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水竜の騎士<5>

「リベア様! 出撃です」

夜半になってマーロウが駆け込んで来た。

「出撃だと?」

リベアが剣を片手に飛び起きる。

「カブリが襲われたそうです。朝には出立すると」

カブリはアデナ山の向こうにある辺境の町だ。辺境の割には結構大きな町で、その向こうには東部の豊かな土地が広がっている。

「カブリか。馬を飛ばしても二日は掛かるな」

「旅装はどうしますか? 鎧は」

「鎧なぞ、持ってない。俺は、平民だぞ」

「では、父に借りて……」

「いらん。二日も馬を飛ばすなら、皮具足で充分だ。魔物相手ではどうせ、役にはたたん。それにあの巨漢のバース隊長の鎧など、俺が着たら子供が入ってるようなもんだ」

手早く旅装を調える。といっても、毛布代わりのマントと干し肉、それに以前、西の宮長に貰った、火の消えない粉を袋に突っ込んだだけだ。

着替えた上から、皮具足をつけ、手には皮製の指なしのグローブをはめる。

そして、愛用の厚刃の剣を枕元に置くと、ベッドの下から長い袋を取り出した。

高価な紫紺の布でしつらえられたそれが、剣をしまう袋であることは、武門の息子であるマーロウには、一目で判ったが、目を凝らすと、同じ紫紺の糸で魔術師の印が刺繍されている。

リベアはためらい無く、その袋から剣を取り出し、腰に下げた。

「焔の剣?」

思い当たるのは、マーロウにはそれだけだ。

「たまには出番を作ってやらないと、な。それに、俺だけでなく、第一騎士団の生存確率も増す」

リベアはニヤリと笑って、居室を後にした。



門前では、出立前の食事が振舞われている。

すでに十数名がそこに集まっていた。

リベアも、暖かなスープと焼きたてのパンで腹を満たす。

馬番が馬の準備をしている。これから二日、ほとんど休み無く走り続けることになるのだから、たくましい馬たちが揃っていた。

「リベア・コントラ。お前は鎧も無いのか?」

嫌味な口調で話しかけてきたのは、武門らしい立派な銀製の鎧に身を包んだラフである。

銀髪にその鎧は良く映えてはいたが、魔物との戦いに鎧など不要だと考えるリベアにはお笑い草でしか無い。しかも、固い鉄では無く、銀とは。

「私は平民ですから。鎧など使い方も判りません」

リベアが淡々と述べた事実に、ラフとその側近たちが笑い声を上げる。

「使い方も判らんと」

「これは第一騎士団の騎士とは思えない言葉だ」

「所詮、国境騎士で終わるのが精々の輩らしいでは無いか」

「第一騎士団になど、何の間違いで配属されたのやら」

いくら、笑われたところで、リベアには痛くも痒くも無い事実だ。

じゃ、『焔の剣の騎士』など替わってくれとリベアは云いたいが、それは外すことの出来ないリベアの責任だ。

「リベア! お前、それで出立するつもりか?」

マキアスが呆れたような口調で問い掛ける。マキアスも鎧姿だが、馬で駆けることを考慮したのだろう。鉄製の鎖帷子と、間接部のみが覆われている軽装だ。

「はい。私の体躯に鎧は重すぎますし、これもありますから」

軽く持ち上げるように、マキアスに向かって剣を見せる。

いつもの愛用の剣とは違うことが、マキアスにも判ったのだろう。マキアスは、リベアの腕を引くと、中央へと引きずっていく。

「それが……」

「ええ」

ごくりとマキアスの喉が鳴った。今現在確認されている魔封じの剣は二振り。

物の本によるともっと実在するらしいが、現存することを確認されている訳では無い。

光の剣。焔の剣。どちらも見たことがあるのは、あの黒の森で戦った四人の男たちだけだ。

「抜いてみてもいいか?」

「抜けません」

反すように云われて、マキアスが顔を上げる。抜けない剣に意味など無いからだ。

「いえ、私しか抜けないのです。光の剣がゼルダム王にしか抜けない様に」

そう、どう足掻いても持ち主以外には意味の無い剣なのだ。それはリベアが最初に触れたからなのか、魔術に必ず存在する属性故なのかは不明だ。散々、西の宮で調べたのだが、終に判らないままである。

