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騎士の誓い<1>

「リベアさま! 出撃です!」

ドアを開けて飛び込んできたのは、リベアの従者マーロウだ。

はちりと目を開けたリベアが、がばりと起き上がるのに、いつもは世話焼きのマーロウが、何もせずに立ち尽くしている。

「どうした? マーロウ?」

普段ならば、起きぬけのリベアに、身体を拭く布を渡したり、旅装の手伝いをしたりと、かいがいしいまでの少年のそんな様子に、リベアは思わず、肩を揺さぶった。

「い、いえ。何でもありません!」

はっと我に返った表情で、マーロウはリベアの旅装を手伝い始める。

「マーロウ、俺はいいから。自分の仕度をしろ。俺はそんな手間はいらん」

リベアは、そんなマーロウを怪訝に見ながらも、自分の旅装を促した。マーロウは、つい先日、見習いを終え、正式に騎士となった。当然、リベアの従卒として、共に出撃することになる。

「は、はい。解りました」

「旅装はなるべく身軽に、な。どうせ、魔物相手じゃ役に立たん」

「はいッ!」

ぴんと背筋を伸ばしたマーロウが、元気良く返事を返す。

代々騎士の家柄であるマーロウには解りきったことなのだろうが、それでも云わずもがなの忠告をしてしまうのは、多分にリベアの老婆心と云う奴だ。

毛布代わりのマント、干し肉。魔物除けの火粉。皮具足と、指無しの皮のグローブを身に付け、腰に剣を帯びれば、リベアの旅装は終わりである。簡単なものだ。

ベッドの下に手を伸ばすと、横合いから、もう一本の手が伸び、ベッドの下から目当てのものを探り出した。

「蒼の」

馴染みのある気配に、手の主を振り仰ぐ。リベアにしか外れない筈の魔術の印を施された布を、突然現れた長身の美しい魔術師は、いとも簡単にほどくと、中に護られた剣をリベアへと手渡した。

「お前、帰ったんじゃなかったのか?」

素直に剣を受け取りながらも、リベアは怪訝な表情で隣の魔術師を見やる。

「ずっといたぞ。あの小僧が入って来たから、目くらましの魔術を使っただけだ」

「そうか」

どうやら、昨夜ここで夜を過ごした後、魔術師の宮には帰らなかったらしい。

魔術師の名は、蒼のソルフェース。この古の魔術に護られた国・ティアンナ皇国一とうたわれる年齢不詳の男だ。何故に年齢不詳かと問われれば、蒼のソルフェースは、もう既に四代に渡って、ティアンナ王宮に仕えてきているからだ。

「出撃だ。しばらく、留守にするぞ」

「ああ。俺は留守番組だ」

リベアが魔物退治を旨とする、第一騎士団に配属になって、数年が過ぎている。最初は、蒼のソルフェースが付き従うことも多かったが、最近では朱のモニクを主体とする、焔の属性を持つ魔術師たちが、第一騎士団の護りを固めるのが通例となっていた。

それは、リベアの持つ魔封じの剣が『焔の剣』だということにある。

この世に存在する全てのものには属性があり、それは魔術の方向性を決めるのだ。故に『焔の剣の騎士』リベア・コントラが、第一騎士団に存在する限りにおいて、その守護には必ず『焔』の属性を持つ魔術師が付く。

