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水竜の騎士<7>

咆哮は陣の中を響き渡り、騎士団の全員が、飛び起きる。

そして見たのは、水で出来た透き通る身体の竜と、それに見下ろされて腰を抜かしている男だ。竜は怒りのオーラを全身から発している。

再び、水竜が咆哮を上げた時、騎士たちの鍔鳴りが鳴った。皆が一斉に剣を引き抜いた音だ。

「止めろ! 蒼流!」

それを押し留めた、低い怒鳴り声に、そこにいた全員が、一斉に声の主を振り仰ぐ。

水竜に向かってそう呼びかけた男は、リベアだ。

ゆっくりと男の元へと歩み寄ったリベアは、焔の剣を拾い上げる。

「ほら、蒼流。もういい」

水竜に、剣を抜いて見せるようにすると、水竜は納得したように、頭を垂れた。そして、リベアの手にした剣へと吸い込まれるように小さくなっていく。

ぱちんとリベア手の中の焔の剣が鞘へとしまわれると、掻き消すように水竜の気配は消えた。



「焔の剣の騎士は、水竜と守護の契約を結んでいるのか?」

「有り得ない」

「だが、お前だって見ただろう」

「神竜の守護者だなんて」

ざわめきが広がる。

竜とはティアンナでは神の使いだ。確かに、下手な魔術師と契約を結んだといわれるよりもいいが、神の使いは行きすぎだろう。

リベアは、思わず舌打ちをした。

後ろに控えたソルフェースにしか聞こえないように、小声でドスを効かせる。

「やりすぎだ、蒼流。何が神の使いだ。お前の半身だろう。魔王の使いじゃねぇか」

「だが、これで確実に伝説になる。俺の半身は焔の剣の中で、いつもお前と共にある。いいだろう」

べったりしすぎだ。とリベアは思ったが、口には出さなかった。

口にしたが最後、いいように丸め込まれるのが判りきっている。


「ソルフェース。アレ、何の手品なの?」

「何、単なる使い魔だ。リベアが焔の剣の主に相応しくないなどと云うボケたことを云う奴は、これでいなくなるだろう。魔封じの剣の思惟を読み取れるような主なんぞ、滅多に存在するものじゃ無いってことは、馬鹿どもには解って無い」

モニクは、ソルフェースの仕掛けた魔術の一種だと思っているようだ。

「まぁ、これで仕事はやりやすくなるけどね。リベアはすごく素直で意識に乗るのは楽だもの」

「帰ったら、他の連中にも感覚は伝えておけよ」

「もちろん。あの件で魔術師の株は下がりっぱなしなのよ。ここらで上げさせてもらわなくちゃ」

結界が破られてからと云うもの、人の魔術師不信は生半可ではない。

結界を上級魔術師にまかせ、中堅どころで騎士団の守護を賄わねばならないのなら、せっかくの魔封じの剣を利用しない手は無いのだ。

しかも、魔封じの剣を最大限に生かせる人材つきである。

リベアには悪いけど。とモニクは人の悪い顔で舌を出した。

大体、第一騎士団のプライドばかり高い連中にはうんざりしていたのだ。

これで少しは大人しくなるに違いない。




第一騎士団が、カブリの村へ入ったのは、翌日の昼過ぎにことである。

魔物に罠を張る為に、村人たちには知らせず、それとなく様子を見た。

まだ、多数の村人たちが、家に隠れて息を潜めているのが見て取れる。

騎士たちは、間に合った事実にほっとした。

これ以上被害を出すわけには行かない。魔物が現れるであろう場所に、密かに騎士たちを配置する。

無論、退路を断つために、水辺にも多数の騎士を伏せた。

そのまま、夜を待つ。

リベアも、数名の騎士を率いて、今夜現れると目される一軒の農家の傍で、魔物の出方を待った。


夜半になると、水の中なら妙な音がし始める。

じっと目を凝らすと、水の中を何かが蠢いているのが見て取れた。明らかに人ならざるものたちが蠢いている。

まるで川の底の澱みがそのまま形を成した様なそれが、いくつも幾つも川から上がって来たかと思うと、それらはぺたりぺたりと不気味な足音を立てながら、民家を目指して歩いていった。


