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騎士の誓い<5>

リベアを認めたトレシーオが、にこりと人好きのする笑顔を浮かべる。さして大柄では無い。兵士としては平均的な体格。リベアより、少しだけ上背が勝っている程度だ。

優しい優美さを感じさせる肢体は、国境騎士団と云う荒くれどもを纏め上げているようにはとても見えない。

「トレシーオ様、お久しぶりです!」

まるで、子供のように頬を紅潮させたリベアに、トレシーオが苦笑を浮かべた。

「お前も立派になったな。とりあえず、ゼルダム王をお迎えしなければならん」

「あ、はい。俺が先に行って…」

「リベア様。俺が行きます!」

使い走りまで買って出ようとするリベアを、マーロウが止める。当たり前だ。敵陣の真っ只中を突っ切るのでもあるまいし、伝令など、新米の役割だ。

「そうか。お前は?」

「リベア様の従卒を勤めております。マーロウ・エデンです」

「では、マーロウ。よろしく頼む。戦闘は終わった。隣国の騎士たちが援軍に来てくれたと伝えてくれ。賓客として迎えると」

「はい!」

トレシーオの伝令を聞くなり、マーロウは馬に鞭を入れる。

走り出すマーロウを見送って、トレシーオが撤退の合図を、全軍に送った。

トレシーオと共に先頭を勤めようとするリベアを、ラフが遮る。

「お前は陛下と共に下がれ」

ゼルダムを中心とした、アルセリア騎士たちは、陣の中央に位置している。当たり前だ。仮にも一国の王である。自然と護る隊形になるのは仕方が無い。

「お前の加勢に来てくれたのだろうが! お前がそこにいないでどうする!」

小声で怒鳴りつけられて、もっともだとリベアは素直に、後方へと下がった。

こういう自覚の無さも、リベアに対する『田舎モノ印象』を強くしているのだが、本人はいたって無自覚だ。

「相変わらず、苦労しているようだな」

しっかりと聞こえていたらしいゼルダムが、髭だらけの顔に苦笑を浮かべてリベアの隣に並ぶ。

「これでも、随分と図々しくなったつもりなのですが。ゼルダム殿、いえ、陛下は何故、こちらに」

アルセリアは、圧しも圧されぬ西の大国だ。

その王自らが、にわかに『加勢』などと信じるほど、リベアはおめでたくは無い。確かに、黒の森で皇女を助ける為に、共に戦った仲間ではあるが、今では立場が違う。

「お前は、本当に苦労性だ。いや、貧乏性か?」

「貧乏なのは当たっていますが。苦労性でしょうか?」

「王。リベア殿をからかって遊ぶのはお止めください。生真面目なだけですよ。貴方と違って」

王の幼馴染でもあるネイストは、云い様に容赦が無い。余所の国の臣下であるリベアが心配になってしまうほどだ。

「レイシアも逢いたがっている。そんなところにこの国境での騒ぎだ。絶対にお前が来ると踏んでいたんだ」

「皇女、いえ、王妃までそのような。身に余る光栄です」

アルセリア王妃・レイシアは、リベアを、実の兄ティアンナ国王・レイディエとともに、兄のように慕っている。

「正式な招待だぞ。断ることは許さんからな」

「はい」

大国の王からの申し出では、吹けば飛ぶような小国の一騎士が断れる筈も無かった。云われるまでも無く、リベアにはうなずくことしか許されない。

「ところで、蒼のソルフェースは、今回は一緒ではないのか?」

「今回は、別の魔術師が。ヤコニール」

いざと云う時のために、魔術師は、常にリベアのすぐ後ろへ馬を寄せている。

「暁のヤコニールです」

馬を寄せたヤコニールを、リベアが紹介すると、まだ少年の面差しを充分に残したあどけなさに、ゼルダムとネイストを始めとするアルセリアの騎士たちが、目を見開いた。

「まだ、子供ではないか」

「それでも守護の魔術を使わせたら、右に出るものは、そうそうはおりません」

ヤコニールの右に出るのは、おそらくは、蒼のソルフェース、紅のアルガス、女魔術師・碧のアデレード等々の師匠連中だ。守護陣の扱いに掛けてだけは、ヤコニールは最強の魔術師たりえる。ただし、経験不足だけはどうしようもない。守護陣のみが優れているというのでは、使えるのは精々が、このような第一騎士団の出撃の際だけだが、それをリベアはあえて口にしなかった。

