ヨークの遺産と白銀の少女~それでも朝は~
翌朝、共同市場。
「なんで、あんたが此処にいるのよ。白ウサギぃ!!!」
「だって、ここのパンズ美味しいもん。」
リリスはシェルターの女性達の安否確認と蠍族の動向を探るため市場に来ていた。
「あ、えーっと、リリスんちのおかーさん、パンズお代わり!」
「あいよ。」
「かあさんまで!?」
「あら。リリスおはよう。」
昨日の夜から今日の深夜にかけての修羅場は何だったのだ。
リリスは膝から崩れ落ちそうになる心をぐっと立て直す。
「あんた、よく監視も付けずにここに来れたわね。」
「付いてるわよ。監視。」
そう言って親指をぐっと首から後ろに差すジェスチャーをする。
「か、カザマ様っ!」
そこにはまるで辺り一面薔薇を敷き詰めたような華やかな雰囲気の中、カザマが女性達に囲まれながら挨拶をしているところだった。
「今日も素敵……。」
「お前の目は何処まで節穴なんだい。白ウサギ。」
相変わらず目がハート型になっているハクに、半ば怒りさえこみ上げてくるリリスである。
「そう言うところがシロちゃんの良い所よね。はい。サービスだよ。」
「わー。リリスんちのおかーさんは優しくていいなー。」
「あんた、昨日誘拐されたの忘れたのか。」
呆れ声でリリスが見やる。
「昨日は昨日、今日は今日だよ。そして、明日は明日。」
「そうですね、白銀殿。」
ぶわわっと 、声にオーラを纏ったカザマがやってくる。
「カザマ様ぁ!」
「げ。カザマ。」
多分、ハクの心臓の音を聞いたら『キュンキュン』とでも鳴ってるのではないだろうか。
リリスは鳥肌を立てつつハクとカザマを見やる。
「昨日はごめんなさい、突然帰っちゃって……。」
「いえ。私の方こそ、白銀様にあのような場面を見せてしまい、申し訳なく思っております。」
ハクの手を取り、カザマが続ける。
「白銀様のお怒りと悲しみにどう償えばいいか。そればかり考えて夜も眠れませんでした。」
「か、カザマ様……。」
あ、今恋愛フラグの一つが点灯したな。とリリスは心の中で思う。
決して口には出さないが、昨日カザマが眠れなかったとしたら、それは自分を見張るためだけである。
絶対この白いののために眠れないなんてことはあり得ない。
と、口に出して言ってやりたいが、言ったところでこの白い馬鹿な子は……
「ごめんなさいっ!あたしがあんな風に言っちゃったばっかりに……!!!」
よし、こいつを今日からは白馬鹿と呼ぼう。
「それより、かあさんは何故ここに居るの。」
「あたしは、今日もあの子がこのパンズを欲しがってるんじゃないかと思って来ただけだよ。」
「さっすが。おかーさんは分かってるぅ!」
ハクはモッシャモッシャと食べながら嬉しそうに応える。
「蛇族の主食はそんなに美味しいのですか?白銀殿。」
「これ、蠍族は食べないの?」
「はい。基本、小麦製品は遊牧の民である蛇族の物です。」
「小麦は栄養を食うし、水も欲するからね。遊牧の民が水を求めながら小麦を育てていったのさ。」
「なるほどー。だから蠍族の夕餉にはこれ、出てこなかったんだねぇ。」
美味しいのに、とハクは続ける。
「食べるものも、髪も、多少の文化は違ってもさ、本来は一つの民だったんでしょ?」
「正確に言えば、3つの部族が1つの民だったとも言えますね。」
「そうだね。今、あんたら蛇族が囲ってる巫女の一族。そしてあたしら蛇族、とあんたら蠍族。」
ふぅん、とハクがパンズを手にとって一拍おく。
「ってことは、首長は巫女族の人ってことでいいかな。」
「……鋭い子は好きだよ。白いの。」
リリスはにっこり笑ってハクの頭を撫でる。
「そして、シズクが巫女族なんだよね?」
遠回しにハクは『シズクが首長なんだろう』と言っている。
その場に居た、3人が全員静かになる。
「リリスのかーさん、これ、ごちそうさま。」
一枚、パンズを手に取るとハクはピョンっと立ち上がった。
「白銀殿!!!」
カザマの声にハクはキュンとなりつつも、静かに振り返る。
「明日の夜は、みんな仲良く待っててね。今日みたいにさ。」
ほんじゃ、と言ってハクは颯爽と市場をすり抜けて去っていった。
「『みんな仲良く』ねぇ。これまた無理難題を言うねぇ。あの子は。」
リリスの隣で、ナミがふぅっと溜息を吐いた。
終わりがなんとか見えてまいりました。
もう少し、お付き合いいただければ幸いです。