ヨークの遺産と白銀の少女~猫目の女~
「昨日も思ったんだけどさ。」
「はい。なんでしょうか。」
「ここの首長は何処にいるの?」
「それは……。」
朝、宇宙船からのそりと出て行くと、シズクが既に立っており「本日は私がご案内いたします。」としれっと言ってきた時点で機嫌が下降気味のハク。
朝餉に案内するというシズクの言葉を半ば強引に断り、蠍族が運営している市場まで案内して貰っている所だった。
『私の王子様』と決めつけているカザマ意外には言葉使いもいい加減だ。
「実は、蠍族の中でも首長の顔を拝見出来る人は限られているのです。」
「なんで?……ってそうか、命狙われたらたまったもんじゃないもんね。」
「はい。族の中でも、不協和音は漂っておりますから。」
昨日の食事会で分かったこと。
手紙を出したのは確かにカザマだが、これは首長の筆跡が外に漏れることを避けるためであることと、ヨーク一族の長の好みの文面を書き出すのはカザマが一番向いていたからとのこと。
停戦をしてはいるが、蠍一族の中では未だ血による制裁を望んでいる者も居るらしいこと。
首長は和平による停戦派で、出来れば国そのものを変えたい意向があり、それを由としていない一族も多い事。
停戦状態とはいえ、蛇族との小競り合いも絶えず、和平に持ち込むには相当の時間を要する事が目に見えていること。
「本来なら、私どもの首長もこの席に着いて白銀様のお話を伺うのが筋だとは思うのですが……。」
「えええ?いやいやいやいや。カザマ様とお食事を共にしていること自体、大変な事だというのに、一族の……仮にも国のトップが私のようなものと会うなんて、恐れ多すぎます。」
首をプルプル振りながら、更に目の前の阿鼻叫喚な虫に鳥肌を立てつつハクは答える。
「ふふっ。首長が聞いたら喜びますよ。白銀様。」
その言葉に、食事を供していたシズクは苦笑した。
「首長の顔を見たことがあるのは、多分カザマ様や一部の者くらいでしょう。」
「シズクも見た事がないの?」
「……私はカザマ様の下で働いております、ただの平兵ですから。」
苦笑いするシズクに、ハクは一瞬違和感を感じる。
シズクの立ち振る舞いはカザマ同様、なめらかで気品に満ちている。更に言えば、辺境の地で『共通語』をよどみなく喋れるからだ。
これでただの平兵だという事が少し違和感を覚えた。
「カザマ様の下で働く者は、一応選別されてるんですよ?これでも。」
自分の思慮を見抜いたのか、シズクが苦笑いをしながらこちらを見る。
カザマほどではないが、シズクも中々にしていい男である。
短く刈り込まれた赤い髪と青い瞳が相対的に青空に映える。
「さぁ。着きましたよ。ここが一番発展している市場です。」
白く、砂漠の黄色い砂と青すぎる空に映えるようにマーケットは広がっていた。
つんざくような威勢の良い声達と乗り物となる動物たちの鳴き声。
揚げ物と、青い匂いがあたり一辺に広がっている。
「戦下の市とは思えないくらい賑わってるね。」
「そうですね。ここは、蛇族、蠍族、どちらもが使用する共通マーケットですから。」
治外法権のような場所なのです、とシズクは言葉を続けた。
「僕ここに来るのは初めてなんです。」
照れたようにシズクが頭をかきながら
「ここって、女性ばかりなので……ちょっと苦手で……。」
なるほど。入り口に立つと確かに売り手も買い手も女性ばかりである。
どちらの部族も集まる場所だからこそ、血なまぐさい男達を寄せ付けたくないのだろう。
男……シズクが入り口に立っているだけで、ジロリジロリと女達がシズクを品定めしては通り過ぎていく。
「い、一応今日はガイドスタッフっぽい格好をしてるつもりなので……。」
「そうだね。今日はフードとマントみたいなの被ってないもんね。」
「は、はい。あの、一応白銀様の通訳として居ると、お考えください。」
「了解。にしても、マーケットにしちゃ頑丈な作りだね。お城みたい。」
昨日の晩餐に案内された宮殿の一部と言われた場所でも思ったが、建築物は全て石で作られているようである。
「宇宙船止めてるアスファルトとか、あの砂漠の箱(というにはでかすぎる塊だけど)とかみたいに、砂で出来てるのかと思った。」
「いえ、砂で作るとすぐ崩れてしまうんですよ。」
「そうなの?」
「ええ。大体、持って50年程度です。」
「あのアスファルトも?」
「あれは特別な接着剤を取り寄せているので、100年くらいは持つだろうとは言われていますが……。」
だからこそ、あの秘密箱は特別な存在なのです、とシズクは付け加えた。
「製造方法が全く分からないのです。壁を削ってDNA鑑定しましたが、砂の成分しか出てこないんです。」
「面白いね。」
「そうですか?」
「そうだよ。」
シズクはハクを見ると、新しい玩具を見つけたように目を輝かせていた。
「ちょっとあんた達、いつまでそこに突っ立ってんだい?」
「!?」
ハクとシズクが、驚いて後ろを見ると、青い髪を腰までなびかせた女性が立っていた。
頭には藁のような物で編まれた籠に、大量のサボテンが乗っている。
「入るなら入る、入らないなら入らない。どっちかにしな!」
仕事の邪魔だよ!と彼女は二人の間を割って入っていく。
「ま、待って!」
ハクは驚きながらも女を呼び止める。
「あ、貴女は『共通語』が使えるの?」
「そうだよ?おかしいかい。」
辺境の地では、教育も侭ならず惑星共通で使用する『共通語』が使える人は稀だと聞いていた。
だからこそ、ハクはシズクやカザマは特別な存在だと思って居たのだ。
「貴様、何者だ。」
シズクがハクを庇うように前に出て女の前に立つ。
ハクからしてみれば巨大な人間が二人目の前に立ちはだかっている格好になっているが、そんな事はこの際どうでもいい。
「あんたこそ。……蠍族の『お坊ちゃん』が何故こんな所にいらっしゃるんだい?」
シズクは、その言葉でハッとさせて女を見直す。
「シズク、この人しってんの?」
「……。はい。存じております。」
シズクは、砂を咬んだような苦渋の顔をしながら、『قلت أشياءt』と女に耳打ちする。
「ふふふ。分かってるよ。シズク。」
女はちらりと上からハクを見て、体をむき直し言葉を続ける。
「あんたも知ってるよ。蠍族の馬鹿どもが呼び寄せた『白ウサギ』だろう?」
女は含んだ言い方をしてハクを上から見下げる。
馬鹿にしたような、見下げたようなオーラ。
この女、嫌いだ!!!
ハクは、全身を逆立てるように女を睨み付ける。
「おやおや。可愛いお目々で睨まれちゃ、大事な話も出来ないねぇ。」
猫の瞳孔のように、縦長の瞳孔を見せつけながら、砂漠色の瞳が怪しげに微笑んだ。
シズクが呟いた言葉はアラビア文字です。まんまです。
あ、昨日びっくりしたんですが、何故か急激にアクセス数がうなぎ登りに。
原因は分かりませんが、凄く嬉しいです。
今後とも頑張りますので、よろしくお願いいたします(ぺこり