余程の不測の事態が無い限り、水の属性を持つ『蒼の魔術師』に出番は無かった。

「リベア…」

ふいに呼びかけられた声に、出て行きかけた足を止め、振り向く。

その腰を引き寄せられたかと思うと、あごをすくい上げられ、唇を塞がれた。

「ん…ッ、ふ…」

リベアの口腔を、ソルフェースの舌が横無尽に這い回る。吐息まで絡め取られそうな勢いの口付けには、何年経ってもリベアは慣れることが出来無かった。

ようやく唇が離れた時は、腰が抜けそうなくらいで、立っているのもやっとという有様だ。

「お前、なぁ」

リベアは濡れた唇を、ぐいっと腕でふき取った。情欲に潤んだ瞳で睨めつけたところで、効果は無いのは解っている。中途半端に火を点けられた躯は、続きを欲しているからだ。

それでも、文句くらいは云っておかねば気が済まない。

「補給だ。そのくらいさせろよ。いつまで経っても冷たい奴だ」

だが、自分を見下ろしたソルフェースの何時に無い優しい眼差しに負けて、後の文句は口の中に収めたままになってしまう。

何時も皮肉な微笑を浮かべた美貌の魔術師が、時折こんな風に優しい眼差しで自分をみることがあるのに、リベアは戸惑い気味だ。

それは、自分が出撃するときや、朝までの激しい交わりの後だったりするのだが。

「じゃ、行って来るぜ」

「ああ。とっとと片付けて帰って来い」

照れ隠しに背を向けたまま云い放つ。そのリベアの肩をぽんとソルフェースは叩いた。



「ドレスト? 国境の?」

「はい。国境騎士団ではもてあましているらしく、うちに出撃命令が出ました」

門前では、出撃前に食事が振舞われ、第一騎士団のほぼ全員がそこに集う。マーロウとリベアも、門前で落ち合った。

ドレストは隣国アルセリアとの国境に接する唯一の村だ。アルセリアは、周囲の国を掌握している大国で、その間には、黒の森と呼ばれる魔物たちの住処がある。

現在、すっかり皇国としての形さえ留めていないティアンナは、何時周囲の国から攻め込まれても可笑しくない程の小国に成り果てているのだ。それが、まがりなりにも独立を保っているのは、皮肉にもこの黒の森のお陰でもある。古の魔術を伝え、魔物から護る術をもった国がここに無ければ、周囲の国も魔物の恐怖にさらされる羽目となる。


「水竜の騎士!」

リベアの別名を、第一騎士隊長、マキアス・ドゥーズの声が呼んだ。

リベアは騎乗すると、堂々と焔の剣を掲げる。

それに、第一騎士団だけでは無く、隣り合った近衛騎士団の塔からも、和する声が響いた。

いくら、リベア自身が似合わないと感じていても、水竜と契約を結んだ焔の剣の騎士という名は、おそらく一生付いて廻る。

一時だけとは云え、力を欲したツケは、リベア自身で果たさなければならない責任だ。

蒼のソルフェース―――蒼流という魔物と、知らずに契約を交わしたのも自分だ。

作り上げられた英雄の座だろうが、一生居座り続ける程度のずうずうしさは、持ち合わせるようになったつもりである。

強い視線を感じて、塔を振り仰ぐ。第一騎士団の自室から、下を見下ろしている影は、間違いなくソルフェースだ。

目くらましを使っているだろうから、リベア以外の人間には見えないだろう。

掲げた剣をするりと抜き放った。

朝日を受けて、焔の剣が光り輝く。むくりと剣の中から水の竜が起き上がった。竜は見る見るうちに大きさを増し、リベアの身体に巻きついてくる。まるで小動物が懐いてくるかのように竜体を摺り寄せ、上空を一回りすると、再び剣の中へと吸い込まれるように消えた。同時にぱちりと剣が鞘へと収まる。

「神竜が…」

誰かが呆然と呟いた。

次の瞬間に、門前は怒号に包まれる。マーロウと同年代の少年たちは、騎士見習いから正式に騎士になった者達もいた。騎士たちの中にも、水竜を初めて目にすると云うものも多い。

興奮冷めやらぬと云う雰囲気の中、リベアは再びソルフェースに目を移した。

心配することは無い。お前の半身は、いつも俺と共にあるのだ。

そうリベアは口にせずに伝えたのだ。


朝焼けの中、マキアスの号令の元、出発する。

守護の魔術師は、暁のヤコニール。未だ少年の気配の濃い、朱のモニクの弟弟子。

目的地はドレスト。国境の小さな村。そして、リベアが国境の小隊を任されていた地でもあった。

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