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騎士の誓い<8>

「リベアが来ると聞いて、待ちかねていたのよ? お兄様、いえ、陛下はお元気?」

レイシアの兄、レイディエが前国王の崩御に伴って、即位したのは、二年ほど前になる。

「申し訳ありませんが、陛下にお会いする機会は、私のような者には…」

レイシアがまだ城にいた頃は、よく、レイディエも顔を出したものだが、いくら第一騎士団所属とは云え、一介の騎士が国王に会う機会などある訳が無い。

「やっぱり。陛下がこぼしてらしたわ。私が嫁いでから、全然顔も見せてくれないって!」

「は、はあ…」

可愛らしく頬を膨らませたレイシアに、リベアは思わずたじろいでしまった。

仕草や言葉は、子供の頃から知っているそれなのに、まったくと云って良いほど、別人に見えるのは、数年会っていない所為なのか、それとも少女から大人になったレイシアが美しい故か。

矢継ぎ早に、レイシアは質問を浴びせかけた。話したい事は山のようにある。

移動になった騎士団は、どんなところか。兄と会わないのは何故か。恋人はいるのか。普段はどうやって過ごしているのか。どんな風に戦っているのか。

一つ一つの子供っぽい質問に、言葉少なにではあるが、リベアは誠実に応えをくれる。

それが嬉しかったのだと、レイシアは思い出していた。

優しいだけでは無い。厳しいだけでも無い。兄の様に慕っても、身分の違いをわきまえ過ぎた態度に歯がゆくなったときもあったが、それも自分たちを思ってのことだった。

仕える身であることは変らず、だが、真摯に受け止め諭してくれるこの男に、自分たちはどれだけ支えられてきたのか。

レイディエが顔も見せてくれないと、肩を落とす訳も良く判る。レイシア自身も、嫁ぐ自分に付いてくる騎士の中に、リベアの名が無かったときは、判っていたこととは云え、がっかりしたものだ。

当時のリベアの所属は、国境騎士団である。皇女の輿入れに隣国へと付いていく騎士の中に入れる訳が無い。

皇女が攫われ、それをゼルダムと共に救い出した英雄と呼ばれるようになった後にいたっては、国を守り立てていかねばならないのは当たり前のことだ。

そして、そういう責任を放り出すような男では無い事も判っていた。

これを逃せば、また何時会えるのかさえも判らない。レイシアは、今の楽しい気分を満喫することに勤めた。



「すまんな。あんなにはしゃいでしまうとは思わなかった」

会見が終わったのは、もう夕刻に近い。

はしゃぎ疲れたレイシアは、ティアンナからの客との晩餐を欠席する羽目になってしまい、またしてもリベアは、ラフに嫌味を云われてしまった。

済まなそうな顔のゼルダムと、ムッとした顔の重臣たちが、リベアの目に入る。

どうやら、レイシアは非常に皆に可愛がられているらしい。

せっかくの妃殿下の楽しみをけなされて、いい顔をしていないのがその証拠だ。

だが、賓客を罵倒する訳にもいかず、とりあえず、不平を口にする重臣はいなかったが。

ソルフェースも、澄ました顔を保ったままだ。まさか、歓迎の晩餐で嫌味の応酬を繰り広げることは出来ない。

蒼のソルフェースという男は、きちんと自分の役割を心得ている。

ティアンナ王宮の誇る伝説の魔術師・蒼のソルフェース。

美しく冷静で優雅で、尚且つ強い魔術師。その皆の印象にそむくような真似は論外だ。

ただ、ラフのあまりに浅はかな言動に、ちょっと釘は刺しておく必要はあるかもしれないと、冷たい目線を流したのみだった。

「いえ、ゼルダム陛下。私などにそのようなお気遣いは何卒、無用に」

晩餐後の王の私室で、酒を振舞われる栄誉に預かったのは、今回はリベア一人だ。そこで、いきなり頭を下げられたリベアは、慌てて頭を上げてくれるように促す。

「お前はいつも、そうだな」

「はい?」

「正直に答えてくれ。お前、焔の剣の騎士になったのを、後悔してはいないのか?」

ずばりと、問い掛けてきたゼルダムを、リベアはまっすぐに見返した。誤魔化しは通用しそうに無い相手だ。

「どうして、そう思われます?」

「敬語は止めろ。あの、森で共に戦った相手として聞いてるんだ」

確かに、皇女を救いに行った森で、共に戦った仲間だが、それは相手がアルセリア国王だと知る前のことだ。

「俺は納得が行かん。あの男はお前の同胞であろう? それがあのような侮蔑を吐いている」

これは来る途中でのラフの嫌味も全て聞かれているなと、リベアは感じた。

「あれで、ラフ殿はかなりの努力家です。それだけに、俺のような無教養な男が、降って沸いたように『魔封じの剣の騎士』に祭り上げられているのが気に入らないんでしょう」

言葉使い自体を直すのは無理だが、一人称だけは変える。それがゼルダム王の望んでいることだからだ。だが、それ以上の譲歩は、リベアの中で出来かねた。

「随分、あの男を買っているんだな?」

「ただの貴族のぼっちゃんとは違いますよ。ラフ殿はきちんと勉学も納め、既に小隊を率いている。それに、俺が後ろへ下がろうとすると、ちゃんと陛下の隣に並ぶように促していた筈です」

何のかんのと嫌みったらしい男だが、リベアの立場や状況は、リベア自身より把握している。晩餐の席も、ソルフェースとリベアに上席を勧めていた。

「云われてみれば」

ただ、あの物言いの為、そうとは感じる人間が少ないだけだ。ゼルダムも、あの嫌味の印象しか残っていないらしい。

「俺自身、似合わない英雄の座です。ですが、あの剣を手にしたときに、俺が欲したのは力だ。そのツケを払っているだけですよ」

普通の人間が、むやみにそれ以上の力を求めることは、何処かでしっぺ返しを食らうものなのだ。

それが、マーロウ曰くの『甘さ』に繋がるのだろう。

だが、力を欲し、それを得たからには、果たさねばならない責務と裏腹なものなのだ。

「解った」

「多少、言動に行き過ぎたところがあっても、お許しいただけますか?」

「仕方が無い。お前自身がそう納得しているのに、俺がごり押しする訳にもいかん。本当ならば、アルセリアへ来いと云いたかったのだが…」

ゼルダムの提案に、リベアは目を丸くする。

「もう、お前は決めているのだろう」

「はい。俺でなくとも、陛下には優秀な臣下が幾人もいらっしゃるではないですか。跡継ぎの王子も御自慢だと伺いました」

あの森で、ゼルダムはそう云った。

『私には信頼の出来る家臣もあれば、王太子も決まっている。帰らなかった時に揺らぐような国でもない』

それが、ゼルダムの自信の元である。

「そうだったな」

自分の発言を思い出したのだろう。ゼルダムは、気恥ずかしげに頭を掻いた。

美しくなったレイシア。王の寵愛が自分の上にある自信が、少女を大人の女に変えたのだ。

そして、レイシアの元にはリベアはいない。


「俺の剣を捧げる相手は、唯一人です」


まっすぐにゼルダムを見返すリベアの瞳に迷いは無かった。

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