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騎士の誓い<6>

「愚痴だ。忘れろ…!」

さすがに不味いことを口走ったと気付いたらしいトレシーオが立ち上がる。

酔いでふらついた身体を、リベアが支えた。

「お前…、そうか。そうだったな…」

「トレシーオ様?」

ワケの解らない呟きを問い返す間もなく、いきなり首筋に唇の感触を感じて、リベアは思わず、トレシーオを突き飛ばす。

幸いにベッドの上に転がる形になったトレシーオに怪我はなかった。

口付けられた首筋をおさえて、呆然とするリベアに、トレシーオは下卑た笑みを浮かべる。

「何、純情ぶってるんだ。お前、初めてな訳じゃないだろう?」

リベアの頭は真っ白だった。

『神竜』の形が皆に浸透していることもあって、『契り』を持っていると思われたことは無い。それが何故にこんな形になるのか。

「トレシーオ様…」

押さえつけられはしたが、そう体格も変らないし、何よりも酔っ払いだ。

酔って理性のタガが外れているのだろうと見当を付けたリベアは、抵抗する気も失せる。まぁ、自分の様な『男』の躯に、本気で欲情した訳でもあるまい。

酔ってくつろげていた襟元を、引きちぎるように広げられた。

「くそッ、何で抵抗しない? お前、誘ってるんだろう?」

決め付けるように云われたところで、腹も立たない。只、悲しいだけだ。やはり、自分は英雄になど向かない。根拠の乏しい悪意は、リベアの精神を疲弊させる。


「申し訳ありません、トレシーオ隊長。リベア様はまだいらっしゃいますか?」

そっと、外から伺うように掛けられたマーロウの声に、明らかにトレシーオがほっとしたような顔色を見せた。

「マーロウ、何だ?」

「いえ、明日も早いですし、そろそろお休みになった方が、と」

毒気の抜けた顔のトレシーオを押しのけ、リベアはさっさとベッドを降りる。

ドアを開くと、こんな夜更けだと云うのに、きちんと騎士服を身に付けたマーロウが、そこに立っていた。

「すまん。マーロウ、もう戻る。では、トレシーオ様、失礼いたします」

トレシーオは、うつ伏せでベッドに沈み込んでいる。そのまま、あっちへいけと手を振る仕草も懐かしい記憶だ。

リベアはドアを静かに閉じると、マーロウを伴って、廊下を歩き出した。

「リベア様。襟元を閉じてください」

怒ったような口調で云われて、眉を寄せる。何か怒らせるような真似をした覚えは、今回、まったく無い。

「マーロウ、何を怒っている?」

「お気づきでは無いようですが、リベア様。こちらに来る前の晩、神竜とお過ごしでしたでしょう?」

云いにくそうにマーロウが言葉を紡ぐ。

「だから、どうした?」

「背中一面と首筋に神竜の跡が…」

そう云えば、出撃だと伝えに来たマーロウの様子がおかしかったことを、ふいに思い出した。

「跡?」

「大体、リベア様は無防備です。侮蔑の手段として、そういうことがあるくらいの自覚はお持ちください!」

『蒼流』があの形態であるが故に、皆は『契約の契り』は形式であると考えていると思っていたが、そういうやからばかりでは無いということか。

この様子では、トレシーオに押し倒されたのは、気付かれているな。とリベアは感じた。

「すまんな。マーロウ」

「まったくです。リベア様は、人が羨むような立場なのです。それを引き摺り下ろしたいと思う者は、山のようにいます。魔物相手ならば、守護も有効でしょうが…」

激高するマーロウは、いい奴だと思う。だが、それは多少の誤解と、魔術師しか知らぬ秘密があることも、リベアの罪悪感を煽った。

「いや、俺が呼べば、蒼流は何処にでも来る。いざとなれば呼べばいいだけだ」

「では、呼べばよろしかったのでは?」

それならば、不埒な真似をされた時に、何故呼ばなかったのかとマーロウが問う。

「トレシーオ様は、今は理不尽な移動に自分を見失っておられるだけだ。俺をどうにかしたいと云うより、苛立ちをぶつける先が欲しかっただけだろう」

「それは解りますよ。でも、だからと云って、それをぶつけられて良しとするのは感心しません」

マーロウの応えに、リベアは目を見張った。子供だと思っていたのは間違いだったかもしれない。この男は、どんどん図太い大人になっていく。

「リベア様は、お甘いのです。ですが、そこがリベア様の良いところだと俺は思います。生意気云ってすみませんが」

「かまわん、本当のことだ」

憤っていたのが、段々と冷静になってきたのだろう。最後の謝罪は、すごく小さな声だった。

「心配かけてすまなかった」

リベアに与えられた部屋の前で、リベアはもう一度マーロウに頭を下げる。正直、マーロウがあそこで声を掛けなければ、どんな愁嘆場になっていたか分からなかった。



「ふぅ」

一人になって、リベアはごろりとベッドへ身を投げ出す。

正直、今日は疲れた。

自分が余計な恨みや妬みを買っていることは承知していたつもりだったが、親しい人間からの罵倒は、より一層心に痛い。

酔ったあげくの八つ当たりに近いものだと解ってはいても、気持ちのいいものでは無かった。

「まったく、人のいいことだ」

足元からした声に、リベアはぎくりとして、反射的に剣へ手を伸ばす。だが、窓から入る月明かりが照らしたベッドへ座る優美な影は、見知ったものだ。

それを認知した瞬間、リベアはほうっと息を吐いて、再びベッドへ身を沈ませた。

「あのガキが声を掛けなければ、どうなってたと思う?」

「どうもならんさ」

圧し掛かるように、己の身体を見下ろす紫紺の瞳の男に、リベアは冷たく事実だけを突きつけた。

「あれは酔った勢いと云う奴だ」

大体、この男が付けた所有の証が見つからなければ、トレシーオだとて、こんなガタイの男を押し倒そうなどと云う気など起さなかった筈で、つまりはこの男の所為なのだ。

見えるところには跡は付けるなと命じてはあるが、見えなければいいと云うものでは無い。

「酔った勢いで、他人のものに手を出されては適わない」

「俺はお前のものか?」

「当然だろう。俺もお前のものだがな」

契約の契りを結んだ騎士と魔術師の関係とはそういうものだ。

ゆっくりとソルフェースの身体がリベアに重なった。

激しい口付けに意識が持っていかれそうになりながら、リベアは自ら纏ったものを脱ぎ捨てる。

ソルフェースも、己の着ていたものを脱ぎ捨てた。

まるで発情期の獣のように、性急に求められる行為を、リベアは素直に受け入れる。

負の感情を向けられすぎた心は疲弊しきって、求められるのを嫌だとは思えなかったのだ。

「今日は、随分素直だ」

「素直で悪いか?」

もち上げた太ももに舌を這わせながら、ソルフェースが笑う。それに憎まれ口を返しながらも、リベアは強く求められる時を手放す気は無かった。

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