表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水の魔方陣・焔の剣<R15版>  作者: 真名あきら
水の魔方陣・焔の剣
12/63

水の魔方陣・焔の剣<12>完

その絶叫をかき消すように咆哮を上げた竜が、高く躍り上がり、リベアたちに襲い掛かる。

「リベアッ!」

レイシアの叫びにリベアは、はっと飛びすざった。

リベアと女が立っていた場所を、大きく口を開けた竜が通り過ぎる。

そのままそこにいれば、おそらくは竜のエサになっていたに違いなかった。

「ソル?」

リベアは、信じられないものを見るように、美貌の魔術師を眺めやる。自分の守護魔術師だった筈の男を。

蒼のソルフェースの顔には、何の表情も浮かんではいない。ただ、冷たくリベアを見下ろしているだけだ。

魔物の女が、勝ち誇ったように高笑いを上げる。リベアは勘に触るそれごと、女を切り捨てたい衝動に駆られるのを覚えたが、それで素直に切り捨てられてくれるような相手でも無かった。

「お前の魔術からは我らと同じ匂いがするわ。うまく化けたものね」

女の言葉に吐き気がする。ソルフェースはその言葉に何の反論もしないのは、肯定している証だ。

リベアは強く、柄を握り締め、女に踊り掛かった。

幾度か切り結ぶ間、ずっとソルフェースが呪言を唱えているのが聞こえる。

子守唄のようだと思った響きが、今も変わらないのが、より一層リベアの苛立ちを煽った。

「リベアッ!」

悲鳴のように、レイシアが叫ぶ。

云われるまでも無く、目の端にソルフェースの操る竜がうごめいているのが映った。

「ソルフェースッ、止めろ!」

ゼルダムが力を振り絞って立ち上がり、竜へと走り出す。


飛び掛る竜に、リベアが飛び退いた。

女は、薄笑いを浮かべたまま立っている。

一瞬の後、女の残った片腕が吹き飛んだ。


竜の咆哮と共に吐き出された水流が、女の片腕を奪ったのだと、その場の全員が認識したのは、呆然とした後だ。

女は無言のまま、腕の無い己の肩を見つめ、続いて何故と云いたげな瞳でソルフェースを振り返る。

「リベア」

静かに、ソルフェースが呼び掛けた。

リベアは、女の喉下に焔の剣を突きつける。

何事が起こったのか解らぬまま、女はその場にくずおれた。

倒れた女の唇が動く。『何故?』という問いは、喉を裂かれた為に、音にはならなかった。

「まだ、判らないか?」

ソルフェースが問い掛ける。

「蛇に封じたのは、お前の片腕だけか?」

女の眼が、衝撃を受けたように見開かれた。唇の動きがはっきりと形を成す。

「そ、うる…さ、ま…」

少しだけ漏れるような音が聞こえた。

「さっさとくたばれ」

ソルフェースが冷たく云い放つ。

まるで、そう命じられたかのように、女はがくりと倒れ付すと、2度と起き上がることは無かった。

女の身体が、砂のように崩れていく。

その砂の塊の中から、ソルフェースは紋章のようなものを拾い上げた。

そのまま、リベアの前にひざまずくと、その紋章を差し出す。

「これは?」

リベアは警戒を解かぬまま、ソルフェースを睨み付けた。

裏切ったのか、裏切る振りだったのか? 

魔物の女以上の大きな魔術を隠していたのは何故か?