ある力ならば使わねば損だ。とばかりに、リベアが第一騎士団に放り込まれた経緯は、実のところ、ここにもある。

「とりあえず、身軽に戦うしかありません。実戦しか経験がありませんから」

「そうだな」

そこまで云われては、マキアスは引き下がらざるを得ない。

幼い頃から魔術や魔物についての知識を教育され、その上で魔物相手の戦いに望んできた生え抜きの第一騎士団の騎士とは違う。リベアは実戦でしか魔物との戦いを知らないのだ。

第一騎士団の騎士としては初陣だが、決して初陣では無い。

その戦いぶりをマキアスは見届けるつもりだった。



「今より、カブリへ向かう! 守護に就くのは、蒼のソルフェースとあけのモニク! そして我らには焔の剣の騎士がいる」

白み始めた空に、マキアス・ドゥーズの声が響く。

リベアが焔の剣を掲げると、出立を見守る塔の人々から、喚声が上がる。騎士たちの中からもその声に和するものが出た。

マキアスの横には、紫紺の瞳の魔術師が二人。

幾分、細身ではあるものの、蒼のソルフェースは威風堂々として、剣を腰に帯びた姿は、歴戦の騎士のようだ。

一方の女魔術師・朱のモニクは、まるで少年騎士のように見える。

「出立!」

マキアスの声に、馬上の騎士たちは一斉に馬へ鞭を入れた。



「今夜はこの辺りで陣を張りましょう。幸い、あそこに良い気を放つ樹木があります」

「そうだな。明日早くに出立すれば、丁度陣を張って魔物を迎え撃てる」

一日馬を走らせ続ければ、人よりも馬の方がばててくる。

肝心の戦いの前にへばってしまわれては、徒歩でカブリへ向かう羽目になってしまうのだ。

マキアスは、蒼のソルフェースの意見を受け入れた。

「ここで一旦陣を張る! 馬を休ませろ! 小隊長以上は、それが終わったら集合しろ」

マキアスの言葉に、並んで走っていたリベアも馬を降りる。

やはり、身軽な分、リベアの馬は速かった。


馬を降りたリベアは、ゆっくりと周りを見廻す。

落ち着けそうな場所を目線で探すと、一本の貧相な木が目に付いた。細い樹木だが、若い芽が山のように宿っていた。

命の息吹の感じられる良い木だ。芽吹いた葉の良い香りがする。

そこへ足を向けると、何故か後をソルフェースが付いて来た。

「蒼の?」

「お前はやはり鋭いな」

怪訝そうに振り返ったリベアの顔を、朱のモニクが驚いたように見詰めている。

「何故、判ったのです?」

「え? 何が?」

言葉遊びのような問い掛けは、リベアには何のことなのかさっぱりだ。

「剣を。お前なら何処に置く?」

云われて、ああと思い当たる。要するに、黒の森では光の剣だったが、今日は焔の剣で陣を張るつもりなのだろう。

リベアはしばらくその樹を眺めていたが、ちょうど立てかけるのに良さげな根が張り出しているのに気付いた。

そこへ焔の剣を立て掛けて、振り向く。これでいいかと目で訴えると、ソルフェースがうなづいた。モニクは今度こそ感嘆の声を上げる。

「リベア殿。貴方、すばらしいわ。魔術の修行をする気は無いの?」

「え? 俺が?」

驚いて、口調が平常のものに戻ってしまった。

それを横合いからソルフェースが留める。

「違う。魔術の素養がある訳ではない。剣の思惟を感じ取っているんだ」

リベアの手をソルフェースが剣に添えた。その上から、モニクが手を翳す。

モニクの口から詠唱が滑り出した。

高く低く続くそれは、不思議な旋律ではあったが、リベアには、ソルフェースの唱えるものの様に安心するものでは無く、子守唄の様だとも感じない。

何かが闇を照らすように感じたかと思うと、それはあっと云う間に広がった。

「こんなに楽に魔術の守護陣を張れたのは初めてだわ」

モニクがにこりとリベアに向かって笑いかけるが、リベアには応えられない。

「はぁ」

と気の無い返事を返すのみだ。

「じゃ、俺はこれで」

剣を置いて立ち去ろうとするリベアを、今度はマキアスの腕がむんずと掴んだ。

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