農家の傍の藪の中に伏せたリベアが、ゆっくりと乾いた唇を舐める。

周囲に伏せた騎士たちを促し、そっと顔を上げた。

扉に魔物たちの手が掛かった瞬間、リベアが飛び出す。

そのまま、焔の剣を抜き放ち、魔物の首を切り裂いた。


断末魔の絶叫が、夜の闇を切り裂く。


それが、合図だった。

騎士たちが一斉に魔物に飛び掛る。

騎士たちは、二人一組で一匹を囲み、攻撃を仕掛けた。その効果的な戦闘に、また一匹一匹と魔物が屠られていく。


乱戦の中で、リベアはいつの間にか、十数体の魔物に取り囲まれていた。

リベアの手の中にある焔の剣は、まるで熱を持っているかのように熱い。

一歩、リベアが踏み出すと、じりっと魔物たちが下がった。

目線は『焔の剣』に釘付けだ。

魔物たちが怯えているのが、リベアには手に取るように判る。

そのまま、剣をかざすように、斬り込んだ。

頭上から振り下ろすように体重を掛けて、突きこむ。

魔物は最後の咆哮を上げた。

突きこんだままの体勢のリベアに、数匹が一度に襲い掛かる。

振り向き様に、二匹。袈裟掛けに一匹切り倒すと、魔物たちの傷跡が焼けたように焔を上げた。そのまま、三匹が同時に倒れる。

一歩、リベアが進んだ。

魔物たちが一歩下がる。数歩繰り返すと、魔物の足元で、ぽちゃんと水音が鳴った。

くるりと、一匹が水に飛び込む。

それを潮に、怯えた魔物たちは、一斉に水の中へと逃げ去って行く。

それを見送り、剣を収めたリベアは、気配を感じて振り向いた。


「リベア・コントラ。お前――――」

リベアを見るマキアスの目は、絶句して言葉も無いと語っている。

リベアの身体は、あの魔物たちの流した青黒い血で、染まっていた。

それにリベア自身の流した赤い血が乾いて、凄まじい状態である。

自分の身さえ顧みず戦う姿は、何処かリベアが壊れているのでは、とマキアスの不安を誘った。

だが、そんなマキアスに、リベアはニヤリと笑う。

「大丈夫ですよ。俺は、ね」

そう云って、暗く淀んだ川へと近づくと、リベアはもう一度、焔の剣を抜き放った。

「蒼流。逃がすな」

短い命令。

それが終わらないうちに、水に鱗の生えた背が現れる。

水を蹴立てて泳ぎ去るそれの正体は、マキアスにも判った。

リベアの契約の相手。

水車小屋の方から、断末魔が幾つも重なって聞こえる。

リベアはじっとそちらを見やり、歩き出した。

慌てて、マキアスも後を追う。


たどり着いた水車小屋の周りは、死臭が立ち込めていた。

目を光らせた水竜が、ぎろりとこちらを見る。

リベアは、相対するように、水竜の前に立つと、ゆっくりと鞘へと焔の剣を戻した。

水竜は掻き消すように目の前から消える。

騎士たちから歓声が上がった。


「待て、まだだ」


村人へ知らせに走ろうとした騎士を、ソルフェースが留める。

「リベア。剣を」

ソルフェースの言葉に、リベアが鞘に収めたままの剣をかざした。

「モニク」

良く見ていろと目だけで合図すると、呪言を唱え始める。その詠唱にリベアは目を閉じた。

まるで、小さな子供に戻って母親に抱かれているように、安心する響き。

それは、モニクには感じられないものだ。

騎士たちのざわめきに、リベアは目を開ける。

川に沿って、焔が上がっていた。どこかほの蒼い焔は浄化の為のものだ。

上がっていた焔が小さくなると、今まで淀んでいた川が、夜気の中に澄んだ光を反射させる。魚がぴしゃんと跳ねた。

死臭を撒き散らしていた遺骸にも、焔が上がる。


リベアは鮮やかな魔術に舌を巻いた。

村全体から、綺麗に魔物の残り香さえ消え去った時、マキアスが、ソルフェースの許可を得て、住民に安心する旨を伝えに、騎士たちを走らせる。

マキアスも村長の元へと向かった。

残りの騎士たちが、帰り支度を始める為に、外れに停めた馬の元へ戻ろうとする。リベアも共に行こうとしたが、ソルフェースに首根っこを引っ張られた。

「な、何だよ?」

「お前、まさかと思うが、その魔物の血に濡れた服のまま、帰るつもりじゃ無いだろうな?」

「不味いか? でも俺、他に何も持ってきて無いぜ?」

「そんなことだと思って用意はしてある」

「あっちの守護は私がやるから、リベア任せるわね」

モニクは言い捨てて、馬の元へと戻っていく。

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