ヨークの遺産と白銀の少女~愛と友情~
5分ほどで雨は止み、風が涼やかに吹きそよぐ。
「あとちょっと待てば、このざらついた箱が…ほら。」
上から、すらりと、つるりとした表面に『箱』が変化していく。
「これが、最初の『箱』の姿?」
リリスが開いた口を閉じれずつぶやく。
「うん。分子が整列して、綺麗な結晶みたいになる。でもずっと砂の中に居ると、砂の元々の性質に戻っちゃう働きがあるんだよ。なんて言ったかな、慣性のなんたらみたいな。そんな法則だったと思うけど。」
ハクが事も無げに答えるのをシズクは眩しいものを見るような眼で見ている。
「しかし……これでまた、何百年かは持つと言う事ですね。」
「そうだね。宇宙船が停まってた場所も、この法則を使って作れば、耐久年数はかなり持つよ。」
「失われた文明の凄さを思い知ったよ。今回は。」
「そうですね……。白銀様には、新たな知識と経験を与えていただき、感謝しなければ……。」
そう言って、カザマはハクの前で膝をつき頭を垂れるも、いつものように手のひらを取ったりはしない。
「あれ……今日はあの……その……。」
「私はもう、婚約の身ですので、みだらに女性の体を触るのはいけないと。」
「ここここ、こ、婚約ぅ!!?」
あ、馬鹿カザマ!とリリスが叫ぶより先に、カザマが言葉を続ける。
「はい。先日、蛇族族長との間で協定を結びまして。私とリリス殿が結婚する代わりに」
「けけけけけ、結婚!!!!」
シズクとリリスが、あちゃーという顔をして顔に手を当てている横で、幸せそうなカザマが言葉を更に紡ぐ。
「白銀様に前回頬に感謝の意を表した後、許嫁殿に嫉妬されましてね。」
にっこり笑ってリリスを見る。
「ちがっ!あたしは、白ウサギの事を思って言っただけだ!この」
「白銀様、婚儀の際には是非、またこちらにいらっしゃってください。招待状をお送りいたしますので。」
カザマの余りの空気の読まないセリフの数々に、シズクは肩を落とすしかなかった。
ちなみに、ハクは目をむき出しにし、口をあんぐり開けたまま、半ば失神していた。
「し、白銀様、しっかり!」
「ううう……け、けっこ……。」
再び、ハクはゆっくりと目を閉じ、シズクに体を預けた。
今度は、前回の失神とは真逆の感情で。
さわやかな風と見覚えのある天蓋を見ながら「またやっちゃったか」と思いつつハクは体をゆっくり起こす。
「白ウサギ。起きたか。」
リリスが、ハクのベッドのすぐ横で椅子に座って待っていた。
「どれくらい寝てた?」
「ま、2時間ってところかね。」
「はー。またやっちゃった……。」
「気が小さいんだよ。あんたは。失恋のひとつやふた」
「ふぎゃーーーーー!!!」
天蓋から飛び出して、慌ててリリスの口を押さえるハク。
「ななな、なんでし、知って。」
「分からない方がおかしいだろ。分かってないのは天然ボケ男のカザマくらいだ。」
はー、とため息をついて、水差しからコップに水を注いで差しだす。
「あれは、普段から愛の目線に慣れ過ぎて冗談なのか本気なのか分かってない処がありますからね。」
扉から、シズクが入ってくると、リリスの横に立つ。
「ボア殿は、今政府の軍を視察に行ってます。」
「父上は今頃燃えたぎってるだろうね。新しい使命を見つけたら、あとはまっしぐらさ。」
「父上……って事は蛇族の……?」
「はい。民族を統一する場合、一番問題になって来るのは内乱です。それを抑えるためにも軍事は不可欠。そこで、百戦錬磨のボア殿に軍の最高司令官としての指導をお願いしたのです。」
「よく納得したね。こう言ったらなんだけど、ザ・頑固者って感じだったのに。」
「……一つがあたしとカザマの婚姻だろうね。」
リリスが、申し訳なさそうにハクを見ながら言葉を続ける。
「正直、父上はただの操り人形と見ているシズクとの結婚は反対だった。何故ならシズクと結婚した処で、操り人形の嫁なんてのは、ただの箱入り娘のままだ。政権に口出す事も出来ないままで終わる。」
横で、操り人形と言われているシズクは苦笑いを浮かべている。
「黒幕であり、政府の矢面に立ってるカザマの妻であれば、政府にも口を出せるし、事があれば妻の父として何らかの手立てを出せる、と踏んだんだ。」
ごきゅっと水を飲んで、ハクは一息つく。
「でも、リリスはそういうの嫌いだったんじゃないの?」
「嫌いさ。今でもむかつくくらい腹立たしい!」
ダン!と水差しがあるテーブルにリリスがげんこつを落とすと、水差しはぐらぐらと揺れる。
「リリス殿は、ご自身の願望を叶えるために、否応なしに結婚を決断されたのです。」
「願望……。」
リリスの夢は、蛇族も蠍族も無い、混血の子やよその惑星の子達が蔑まれることの無い世界……だったはず。
「リリス殿には、今後カザマと共に私の補佐をしていただくようお願いしたのです。」
「親父が蛇族の古いしきたりすら出さなきゃこんな羽目には……きー!!!!」
リリスはハクが寝ていたベッドの枕を掴むとバフバフと叩いている。中からは綿の様なものが飛び出し始めてきた。
「それでも、あたしを待ってる人たちを裏切れない。これは、あたしのプライドだ!」
ボフンと力いっぱいパンチを入れた枕は、完全にその姿を失った。
「父上も、軍の最高司令官なんてのに甘んじてる訳じゃない。軍イコール国を支配しかねない力だからだ。」
命を守る軍は、命を削る軍にもなる。そして、民を制圧する軍にも。
その最高位を渡したのは、娘という人質が居るから。
お互いの利害関係が、完全に一致した瞬間。
リリスは呑気に琴を弾いていた訳だから、文句の言いようがない。
「そんな訳で、あんたには大変申し訳ない思いをさせてしまう事になるけど……。」
「いやいやいや、リリスはぜんっぜん気にする事はないんだよ!」
ハクは、慌ててリリスの言葉を遮る。
「あたしは、もうほら。惑星から去る人間なんだから。」
「白……白銀。あんたは、良い子だ。」
グリグリとリリスがハクの頭を撫でながら続ける。
「あんたを、最高の友達だと、ずっと思い続けていいかい?」
「当たり前だよ。リリス。ありがとう。嬉しい!」
そして、二人はぎゅっと抱き合う。
その光景が、何より眩しく感じるシズクだった。
と言うわけで、これでもかっつーくらい力技でまとめに入りましたが(酷
次回辺りは終わりとエピローグが見えてくるのではないかと思います。
あと少し。お付き合いください。