「皇女の結界を解く鍵。鏡水は自分の中にあると云っただろう」

いつも通り、ニヤリと笑ってソルフェースが云った。

「信じられると思ってるのか?」

紋章は確かに、塔の入り口や焔の剣が封じられていた扉の鍵に似た、糸の絡まったような文様を描いている。

「信じられないなら、命じればいい。俺の真名は二つともお前に名乗った筈だ」

「二つ?」

「人としての名も、魔物としての名も」

ソル――――と呼んでもらっても構いませんよ。リベア殿になら。

最初に会った時に、この男はそう云った。

「蒼流?」

蒼のという二つ名は、その魔術の属性も現したものだろう。『そうるさま』と、いまわの際にあの女は呼んだのだ。

「リベア。お前の命のままに」

まるで、何処かの姫に対するように、そっと結界の鍵をリベアに握らせ、その指に唇を落とす。

リベアは慌てて身を引くと、鍵を握り締め、皇女の元へと向かった。

「足元に置くんだ」

ソルフェース―――蒼流に云われるまま、皇女の座らされた王座の前に、結界の鍵を置く。皇女の周りを取り巻いていた水の壁が、するりと解けた。


「リベア―――」

ほっとしたように呟いた、皇女の身体は、糸の切れた人形のようにリベアの胸へと倒れこむ。

「レイシア皇女!」

おろおろと腕の中の皇女を持て余すリベアに、蒼流が舌を鳴らした。

「気が抜けただけだ。さっさと帰るぞ」

不機嫌さを隠そうともせずに、ゼルダムとネイストに歩み寄る。

手を伸ばそうとする蒼流に、ゼルダムは光の剣を向けた。


「質問に応えてもらおう」

喉元に魔封じの剣を突きつけられた状態で、蒼流は肩を竦める。

「今回の件は、貴様の謀か?」

「俺なら、こんな回りくどいやり方はしない。第一、俺は王宮に住んでいるんだ。攫う必要が何処にある?」

もっともな言い分だ。しかも、蒼のソルフェースとして、三世代の王に仕え、王の信頼厚い魔術師なら、皇女と二人だけになる機会など、山のように存在する。

「人になるのに、俺の魔術は大きすぎる。鏡水に魔術を分け与えて、泉の主だと思い込ませた」

鏡水には、半端に大きな魔術だったのだろう。野心をもってしまう程に。

「王宮に帰って、どうするつもりだ? また普通の魔術師になるのか?」

ゼルダムの問いは、リベアも抱えた疑問だった。

その人として大きすぎる魔術を抱えて、一体どうするつもりなのか?

「ああ。幸い、リベアは退屈しなさそうだしな。焔の剣の騎士の守護者に相応しい魔術師だと、皆が納得するさ」

ニヤリと笑った蒼流に、ゼルダムが剣を引く。

「だとさ。まぁ、頑張れよ」

皇女を抱えたままのリベアを振り返ると、ゼルダムは王様らしからぬ下卑た笑いを浮かべた。

薄々、自分と蒼流の関係を気付かれているだろうとは思っていたものの、ゼルダムの表情に、リベアはそれが確信に変わる。

気を失った皇女を抱えて、げんなりとしたリベアに、蒼流がくすくすと笑った。


結界の鍵を部屋の中央に置いた蒼流が、呪言を唱え始める。

高く、低く、その澄んだ声の詠唱が響いた。

竜が大きなあくびを漏らす。

その様子に、リベアは思わず笑いを誘われた。

だが、竜はかき消すようにリベアの前から消え失せ、五人はいつの間にか黒の森の入り口に立っていた。

ここから、城下まで、まだ半日は掛かる距離だ。

「おい、蒼の。俺もゼルダム王も怪我人だぞ。どうやって帰るつもりだ?」

すっかりと元に戻った呼び名に、ソルフェースはひそかにため息を吐く。

「こうやってだ」

気を失ったレイシア皇女を、ネイストにゆだね、リベアには剣を握らせる。自分はと云うと、怪我をしたゼルダムを、まるで荷物のように肩に担ぐ。

「夜盗が出たら、お前が追い払う。これで適材適所だ」

自分よりも細いソルフェースに抱え上げられたゼルダムは、落ちるのではないかという恐怖に、自分で歩くと、暴れることもままならない。

幼馴染の情けない姿から目を逸らして、諦めたように一番元気なネイストが、皇女を抱えたまま、歩き出す。

その後ろを、体格のいい王を肩に担いだ魔術師と、傷だらけの騎士が続いた。


<おわり>

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