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しそ味の沢庵に罰を与える戦士

作者: ほかほか
掲載日:2026/07/11

その時、タケノコほどの大きさの沢庵がみぞおちに突き刺さる。店長は呻きながらのたうち回ると、そのまま動かなくなった。赤褐色の面には、沢庵の汁が滴り、槍を掴んだ手はきつく締められていた。奴が自動ドアからのそりと出ると、店に静寂が訪れた。




 「んあくた、んあくた、てしほ、てしほ、おし、おし」




 最近いつもみる夢だ。暗闇の日本家屋、なぜか遠野の山奥だとわかる夜の庭で、赤褐色の仮面をつけ半裸の槍のようなものを携えた人物が呟く。どこからともなく煙のにおいが漂い、明晰夢のようなリアリティがあった。




 「け、け、け」




 仮面の人物が握りこぶしをこちらに向け、開く。中には輪切りの沢庵。しかもかなりつけられているのか、フレッシュというよりかは切り干し大根のようだ。私はその魅力に抗えず、手を伸ばすと貪った。キレのある塩味と大根の香り、それでいて特有の甘みがある。一噛み、二噛みすると内側から頭蓋骨を揺さぶるような食感が襲う。不思議と不快感はない、むしろ指圧されるような快感があった。




 仮面の人物はさらに緑茶を差し出した。うまい、と分かってから自分が飲んだことに気付く。沢庵の塩味にお茶の香り苦みが合わさって、さらに口の甘みが際立つ。そういつもこうだ、そしてそのうち沸騰するように血圧が上がり




 目が覚めるのだ。この夢は何かおかしい。この夢から真の意味で覚める、すなわちもうこの夢を見ないためには、唯一の手掛かりである遠野へ向かうほかない。私はそう思い立ち、すぐ遠野へ向かう準備を始めた。さしあたり、目的地を決めるのが妥当だ。そこで遠野について検索すると、原風景とも呼ばれる一つの体験施設を発見した。




 その施設は、来里村といい古き良き時代を体験できるという。からぶき屋根の民家や水田など絵にかいたような田舎が村単位で再現されており、私が夢で見たような景色と寸分たがわぬものであった。そして、その施設紹介写真には幾度となく夢で見た仮面が、民家の壁に掛けられているのが映し出されていた。




 車の鍵を回しエンジンをかけたところで、ふとネット口座を開き残高をみる。残高は4ケタ、高速道路代だけではじけ飛ぶ。直ちにエンジンを止めた私は、そのまま布団につき明日のバイトに思いを馳せた。




 翌日、私はコンビニバイトで品出しをしていた。チルドのパックをキャスター付きコンテナから取り出し、棚に並べる。サラダ、焼き物、煮物と来たところである商品に目が行った。干し沢庵しそ風味だ。しそ、さわやかさをもたらしこってりとした味わいの料理を食べやすくしたり、暑い日の食欲減退に立ち向かうために用いられる。ところで、沢庵にはこってりとした味わいがあるだろうか、付け合わせや口直しとして食べる漬物に食欲がわかないだろうか。そんなことをモヤモヤと考えるうちに、脳裏には赤褐色の仮面が思い浮かんだ。それは夢で見るより赤黒く、歪んでいた。




 こうして、コンビニバイトをこなして貯金もたまり、ついに遠野へ向かうこととなった。今度こそエンジンをかけ、遠野へ向けて出発する。夜の高速を進みあと1時間で遠野。眠気が来た私はそのまま道の駅で車を停め、車中泊をした。その日の夢はいつもと違った。




 狭苦しい視界の中で、黄色いプラスチックのような桶から異様な大きさの沢庵を漁りつづける。そして、そこに眠る一升瓶ほどのものを手に取ると棒の先に取り付ける。私はそこまで夢を見たところで、息苦しさに目を覚ました。寝汗を大量にかき、車内には濃厚な燻製の香りが漂っていた。おそらく、道の駅で食べた、いぶりがっこのせいだろう。岩手なのに売っていたため、一本で買いそのまま食べた。塩気のおかげで水をたらふく飲み、寝汗が出たのだ。窓の外では、空の端が青白く染まり始め、太陽の緋色が顔を出そうとしている。私はそのまま起きると、コーヒーを一口飲みまた遠野へ向け車を走らせた。




 意外にも、順調に遠野へ着いた。私は適当な駐車場へ車を停めると、来里村の散策を始めた。入口として、売店があったので朝食がてら寄ることにする。食事処は、シンプルなテーブルと長机が点々と置いてあり、一番人気の山菜定食を頼むと席についた。しばらくすると、山菜の天ぷらや炊き込みご飯の乗ったプレートが来た。どことなく素朴な味でおいしかったが、小皿に見慣れない形の漬物があった。それは、たんに沢庵であったが、三角形に切られたものである。普通、沢庵はこう切らない。大根はほとんど円柱であるので、三角になるとしても端の方であるが、これほど円錐の底辺がでかくなるわけがない。もし、このような大根があるならば、その形はたけのこほどであろう。職員に話を伺おうと思ったが、私以外の客がいないこともあってか、厨房に声をかけても返事がないので、とにかく私は例の民家を探すことにした。




