05 小さな約束と永遠の契約
私の髪を口に含み、竜は噛み切った。ちょっと頭に衝撃は走ったけれど、不思議と痛くはなかった。そして、それを食べた…、と言うか、身体に取り込んだという表現が正しいようなそれを終えた後は、竜は前足を自身の目元に持っていき、ゆっくりと目を抉りだした。びっくりしたけれど、何故か血は流れることなく、竜も痛がっている様子もなくて、私が茫然としている間にいつの間にか竜の手の前足には青色の目がころりと置いてあった。もう、それは目、と言うよりも、宝石に近かった。
『身体に取り込め。』
「え、どうやって?」
『飲み込め。』
「えっ!た、食べれるの…?」
『契約の過程だ。問題ない。』
恐る恐る、前足に乗っているその宝石のような瞳を手にした。何だか、ほんの少しだけ温かいそれは、紛れもなく竜の瞳だったもので。でも、何故か嫌悪感は無く、ただただ美しかった。でも、見つめているだけの私に竜は痺れを切らしたのか、いきなりその瞳を掌から奪われた。え、と思った瞬間に、もう片方の前足で器用に頬に触れられ、口を開かされた。そして、持っていた瞳を口に押し込まれた。
「むー!む゛-!んぐっ!」
『貴様に合わせていたらいつまでたっても終わらん、我慢しろ。』
耐え性がないと思う。涙目になりながら、その押し込まれたものを何とか飲み込んだ。喉につっかえることはしなかったし、変な味もしなかった。何だか、球体の水を飲んだ気分だ…。
それを見届けたのなら、竜は私から手を離し、私には理解のできない言語でなにかを呟きはじめた。少しの間続いたその言葉は、最後の方になるとところどころ単語が理解できるようになって来て、どこの国の言葉なんだろう?なんて、首を傾げていた。
その呪文のような言葉が終われば、一つ息を吐いた。そして、竜が私を見つめる。
『…。』
「なぁに?」
『効きめが遅い…。何故だ?………ああ、そなた、歳は幾つだ?』
「6歳。」
『………なに?』
「6歳。」
『…。』
「…。」
『…………、そうか。』
「うん。」
長い沈黙の後、竜がそう言った。『人間は歳をとるのが早かったな、そういえば。誤算だった。』なんて聞こえたけど、どういう意味だろう?
『契約は、契りを結べる歳にするものだ。本来は。』
「うん?」
『だから、今すぐは無理だ。』
「うん?」
『だから…、10年後、迎えに来る。』
「…。」
『…我が迎えに行くのを、まっていろ。』
「…。」
『返事は?』
「……分かった。」
いい子だ、と言って笑い、竜が少しだけ目尻を柔らかくして微笑んだ気がした。そして、私の小さな口と、竜の大きな口が触れ合うだけのそれを交わした。幼い私は、どんな意味をもつかも知らなかったけど、どうしようもなく満たされた事だけは分かった。
「眠い…。」
『今日はもう眠るがいい。我も寝る。』
「うん…。」
そういって、また先程のように竜が輪っかのような形を作って寝転がり、私はその真ん中で竜に守られる様な形で、竜に凭れるように横になった。鱗は決して温かくはなかったけど、なぜか心はほかほかとあったかかった。
居心地の良い陽だまりに居るような感覚で、とっても気持ち良かった。幸せって、こういう事だろうなって、思った。
私は、生まれて初めて幸せの中で眠りについた―――――…。