然、王自身か、その側近というところだろう。

「いや、ネイスト殿だ。後は近衛隊長殿からも。久しぶりに身体を動かしたい。ラフと一緒に出掛けてくる」

突然出た名前に、マーロウは慌てて立ち上がる。

「お待ちください。俺も行きます」

「いや、王の側近とその周辺の連中だけだ。ラフと俺しか呼ばれて無いぞ」

単独で動くリベアはともかく、ラフは自分の小隊を率いてきていた。だが、今回はどうやら一人だけらしい。

それに、アルセリア王宮はどちらかといえば、現国王の戦友であり、王妃の救いの主であるリベアには、非常に親愛の情を示していた。

ならば、ラフの嫌味もそうひどいことにはなるまい。そう考えて、マーロウはあっさりと引く。自国ならば通用するだろう、近衛騎士隊長の息子という地位も、ここで振りかざせば只の馬鹿だ。



リベアを見送って、部屋の片づけをする。

明日には、アルセリアを発つ事になるのだ。

王からの招待ということで断れなかったが、突然のことであったし、主力を担う騎士がひと月以上も国を留守にするなど、出来る訳が無い。

部屋の中に散らばった、細々としたものをしまいながらも、ふいに気配を感じて振り返った。

そこにいたのは、まるで水の揺れるような髪と、青い冷たい瞳をした男。

人では無いその姿に、腰の剣を抜こうとする腕を取られた。

「誰だ? お前は」

「誰か判らないか?」

まさかとは思っていたが、やはり、そういうことらしい。

マーロウは、剣の柄から手を離した。

「水竜様ですね。何故、この場に?」

「ほう、お前は奴よりは物分りが良さそうだ」

まるでからかう様な言葉尻だが、その発する温度は低い。

「リベア様の元に昨夜参られたのでしょう?」

朝からのリベアの様子では、それを白状したようなものだ。

「まぁな。お前が眠っているお陰で、アレは触れさせてくれん。いろいろ小細工を弄して、やっとな」

「何ゆえにそこまで求められるのですか? リベア様はお疲れです。少しは休ませて差し上げて…」

「それも契約の約定のひとつだ」

切りつけるような冷たい言葉に、マーロウの背筋がぶるりと震える。

「俺と契約する酔狂なやからはそういない。魔術の契約に人が捧げるのは何か、お前は知っているか?」

「魂、とか?」

そう云えば、リベアはそれに関しては教えてくれなかった。

「馬鹿な。そんなものを取ったら、それこそ転生も出来ん。契約は死ぬまで一度だけだ」

「では、何を?」

「体液さ。濃厚な生気の交じったものならば尚いい」

耳元で囁かれて、ぎょっとして身を引く。

「神と崇められようが、所詮、我らは魔物だ。人に害を成すか、なさぬかの違いにしか過ぎん。契約は血の盟約か、それとも契りかのどちらかだ。アレは、皇女を救うために、何よりも強い力を欲した。貪られるのを承知で」

ニヤリと酷薄な笑みを浮かべた水竜の顔は、魔物そのものだ。

「アレが力を欲する限り、俺は傍にある。そして、アレを護る」

「もし、リベア様が力を欲することが無ければ?」

魅入られたように動かない舌を、やっと動かしてマーロウが発した疑問は、魔物の笑みに叩き落される。

「他人を護れる力を、アレが捨て去ると思うか?」

そう、リベアはそういう男だ。捨てる訳が無い。それを自分に課したあの男ならば。

水竜は、何よりリベアを理解していた。

「無駄なことは止めろ。いらん横槍を入れるようなら、アレが可愛がっている相手だろうが、容赦はせんぞ」

掴まれていた腕が離れたとき、マーロウは緊張が解けてその場に座り込んでしまう。もちろん、その時には、水竜の姿はまるで煙のように消えうせていた。



切り込んだネイストの剣を払う。

開いた胸元に飛び込んだリベアの剣は、次の瞬間、ネイストの喉元に突きつけられていた。

「参りました!」

ネイストが剣を捨てる。

周囲から喝采が沸いた。

「ネイスト殿を抑えるとは…」

「さすがは、魔封じの剣の騎士ですな」

手合わせを見物していた将軍たちからも、感嘆が漏れる。

リベアは剣を引いて頭を下げた。

「リベア殿。腕を上げられたな。凄みがある」

黒の森で数年前に共に戦った、ネイストならではの感想である。実戦を積んだのがありありと判る剣だ。

「もう、国に並ぶ騎士はおらんのではないか?」

今日は見物に徹しろと云われたらしいゼルダムは、いかにも悔しそうに拳を握る。

「いえ、近衛騎士隊長のバース殿には敵いません。それに」

ちらりとリベアが視線を流す先には、ラフ・シフディが、アルセリアの将軍相手に、力強い剣を繰り出していた。

一合、二合と打ち合う。

かなり大柄なアルセリアの将軍を相手に、一歩も引く気配は無い。

普段、魔物相手の頭脳的な集団戦しか見せないラフだが、人相手の剣は、それとはまったく違う力強さをもっていた。

振り下ろされた剣を受け止める。

体格的にラフが圧倒的に不利な筈だ。

だが、ラフは剣を受け流し、そのまま剣を跳ね飛ばす。

胸元に剣を突きつけ、相手を睨み付けると、将軍が諸手を上げた。

「こちらもすごい腕前だな」

感心したように声を上げるゼルダムに、ラフは貴公子らしい優雅な仕草で頭を下げる。

「どうも、剣技ではティアンナには敵わんようだ」

「末永く、友好を保つのが良いということだな」

見物していた将軍たちから、笑い交じりの声が上がった。

「蒼の魔術師殿はどうしている?」

ふと、思い出したようにゼルダムが問う。

「そう云えば、こちらにはおられないようですが」

「私をお探しですか?」

ネイストの声に応えたのは、アルセリアには無い、紫紺の瞳の魔術師だ。

「こちらの所蔵されている書物を見せていただいておりました。大国だけあって、中々のものですね」

にっこりと微笑む魔術師の秀麗な顔に、一瞬、その場の誰もが見とれる。それが魔物のそれだとは思わずに。

「ソル」

リベアが静かに呼びかけた。

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