 その民家は、敷地の一番奥に構えていた。江戸時代の役人の家をモチーフにした荘厳な佇まいで、縁側でお茶もできる。中に入ろうと、戸に手を伸ばすと足元に生えている紫色の植物が目に入った。朽ちた赤紫蘇、しかも太く伸びた茎をみるに一度成長させたうえで塩を撒き枯死させている。確か、お茶の付け合わせとして、自家製の漬物が出るというから、梅干しに使う紫蘇があることには疑問はわかない。だが、このように枯死させるのは異常だ。近づいて観察すると擦り込まれた塩の結晶が葉や茎のうえで輝いている。私は息をのむと、覚悟を決めて戸を開いた。




 中へ上がると、囲炉裏でいぶされた木の匂いが充満していた。足裏にかいた汗が音を消し、木造の廊下であるのに足音一つ出なかった。縁側を数分歩くと、障子の隙間から写真で見た部屋が見えた。その部屋は現代でいう書斎で、書物のほかにも芸術品や骨董が展示されていた。その中には例の面があり、収められた品々の中でも、一際異彩を放っていた。だが夢で見ていたようなものとは、その色の濃さが違っていた。よりどす黒く、赤褐色というよりも紫で、打撲した茄子のようだ。足首ほどの位置にある解説書きには、ある村で起きた漬物の派閥争いにおいて、識別に使われたものだという。ということは、この面のほかにもいくつか違った面があるはずだ。私は部屋を見回したが、それらしきものは見つからず、そのまま別の部屋を探すことにした。


 


 展示を一通り回った後で、結局目当ての仮面が見つかることはなかった。なんだか肩透かしを受けたような気分で、玄関に戻ろうとした。すると縁側の方から、氷をかみ砕くような粉砕音が聞こえる。来るときはいなかったが、縁側で誰か茶でもしているのかなどと思いながら、続く廊下を曲がる。




 縁側には、上裸で腰蓑を巻いた人物がしゃがんで何かを貪っていた。そのころには私の足汗も尽き、床板が鶯廊下のような軋みを鳴らした。しゃがんでいた人物は音に気付くと、こちらに振り向いた。その顔には、私が夢で見た赤褐色の仮面を着け、手にはたけのこほどの大きな沢庵が握られている。仮面の人物は、左手で槍の柄のような棒を取ると、こちらからは目を離さずに沢庵を根元から差し込んだ。黄色のつけ汁が廊下に垂れる。普通ならば滴ると表現されるが、その沢庵からでたつけ汁はより粘りがあり、量も500mlのペットボトルを両断したかのようであった。私はなぜか沢庵に吸い寄せられるように縁側に近づくも、仮面の威圧感に正気に戻りそのまま後ろも見ずに駆けだした。




 すべてを投げ出して、走っていた。足に小石が刺さり、棘の生えた雑草を踏んでも、後ろから聞こえる砂利の舞う音を聞けば、それどころではなかった。民家を駆け抜けて、入り口近くの彷徨いの森に入る。まばらに生えた針葉樹は、隠れる場所もない。だから足を止めずに上げ続ける。門を潜り抜ける。食堂のあった入口を抜け、駐車場へ。足がもつれて、運転席の窓に突っ込む。肘や肋骨のあたりにガラス片がチクリとするが気にしない。そのまま潜り込み、鍵を回す。バックミラーには、裸足で駆けてくる仮面が見えた。私はそのままギアをバックに入れ、勢いよく下がるとそのまま駐車場を出て、ギアをドライブ、全速力で進む。バックミラーをまた確認すると、もう人影はなかった。代わりにリアガラスのはじけ飛ぶ音とともに、沢庵の槍がカーナビを粉々にした。その後、私は振り返ることもなく、とにかく来里村を離れた。




 自宅に帰るまでの間、私は車を走らせ続けた。アドレナリンがそうさせたのかもしれないが、それ以上に、仮面のホームグラウンドともいえる岩手の土地で眠ることが怖かったのだ。私はそのまま無事に自宅につくと、車の状態を改めて確認した。ドアガラス、リアガラスはもれなく粉砕。カーナビも画面を突き抜け沢庵が刺さり、中の電子機器はつけ汁でショートしていた。槍は3mほどで、カーナビからリアガラスを突き抜け伸びている。後部座席を確認すると、槍の柄にあの仮面が紐で結び付けられていた。槍を抜くにしても、一人ではやりようがないので私はそのまま仮面に手を伸ばした。

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