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騎士の誓い<10>

ラフ・シフディは珍しく夜中に目を覚ました。

幼い頃から、騎士になる為の訓練と教育を受けた身は、何処でも隙あらば深く眠れることが出来る。

実際、荒野だろうが森の中であろうが、周囲の連中が騒ぎ立てようが、すっぱりとそれを意識から切り離せるのだ。

それは、何時いかなるときでも、魔物と戦うための最高の体調を整える為に、ラフ自身が作り上げたものである。

そのラフが目を覚ますのは、人ならざる気配があると云う事だ。

横で眠る美人の侍女を起さぬように、そっとラフは身を起す。手早く騎士服を身に付け、剣をとった。

中庭へと続く窓を開く。

この王宮は何処からでも、かすかに薔薇の香りが漂っていた。

その香りに紛れるように、ラフの神経を尖らせる気配がある。

かすかな、だが圧倒的に強い気配だ。

もし、敵わなければ、すぐにリベアを呼びに行かねば、二つ先のリベアの部屋へと視線を走らせる。

実のところ、この男はかなりリベアを高く買っていた。だが、それだけにリベアの自信無さげな様子や、一歩どころか二歩も三歩も引いた言動に、どうしてもイラついてしまうのだ。

皆が望んでも得られぬ立場にいる自分を、もっと誇りには思えないのであろうかと、考えてしまうのである。


ゆっくりと気配を探った。

剣を握る手に力がこもり、汗が伝う。

そのラフの背後でいきなり気配が濃くなった事に、ぎょっとしてラフは振り返った。

だが、剣を構えるより早く、ラフの喉元に指が突きつけられる。

水の化身のような髪が揺らめいていた。秀麗な顔と冷たく切りつけるような青い瞳。

人外の美しさを目にするまでも無く、それが人ではないことは明らかだ。

だが、冷たくラフを睥睨したそれは、そのまま動かない。喉元に突きつけられた指は、何時でもラフを引き裂くことが出来るだろう。

動くことさえままならないラフに、それはニヤリと笑い掛けた。

「俺の契約者を良い様に云っている割には、たいしたことは無いな」

「契約者…?」

もつれる舌を動かしながらの疑問に、目の前の男は、ますます笑みを深くする。だが、それは邪悪な意志を感じさせるものだ。

「お前ごときに馬鹿にされるような相手ではないぞ。アレは」

水のように見える髪が、ゆらゆらと蠢く。まるでたてがみのように。

「神、竜さま…」

「アレなら、相打ちさえ狙って、俺の腹に剣をつきたてているだろうさ。この状況ならば、な」

ラフの呼びかけには応えず、人型となった水竜は喉元につきたてた指に力を込めた。

「だが、それは貴方の加護の所為だ。あれでは何時か命を落とす」

それでも、尚も言い返したラフに、水竜が眉根を寄せる。

「ほう。俺の加護のお陰ではなく、加護の所為か」

「そうだ。貴方の加護がある所為で、あの男は無茶をしすぎる」

水竜がますます怪訝そうな顔になった。

「まるで、アレを本当に心配しているような言い草だな」

「貴方がどう思っているかは知らぬが、あの男は自分を知らなすぎる」

言い募るラフを、水竜は鼻で笑う。

「それには、同意見だ。だが、お前の言い草が許しがたいのも事実だな」

水竜の手が、ラフの喉を締め上げた。細い身体に似合わぬ力は、人外のものだ。

もはや、ラフには呻きさえ上げることは出来ない。

これまでかと薄れゆく意識の中でラフが覚悟を決めたとき、不意に肺に空気が入ってきて、激しく咳き込んだ。

「まぁ、お前のその気持ちに免じて許してやろう。一度だけ、な」

締め上げられていた手が離されたのだと、耳元で囁かれたことで気付く。だが、立ち去っていく水竜の姿を追う余裕は、ラフにはまったく無かった。



その頃、リベアは覚えのある気配に目を覚ました。

自分の上に圧し掛かる気配の主は、月明かりに照らされた紫紺の瞳と、秀麗な顔が物語っている。

先程まで、水竜の姿を借りていた魔術師は、今は常の姿に戻っていた。

「お前、まさかここでやるつもりじゃないだろうな?」

腕を取られ、押さえつけられたリベアが焦ったような声を上げる。

王宮に滞在して四日目の夜だ。まだ、マーロウは同じ部屋で眠っている。起きたらどうするのかなど、リベアは考えたくも無かった。

「結界は張ってある。目くらましも掛けた。声は聞こえないし、あのガキが起きても、お前は大人しく寝ているようにしか見えんさ」

だから、安心しろとでも云う気だろうか?

リベアは必死で押しのけようと抵抗を示すが、所詮人の力が魔物のそれに敵う訳も無い。

魔力の半分は水竜に分けているソルフェースだが、それでも全てを人間並みにしている訳では無いのだ。


唇が広げられた胸元を這い、指はさっさとその気になれとリベアの中心を嬲る。

「やめ、ッ、ソル、…」

耳たぶを甘噛みされ、指が奥をまさぐるのに、躯が震えた。

抵抗が形だけのものになるのに、時間は掛からないはずだ。

「く…ッ、」

「結界を張ってあると云った筈だ。声を聞かせろ」

噛み殺す喘ぎを、口付けで吸い取られる。舌が絡み、口の端から唾液が漏れた。

歯列の裏を舐めあげられ、ぞくりとする。

そうなれば、開いた口から、だらしの無い声が漏れるのは必然だ。

耳を塞ぎたいそれを止めようと、リベアは自らの腕を押し当てる。

「リベア、噛むな」

ソルフェースが呆れたように、リベアの腕を外した。小柄ではあるが、充分に逞しいリベアの身体を、ソルフェースはくるりとひっくり返し、ベッドの上に伏せさせる。

枕を口元に持っていくと、察したリベアが、枕を噛み締めた。

リベアは、快感なのか痛みか解らぬそれを、必死でやり過ごした。



「二日後にはもう帰途に着くんだ。今の必要が何処にある?」

幾度か達した後、身体を離したソルフェースに、リベアは息を整えながらも、抗議を申し入れる。

他国の居城でやるようなことだとも思えない。自分たちは人目を忍ぶ仲の筈だ。

「手の届くところにお前がいると云うのに、抱けないんだぞ。限界だ」

「盛るのも大概にしろ」

冷たく言い放ったリベアに、ソルフェースが秀麗な眉を寄せる。

「リベア。俺がお前の身体にしか興味が無いと思っているだろう?」

「違うのか?」

リベアの質問に、ソルフェースは答えなかった。

ただ、いとおしげに腕を取って、リベアの指に嵌った契約の指輪に唇を寄せただけだ。

妙に気恥ずかしい仕草に、リベアは視線を逸らしたまま、黙り込んでしまった。

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