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ドレスに仕込まれた悪意

作者: 紡里
掲載日:2026/03/05

 婚約者から、読むようにと紙片を差し出された。


「私は小さな仕立屋の娘です。

 小さいとは言っても、子爵家や男爵家ともお付き合いのある老舗です。

 お客様との距離が近いからこそ、お似合いになる服を、魅力を最大限に活かせる色や形をご提供したいと思っています。


 先日、とあるご家族のドレスを承りました。

 お嬢様がお二人いらっしゃって、それぞれの予算に三倍くらいの差がありました。

 背中を丸めて小さくなっていらっしゃるお嬢様には、似合わない色やデザインを他のご家族が勧めるのです。


 それだけでなく、強度の弱いしつけ糸のままで納品するよう、こっそり耳打ちされました。

 言うことを聞かなければ店を潰すと脅されています。

 しがない仕立屋と職人の矜持を守るために、私はどうしたらいいでしょうか。

 どうかお知恵を貸してください。」


 読み終わってから、紙から目を上げて婚約者を見つめる。


「これは、なんですの?」

 動揺を悟られてはいけない。


「服飾ギルドの掲示板に貼ってあった、相談の写しですよ。

 心当たりはありませんか?」


 婚約者はにこやかに、胸の内を読ませない笑顔で訊いてくる。


「……ありませんわね」

 今、喉がごくりとならなかっただろうか。冷静に、平静を保つのよ。


「残念です。正直に打ち明けていただきたかった」

 婚約者は私の手から紙を取り上げると、上着の内ポケットにしまう。


「言っておきますが、この店が潰れたら、誰の仕業かと犯人捜しが始まりますよ」


「妙なご忠告ですね。私を疑っているのですか?」


「いいえ。疑ってなど……確信していますよ」

 婚約者の目が鋭く、私を射貫く。


「まさか、私が異母妹を虐げているとでも?」

 あまりに失礼な言い方に、反論してしまった。


「やはり心当たりがあるんじゃないですか。

 服飾ギルドでこれの原本を見た職人たちが、自分の顧客にそれとなく訊いて回っているのです。

『二人の令嬢』『姉妹格差』――これに当てはまる家と関係はあるか、とね。

 職人仲間を守ろうという善意ですよ」


「へ、平民は仲間意識が強いのですね」

 声が強ばる。だが、目の前の男は誤魔化されてくれそうもない。


「どうして異母妹をいじめたのですか?」


「愛人の子よ。裏切りの象徴だわ」

 悔しい。なぜ、あんな泥棒猫の子のために私が責められなければいけないの。


「それは父君の罪であって、娘の罪ではないだろう」

 婚約者が髪をかき上げ、ため息をついた。


「同じよ。親子だもの!」

 思わず大きな声が出た。私と母の苦しみも知らないで――。


「それならば、君たち母子も罪人だね」

 婚約者が見たこともないほど、冷酷な顔をした。


「どういうことよ」


「おや、知らないのかい。

 君の母君は、正当な婚約者を冤罪で嵌めた悪女だそうだよ」


「う、嘘よ」


「親世代には有名な醜聞らしい。

 私は今回、教えてもらったのだけどね」

 彼はぎゅっと目を瞑り、呼吸を整えた。


「私の父が亡くなり、叔父が家督を継いだ。

 私にろくでもない家と縁づけて、家督を奪い返されないようにしたかったと告白されたよ」

 保護者である叔父の裏切りに、婚約者は力なく笑った。


「仕立屋の中では、どの家門かと推理合戦が始まっている。

 ああ、君の家が贔屓にしている店に行って、確認してきたから言い逃れはできないよ」


「そんな……庇ってくださらないの?」


「多少の腹黒さは必要だけれど、こんなにずさんな計画では困ってしまう。

 しかも、異母妹に恥をかかせることに何の意味がある? 政敵の足を引っ張るような、意味のある行動かい?」


 そう言われてしまうと、何か意味があっただろうか。

 母が喜ぶ。それだけ……?


「叔父に全てを話して、君との婚約を解消してもらうことにした。当主同士で手続きを進めてくれるはずだ。

 私が平民を娶ると約束をしたら、納得してくれたよ」


「私を捨てるの? あなた、貴族ではなくなるのよ?」

 婚約者なのだから、ここは助け合って絆を深めるべきではないの?

 この婚約がなくなって……変な噂が広がってしまったなら、次の縁談が来るかわからない。


「ははは。政略結婚なんだから、条件が合わなくなったら解消するだけさ。

 叔父は喜んで、裕福な商家を探すと張り切っているよ」

 うつむき加減で、彼がどんな表情なのか見ることはできない。


 しばし黙り込んでから、パッと顔を上げた。

「では、馬車まで最後のエスコートをいたしましょうか?」


 爽やかな、好青年らしい笑顔で手を差し出してきた。

 私はその手をパシンと払った。


「結構よ!」

 私は叫んで立ち上がった。

 今となっては、胡散臭い笑顔が憎らしい。


 あの服屋……絶対に、絶対に許さない。


 後ろから、元婚約者の声が追いかけてきた。

「ギルドが目を光らせているから、無駄な悪あがきはしないでくれたまえ」


 もうすぐ平民になる男が、忌々しいこと。


 私は長い廊下を、ドレスの裾を翻しながら歩く。

 気の効かない侍女が、慌てて追いかけてきた。話の流れを読んで、私が帰ることくらい察しなさいよね。


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― 新着の感想 ―
似合わないドレス選ぶにしろ、すぐに破れる?脱げる?工作するにしろ、当の異母妹連れてきてやってりゃバレるでしょうよw 「病弱で家に置いてきた」「あとでサイズ調整するから仮縫いのままでいい」とかいくらでも…
主人公が嫁ぐのか跡取りかは分からないけど、親世代のヤラカシで貴族間では評判が悪く、それに加え異母妹への苛め、使用人や平民に傲慢と平民からもヒソヒソ言われそう。 まぁ、親世代のヤラカシは彼女のせいでは…
異母姉サイド>「愛人の子よ。裏切りの象徴だわ」  悔しい。なぜ、あんな泥棒猫の子のために私が責められなければいけないの。 「それは父君の罪であって、娘の罪ではないだろう」 婿サイド>私の父が亡くなり…
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