ヨークの遺産と白銀の少女~長という名の~
「卒倒しなかっただけ、頑張ったと褒めてやるよ。」
「ホントだよ!!!あんたはいつも情報が後手後手なんだよっ!本当にあんたはあたしのサポートなのか。このモジャ毛!」
自分の肌の白さをこんなに感謝したことはなかったわ!とハクは叫びつつ、朝のお手入れと称して顔にクリームを塗っている。
アルビノは強い紫外線に当たりすぎると、メラニンの生成が出来ず過剰に肌が赤く爛れたり、悪化すると皮膚癌や内臓疾患にまで発展する。
ハクの「朝のお手入れ」は自分を守るための紫外線カットクリームを塗る行為で美白の為とかお肌の為では全くない。
生きる為に、仕方なく行っている行為だと、本人すら言っている。
彼女の周りに置かれている機材達も、紫外線がなるべくでない物質物体で囲まれているし、画像処理を行うようなモニタは基本モノクロ。
よって、こちら側の動画を彼女は得られる術が無い。モノクロな単色のモニタのみが彼女の船には搭載されている。
彼女を守るにあたり、この宇宙船は莫大な費用を要してカスタマイズされている。
「で、そっちはどうなのよ。ばあちゃんが一回テクニカルやったんなら、聞けば早いじゃない。この仕事。」
「はいはい。聞きました。聞きましたよ。……長に。」
センは長が対応していたという書類を確認した後、早急に長にアポイントを取った。
しかし、相手は一族のトップ。企業で言えば社長にも、会長にも当たる人物である。
会うことが出来るのは数日かかる……か?
とセン自体半ば諦めムードだったが、かなり早いスピードでアポイント依頼は処理され、その日のうちに長との対面が許可された。
素早い対応と判断力はトップクラスにまで浸透している。これこそ一族が長い間生き延びてきた術の一つなのだろう。
「し、失礼します!」
「あいよ。お入り。」
やや、渋みと重みの掛かった声に一瞬震え、恐る恐る長の部屋に入ったセンは、目を見開いた。
初めて対面した長は、自分の想像を遙かに超えた人だったからだ。
いただけない意味で。
資料からして、ハクの父方の祖母という話だったが、やたら若い。
多分、40代半ばと言っても間違いないような出で立ちである。
ハクの祖母と聞いて背も小さめ、華奢な体を想像していたがこれも覆された。
背中まである黒髪を一つにまとめ、男のような背筋と腕の筋肉をタンクトップのみで見せつけながら……植木の世話をしていた。
くるりとこちら側を向いた姿も、ハクとは違い茶色い瞳の力強く凛々しい顔立ちの女性だった。
長という名を背負って立つ、強さとたくましさを持っている顔。
どこに、似通った遺伝子があるというのだろう。
あいつは、母親似なのか……?
「うちの孫娘の担当者だね。確かヨウセンと言ったか?」
おもむろに口を開くと、太めの声でセンに話しだした。
ピッとセンは体に一本の線が入ったかのように直立する。
「はい。白銀様のカスタマーを担当しております、ヨウセンと申します。」
「びっくりしたかい?あの子の祖母だと聞いていた私がこんなにピッチピチのクールビューティーで。」
「ぴ……。」
一族のトップとは思えない笑顔と言葉に、センは面食らう。
「あたしらの系譜はヨークの血を強く受けてるらしく、長生きなんだよ。あの子の母方の系譜は短命が多いんだがね。」
あたしはほら、今500抜いて27歳だからねぇ。と長は豪快に笑う。
長寿の民族は、徐々に年を取るわけではなく、寿命が近づいたその10年くらいの間で一気に老けると言われている。長の系譜も同じ民族の系譜なのだろう。
「……ほ、本題に入ります。長、サンザンという惑星に聞き覚えは御座いますでしょうか。」
「サンザン?」
「はい。今白銀様が担当に入られた惑星です。砂漠の……『秘密箱』と呼ばれるヨークの遺産が残っております。」
「あぁあぁ!覚えてる覚えてる!あの虫ばっか食わせたとこ!!」
「虫……。」
「やれコガネムシみたいなやつからゴ(以下自主規制)みたいな奴から。凄いよ。虫オンパレード。」
「おぇ……。」
「でもあれよ。甲殻類の味もちょっとあって、味も濃厚で美味しかったよ。アク抜きに3日ほど何も食わせないでおいておくらしくてね。ぱりっと香ばしくて美味しいのよ。ただ、羽が歯に挟まってかなり難儀したけど。」
「それで『食べ物に難儀した』ですか。」
「いやいや。それだけじゃないんだよ。とにかく水が無いんだよ。あそこは。だから水分を植物や動物、昆虫の血とか水分から得るんだよ。」
「うええぇええぇ……。」
「やたら寒い地方でも栄養取るのに動物の血を酒で割って呑まされたりしたことはあったけど、昆虫の血とかはね。さすがに無いからねぇ。」
「も、もう勘弁してください長……。」
「あらあら。こんな話程度で青くなってるようじゃ、まだまだだねぇ。ヨウセン!」
しっかりおし!と長はセンの背中を叩いた。
叩かれた背中の痛みと嘔吐感でややえづきながら、センは何とか話を本題に戻す。
「その……そこでの長の技術対応履歴に『自生する植物を用いて元に戻した』とありますが……。」
「うううううううーーーーーん。……そんな事書いてあった?」
「はい。」
「ううううううううううーーーーん。……忘れた。」
「そうですかって……えええええええ!!?」
「だって、400年くらい前の話よ?覚えてる訳ないわさー。」
くるりと背を向け、長はまたも植木の手入れをしだす。
「いやいやいやいや。今回の技術対応も長自らが許可を下したという事じゃないですか。思い出してくださいよ!!」
「許可……?ああ。……あの匂い立つような色っぽい文面の依頼書かい!?」
くるりとこちらを向いた長の顔はやや夢見がちだった。ここらへんの仕草から孫娘そっくりな妄想癖があるらしい。
「色っぽい?」
「内紛下にあるけれども、ヨークの長に『どうしても』この切なるお願いを聞いて欲しいとかあってさ。長の事を思わない人は一日も無かったとか、過去の王族の伝承に書かれた美しく艶やかな長の姿を一目見たいとか(以下略)」
「あー。はいはい。色っぽい書体と褒められっぱなしの文面に負けたんですね。」
「あそこの蠍一族の王族はそれはもうね、みんな色男なのよ。あたしが技術担当に行ったときもね……」
「はいもういいです。」
「いいのか?ここから長の1時間半にも及ぶ蠍族とのラブロマンスが始まる所なんだが。」
「分かってるから良いっていってんの。いうけど、あの人の恋愛武勇伝は半端無いよ。長く果てしなく妄想が酷くて。」
いい年なんだから夢見るのも大概にして欲しいんだけどねぇ~。とハクは髪を梳かしながら続けていた。
「今回痛いほど痛感いたしました…。」
お前の血族という確証もな、と言いかけた言葉をセンはかろうじて飲み込んだ。
さすがハクのおばあちゃん、妄想レベルは桁違いです(笑
まぁ、その話はおいおい。