ヨークの遺産と白銀の少女~感謝の気持ち~
「そんなの、古いしきたりじゃん。今時蛇族の若い子でもそんなの知らないわよ。」
確かに、女性が就職出来る口は限られているが、蛇族の女性とて古いしきたりに甘んじてるような女性ばかりではない。
実際、独身や子を成さない状態の女性が働きに出ている割合も増えたし、そういう仕事を斡旋してきたのもリリスの仕事の一つだからだ。
勿論、父はそれに関して良い顔をしていなかったのは確かだが、黙認してきたことは否定しようがない。
「しかし、リリス殿は族長の娘。族長が自らしきたりを破る訳にはいかないでしょう。」
カザマが不機嫌な顔満載でリリスに告げる。
「まぁ、父上は男尊女卑を地で行く男だからね。女は庇護されて何ぼだと思ってる処があるから。」
「でも、リリス殿は羨ましい。そうやって父上に守られて愛されているのが分かるのだから。」
シズクが静かに頬笑みをたたえる。
首長として常に上に立ってきた父に、愛されていたかどうかなんてシズクには薄い記憶の中でしかない。
「坊っちゃんはその代わりカザマにべったべたに愛されてきたから良いじゃないの。」
「カザマの場合は、愛すると言うより、過保護すぎるだけです。」
その言葉にカザマは沈黙を貫く。面倒臭い言い訳は沈黙で逃げる性格のようだ。
「で、どうやってそれを切り抜けた訳?」
「聞きたいですか?」
カザマが、非常に怪しい眼差しでリリスを見やる。
外套を羽織り、若干暑い筈のリリスは、ぶるっと鳥肌が立った。
何か、嫌な予感がする。
「あの……リリス殿……怒らないで、怒らないで聞いてほしいんですけど……。」
シズクが、非常にしどろもどろに応えている。
「いや、き、聞かなくていいわ。聞かない方がきっとあたしの」
「いいえ、聞いていただきますよ。リリス殿。」
カザマの背中に、どす黒いオーラが見えるとシズクは思った。
数分後、王宮一杯にリリスの闇を切り裂くほどの絶叫が響いた。
朝、ハクはまたも市場に居た。
「あんた、懲りるって話を知らないの?」
リリスはこれまた呆然とハクを見ている。
「おはよ、リリス。あれ?目の下にクマ出来てるよ?」
「眠れなかったのかい?リリス。」
リリスの母である、ナミがいつものようにハクにパンズのお代わりを差し出しながら口を開く。
「まぁ、昨日の今日だものねぇ。」
「かあさん……聞いたの?」
「聞いたもなにも。私は親方様の側近にして密偵だからね。傍で控えてりゃ耳にも入るさ。」
「ああああああ。頭痛い……。」
「なに?リリスのお父さんとシズク達、話し合いしたの?」
「そうさ。あんたのお陰さね。お嬢ちゃん。」
その言葉は嫌味も何もなく、すっきりした口調だった。
「そっか。良い方向に向かってる感じ?夜までには仲良く同席できそう?」
「さぁ……そりゃ、この子次第じゃないのかい?」
ねぇ、リリス。とナミはリリスの顔を見やる。
リリスはというと、両方のこめかみに手を当てて頭を抱えている状態だ。
「リリス、具合悪いの?大丈夫?」
「大丈夫も何も……。あああー。もう、逃げ出したい!あんたの宇宙船に乗って、一緒に宇宙に逃げたいよ。あたしは!」
リリスの言葉は本心なのだろう、横にいるナミは苦笑いを浮かべるしかない。
「ダメだよー。あれは一人乗りだもん。」
「あんなどでかい船に一人乗りもあるもんかい!」
「だって、『繭』が一個しか無いし……。」
「まゆ?」
「えーっと。なんての?惑星間を旅する時に、かなり重力が掛かるから、その間、あたしらは特殊な溶液に浸かって寝てるんだよね。」
「聞いたことがあるね、光速で移動するため、体の負荷を減らすために特殊な液体に浸かって半冬眠状態になるとか。」
ナミがおもむろに横から口をはさむ。
「そうそう。その液体が入ってる箱みたいなやつを繭って言ってるんだけど。あれ多分俗称かなー。分からないけど。」
「くー。そんなもん、一緒に浸かればいいじゃない!」
「無理だよー!液体の濃度が高くなっちゃうじゃん!無理無理!」
それに、とハクは続けて
「シズクとかには逃げるなだのなんだの言うのに、自分だけ逃げ腰なんて卑怯だよ!」
「な!!!あたしは半分はあんたの事を思ってだねぇ!!!」
そう口にした瞬間、リリスはぞわりと鳥肌が立つ。
ゆっくりと振り返ったそこには、いつものごとくバラを背に背負ったカザマが立っていた。
「カザマ様!」
「おはようございます、白銀様。」
ふわりとした口調に対し、またも目がハートになっているハクに、リリスはため息をつく。
「あんた、いつもながらどうして頭がそう弱いんだい。」
「今日も一段とお元気そうで……私、安心いたしました。」
「カザマ様にお気づかい頂くなんて……私、感動して泣いてしまいそうです。」
「人の話をきけっての!」
リリスの怒声が市場中に鳴り響く。
「白銀様。」
「はいぃ」
目がすっかりハートになっているハクに対して、おもむろにカザマが口を開く。
「今夜の技術対応、蠍族も蛇族も、一同同じ席にて会する事となりました。」
「ほんと!良かった!シズクなら、絶対何とかしてくれるって思ってたんだよね!」
にっこり笑うハクに「なんとかしてんのはあたしだっての!」と毒をひとりごちるリリス。
「その件に関しましても、首長であるシズクが白銀殿に感謝を述べたいと申しておりまして。」
あたしには感謝も無しでか。と更にリリスが心の中で突っ込む。
「いやいやいや。私は何もしていませんから!シズクにもそう伝えてください。」
ハクは真っ赤になって首を振る。
「では、代わりに私が白銀様に……。」
そう言うと、カザマはハクのほほに、静かに唇を落とす。
「なななななな!!!!」
ボンッという音と共に、ハクは真っ赤になって座りこむ。
「馬鹿カザマ!白ウサギになんてことするのよ!」
「そうですよ!カザマ殿。惑星によっては、頬のキスは求愛に当たると言うのに。」
あわあわと座り込んで熱に浮かされているハクにかけよったリリスとナミは口々にカザマを非難する。
「おや、私は感謝を表しただけでしたが……。白銀様には少々お遊びが過ぎましたかね?」
「……っ!だから、あんたは女の敵だっつってんのよー!!!!」
市場中にリリスの絶叫が木霊した。
いやぁ。リリスが居ると話があっちゅーまに進むなぁ。
にしても、天然タラシカザマ。やってくれますな。