とりあえず、今のヤコニールに必要なのは自信だ。経験不足は、今から何とかしていくしかないが、自信だけは付けさせたい。

「そうか。やはり、ティアンナの魔術師というのは層も厚いのだな」

素直に感嘆したらしい、王の言葉に、ヤコニールは口に出掛けた謙遜の言葉を飲み込んだ。

このような大国の王に、ヤコニール程度の魔術師が直答など、許される訳が無い。

だが、リベアが褒めてくれたのが嬉しくて、自然とニヤ付く口元を押さえる仕草は、その幼い容姿と相まって、何処か少女めいて見えた。



夕飯の席で、リベアに対する招待の件を、ゼルダム王が自ら申し出る。

もちろん、否やなどと唱えられる筈も無いが、リベアだけを隣国へと行かせることなど論外だ。リベア自身がどう思おうが、ティアンナに一人しかいない、伝説の焔の剣の騎士なのだから。

かといって、マキアスはこれから隊をまとめて、王都へ帰らねばならない使命があった。勢い、リベアの警護役として、リベアの率いる小隊と、副隊長ラフ・シフディの小隊が続く事になる。

ヤコニールも付けようかと考えたが、それでは第一騎士団の帰りの道中の守護が無くなる。

最悪の組み合わせだと、リベアに負けず劣らずに苦労性のマキアスは、隣国の王に恨み言を云いたい気分だった。


「お前とこんな風に呑める日が来るとはなぁ」

のんびりとした口調は、トレシーオ独特のものだ。まだ、リベアがトレシーオの世話係であった頃は、のんびりと酒を酌み交わす相手になどなれると考えたことも無かった。

リベアが普段使っている厚刃の剣は、リベアが騎士になった時に、トレシーオから贈られたものである。確か、トレシーオが国境騎士団の本部に移動になった筈だ。

何ゆえに、現在、こんな国境の村に配属されたのかは知らないが、リベアは久しぶりに会う憧れの騎士の姿に、興奮気味で、些細なことには気が回らなかった。

「トレシーオ様も、御健勝で何よりです」

「お前のお陰で、王都から呼び戻される羽目になったがな」

「え?」

のんびりとした口調に交じるある種の妬み。それはリベアにとっては、自分に向けられるものとして、馴染みのありすぎる感情だった。

「お前が魔封じの剣なんか手に入れたお陰で、いきなり、第一騎士団に移動だ。お前、あのままなら、ここの隊長になっていたんだぞ」

そんな話があったとは初耳だ。確かにあの当時、ここの隊長は高齢で次期の隊長には誰が来るのかと云う話にはなっていたが、リベアが第一騎士団に移動する時にも、まだ健在だったこともあって、すっかり忘れていた。

「代わりに、トレシーオ様が?」

「ああ。王都でこれでも、四方の守備隊長にという話があったが、貴族のぼんぼんと俺とがその地位を争っていた。それが、お前が引っ張られたお陰で、俺はここに逆戻りだ」

四方というのは、王都に張られた四方陣の一角を担う重要な役割だ。平民出身のトレシーオには、二度とは望めない栄達だった筈である。

己の意思ではなかったとは云え、それを潰したとなれば、恨まれても仕方が無い。

夕飯の席でも、散々ゼルダムに呑まされ、足りないと云い出したトレシーオの部屋でも呑んで、さすがにいい加減に廻ってきた酔いが、一気に冷めていくのをリベアは感じていた。

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