ドレスに仕込まれた悪意
婚約者から、読むようにと紙片を差し出された。
「私は小さな仕立屋の娘です。
小さいとは言っても、子爵家や男爵家ともお付き合いのある老舗です。
お客様との距離が近いからこそ、お似合いになる服を、魅力を最大限に活かせる色や形をご提供したいと思っています。
先日、とあるご家族のドレスを承りました。
お嬢様がお二人いらっしゃって、それぞれの予算に三倍くらいの差がありました。
背中を丸めて小さくなっていらっしゃるお嬢様には、似合わない色やデザインを他のご家族が勧めるのです。
それだけでなく、強度の弱いしつけ糸のままで納品するよう、こっそり耳打ちされました。
言うことを聞かなければ店を潰すと脅されています。
しがない仕立屋と職人の矜持を守るために、私はどうしたらいいでしょうか。
どうかお知恵を貸してください。」
読み終わってから、紙から目を上げて婚約者を見つめる。
「これは、なんですの?」
動揺を悟られてはいけない。
「服飾ギルドの掲示板に貼ってあった、相談の写しですよ。
心当たりはありませんか?」
婚約者はにこやかに、胸の内を読ませない笑顔で訊いてくる。
「……ありませんわね」
今、喉がごくりとならなかっただろうか。冷静に、平静を保つのよ。
「残念です。正直に打ち明けていただきたかった」
婚約者は私の手から紙を取り上げると、上着の内ポケットにしまう。
「言っておきますが、この店が潰れたら、誰の仕業かと犯人捜しが始まりますよ」
「妙なご忠告ですね。私を疑っているのですか?」
「いいえ。疑ってなど……確信していますよ」
婚約者の目が鋭く、私を射貫く。
「まさか、私が異母妹を虐げているとでも?」
あまりに失礼な言い方に、反論してしまった。
「やはり心当たりがあるんじゃないですか。
服飾ギルドでこれの原本を見た職人たちが、自分の顧客にそれとなく訊いて回っているのです。
『二人の令嬢』『姉妹格差』――これに当てはまる家と関係はあるか、とね。
職人仲間を守ろうという善意ですよ」
「へ、平民は仲間意識が強いのですね」
声が強ばる。だが、目の前の男は誤魔化されてくれそうもない。
「どうして異母妹をいじめたのですか?」
「愛人の子よ。裏切りの象徴だわ」
悔しい。なぜ、あんな泥棒猫の子のために私が責められなければいけないの。
「それは父君の罪であって、娘の罪ではないだろう」
婚約者が髪をかき上げ、ため息をついた。
「同じよ。親子だもの!」
思わず大きな声が出た。私と母の苦しみも知らないで――。
「それならば、君たち母子も罪人だね」
婚約者が見たこともないほど、冷酷な顔をした。
「どういうことよ」
「おや、知らないのかい。
君の母君は、正当な婚約者を冤罪で嵌めた悪女だそうだよ」
「う、嘘よ」
「親世代には有名な醜聞らしい。
私は今回、教えてもらったのだけどね」
彼はぎゅっと目を瞑り、呼吸を整えた。
「私の父が亡くなり、叔父が家督を継いだ。
私にろくでもない家と縁づけて、家督を奪い返されないようにしたかったと告白されたよ」
保護者である叔父の裏切りに、婚約者は力なく笑った。
「仕立屋の中では、どの家門かと推理合戦が始まっている。
ああ、君の家が贔屓にしている店に行って、確認してきたから言い逃れはできないよ」
「そんな……庇ってくださらないの?」
「多少の腹黒さは必要だけれど、こんなにずさんな計画では困ってしまう。
しかも、異母妹に恥をかかせることに何の意味がある? 政敵の足を引っ張るような、意味のある行動かい?」
そう言われてしまうと、何か意味があっただろうか。
母が喜ぶ。それだけ……?
「叔父に全てを話して、君との婚約を解消してもらうことにした。当主同士で手続きを進めてくれるはずだ。
私が平民を娶ると約束をしたら、納得してくれたよ」
「私を捨てるの? あなた、貴族ではなくなるのよ?」
婚約者なのだから、ここは助け合って絆を深めるべきではないの?
この婚約がなくなって……変な噂が広がってしまったなら、次の縁談が来るかわからない。
「ははは。政略結婚なんだから、条件が合わなくなったら解消するだけさ。
叔父は喜んで、裕福な商家を探すと張り切っているよ」
うつむき加減で、彼がどんな表情なのか見ることはできない。
しばし黙り込んでから、パッと顔を上げた。
「では、馬車まで最後のエスコートをいたしましょうか?」
爽やかな、好青年らしい笑顔で手を差し出してきた。
私はその手をパシンと払った。
「結構よ!」
私は叫んで立ち上がった。
今となっては、胡散臭い笑顔が憎らしい。
あの服屋……絶対に、絶対に許さない。
後ろから、元婚約者の声が追いかけてきた。
「ギルドが目を光らせているから、無駄な悪あがきはしないでくれたまえ」
もうすぐ平民になる男が、忌々しいこと。
私は長い廊下を、ドレスの裾を翻しながら歩く。
気の効かない侍女が、慌てて追いかけてきた。話の流れを読んで、私が帰ることくらい察しなさいよね。




