水竜の騎士<6>
「お前、何処に行くつもりだ」
「今日の本陣はここでしょう? 俺、雑用を」
「お前の剣を置いてか?」
守護陣の中なら動き回っても支障は無いだろうと思ったのだが、マキアスはそこに座らせる。
「朱のモニク殿。蒼のソルフェース殿。リベアは団議に参加させます」
「ええ。そうなさらなければ。焔の剣の騎士が参加なさると聞いたから、私が来たのです。でなければ無駄になりますわ」
一見すると少年にも見えるモニクだが、やはり魔術師の威厳があり、そうしているとまるで年増の女丈夫のようだ。
「どういうことですか? この男の為に、今回は二人も守護がいらしていると?」
睨みつけるように、口を挟んだのは、副隊長のラフ・シフディである。只でさえ、リベアが選ばれた騎士であることが気に入らないのだ。
なのに、先程から見ていると、全てがリベア中心に廻っている。プライドの高いラフには耐えられない。しかも、団議にも参加させるなど、転属して一年未満の騎士ではありえなかった筈だ。
「属性の問題だ。シフディ殿。貴方ほどの教育を受けられていれば、判っている筈だが」
ソルフェースがやんわりと割って入ったが、リベアは思わず下を向いてしまう。ソルフェースが、故意にかそれとも嫌味でか、姓の方を呼んだのが可笑しかったからだ。
「属性? この男には魔術の素養は無いと、貴方が今、おっしゃったが?」
「この世の物には全てに属性がある。それは魔術の方向性を決める。朱殿が先程云われた言葉は聞かれなかったか? こんなに楽に守護陣を張れたのは初めてだと」
馬鹿にしたような口調に、ラフがむっとした顔になる。
「リベアの属性は焔。だからこそ、焔の剣の騎士たり得る。そして、朱の魔術の属性も焔だ。魔封じの剣を使う陣など魔術師でもお目に掛かる機会は無いのです。安全を重視したとて文句を云われるスジアイはありませんが」
ソルフェースの言葉に引っ掛かるものを感じて、リベアは思わず口を挟んだ。
「ということは、安全を重視しなければ、別に蒼でも焔の剣を使って陣は張れるワケだ」
「その代わり、力は並じゃ無く使うけどな。モニクは安全パイだ。あと、研修だな。第一騎士団が出張る度に、俺かアルガスって訳にはいかん」
「朱殿なら、焔の剣に乗せて、上手く力が使えるという訳か。ナルホド」
「アルガスの弟子をあと数人使えるようにしたい。王宮が結界に神経を使っているからな」
「紅殿の属性は焔―――当然、弟子も」
いきなり二人で会話を始めた、リベアとソルフェースに、集まった騎士たちは目を丸くしている。
「リベア。ソルフェース。ここは西の宮じゃないのよ。いい加減にしてちょうだい。そんな相談事を大声で」
モニクに口出しされて、ソルフェースとリベアが同時に首を竦めた。
「朱殿。すまん」
「とりあえず、せっかくの魔封じの剣を有効利用しない手はないのよ。だからこそ、今回は私なの。現れた魔物の話は聞いている?」
謝罪をしたリベアに構わず、モニクが口火を切る。
騎士たちが身を乗り出した。
「隊長殿。私がお話してもよろしい?」
マキアスにモニクが向き直る。そっぽを向いたままのラフは無視して、マキアスがうなづいた。
「魔物が現れたのは三日前。村の外れの水車が動かなくなったのが最初。水車小屋に入ると、小屋番の老人が亡くなっていた。しかも、ずぶ濡れで。水車小屋の中も屋根から水が滴っていたと云うわ。それが、次の日には水車小屋の周りの農家が、三軒。同じようになって家人は全員―――」
「魔物の仕業に違いないと、王宮へ知らせがあったのが夕べだ。もしかすると、もう手遅れかもしれん。だが、街道の向こうの東部まで被害を及ぼす訳にはいかん」
モニクが云いにくそうに口ごもった後を、マキアスが引き取る。
「まだ村の外へは出ていない筈だ。水車小屋は何処だ?」
村の地図を見ながら、ソルフェースが問う。
「ここがそうだ。そして、次の日に襲われた農家がこことここ」
地図を指差して、マキアスが応えた。
「仕掛けるなら、ここだな」
水車小屋の下流に位置する一軒の家をソルフェースが指差す。
「水車小屋に通じる水脈がある筈だ」
水の属性の魔術師は、地図を見ただけで、事も無げに云い当てた。
追い詰める手順と、配置の打ち合わせを終え、皆が寝静まった頃――――。
むくりと起き上がる影があった。
それは、そろりとリベアの傍に寄る。
ゆっくりとリベアの上に覆いかぶさるそれの動きがぴたりと止まった。
リベアがしっかりと目を開けて自分を見ていたからだ。
だけでなく、首筋に短剣が押し当てられている。少しでも動けば、すっぱりと切られることは間違いない。
がさりとリベアの頭上で音がした。
立て掛けた焔の剣を誰かが抱え込む。
リベアに覆いかぶさった男は、首筋に短剣を突きつけられたまま、ニヤリと笑った。
「これでお前は焔の剣の騎士じゃない。焔の剣を持つのに相応しい人間はお前なんかじゃ無いんだ!」
ヒステリックに甲高い笑い声を上げる男を、リベアは冷たい視線で見上げる。
「馬鹿が」
リベアの口から漏れたのは、一言だけだ。
焔の剣を抱えこんだ男は、主の元へ走ろうとする。この剣に相応しいのはあんな卑しい身分の奴じゃ無い。自分の主こそが相応しいと男は信じていた。
ところが、足が何かに巻きつかれてしまう。振りほどこうと足を動かすが、それは叶わなかった。
足に絡んだものは段々と自分の身体を巻きつけるように這い登ってくる。
気の所為か、それが段々と大きくなっているような気さえするのだ。
這い登ったそれは、頭をもたげ、自分を見下ろした。それはいつの間にか自分の三倍以上の大きさへと変貌を遂げていた。
長い胴にはうろこがみっしりと生え、牙のある口元は大きく開き、大きな目が自分を睥睨する。
男の上げた絶叫は、それの咆哮に掻き消されていた。




