ヨークの遺産と白銀の少女~蛇族の意志~
「リリスっ……あのじゃじゃ馬娘っ!」
ボアは牢があった地下室で、壁を蹴飛ばし、コップを投げつけた。
投げつけられた先は、ボアの妻であり、リリスの母。
「申し訳ありません。親方様。」
「あいつが裏で何かをしてたことくらい、お前だって分かっていただろう!何故止めれなかった!」
「……私の責任です。申し訳御座いません。」
「よいっ……謝罪を聞いたところで、最早どうしようもないわ。」
ぼすっと、深い椅子に座ると、側に居た者達がさっと飲み物とたばこを差し出す。
「愛しい末娘と甘やかして育てていたのが間違いだった。」
あの時、ボアは本気でリリスを殺そうと思った。
蠍族も蛇族も滅びれば良いと。壊れればいいと。
族長の娘としてずっと自分の後ろを見て、自分達の苦労を知り尽くしてきたと思って居た娘がキバを剥いた。
後一歩で、本当に自分達の部族が滅びる寸前だったのだ。
全ては蛇族の為。
武器商人の甘い言葉を聞く振りも、気にくわない蠍族との和議を結んだのも、全て蛇族の為だけに働いてきたというのに。
「リリスは一体誰に何を吹き込まれたんだ。」
「親方様。」
「そうだろう。お前と私の働きを側で見ていながらあの暴挙。誰かに良からぬ事を吹き込まれたとしか思えぬ。」
イライラしながら葉たばこをスパスパと煙らすボアに、妻は冷静に言葉を発した。
「リリスの言葉は、誰かに吹き込まれたというより、自分で考えたような芯のある言葉でした。」
「ナミ!それは自分の娘の不義を認める言葉だぞ!」
「親方様、あの子は和議を結ぶ前から、私達に反抗的でした。」
「むっ……。」
「夫に暴力を振るわれた女達のシェルターを作ったかと思えば、そこに入り浸り、と思えばいきなり蠍族を見てみたいから和議の席に連れて行けと言ってみたり。」
「和議の為、婚儀を結ばせようかとも思ったが、それもはね除けて……。」
ああ、と頭を抱えてボアは唸る。
「幼い頃は父様父様と、私の仕事にも尊敬の念を持って居たようだったのに……。」
「なおさら、で御座いましょう。」
「なんだ。お前まで何か言いたげだな。」
「そうでは御座いません。ただ、あの子は父の仕事を見てきたらこそ、その背中の向こうにあるものも見えてしまったのではないでしょうか。」
武器商人や、黒い取引の数々を。
「我らが、強くなるためには仕方ないことだ。そうだろう。」
「さようで御座います。……あの子は、甘い夢だけを胸に抱いて居たのでしょう。」
「夢を覚まさせるのも親の勤めだ。ナミ。」
「畏まりまして御座います。」
「最悪の場合は、リリスを殺せ。蛇族の為に。」
「……畏まりました。」
「……明日の夜、全てにカタをを付けるぞ。」
紫煙がゆらり、と部屋の上に渦を巻いて、消えた。
「って事をね。父上達は絶対喋ってると思う訳。」
「リリス殿、冷静ですね。」
「何言ってるのよ、こっちはね。狸の化かし合いに力貸してやってんでしょ?」
「ボア殿が蛇族至上主義なのは存じていましたが、娘を殺めるような方には見えなかったもので……。」
「だからシズクは坊ちゃんだっての。言うけど、カザマなんてもっと質悪いよ。」
カザマは二人の会話に無言を貫いている。
「こいつ、シズク至上主義だからさ。あんたの為にハク殺そうとしてたね。絶対。」
「なっ!?」
「父上があたしに剣を振り上げたとき、それを庇ったのだって、あたしを殺しちゃったらシズクが取り返せないと思ったからだもん。絶対。」
「ほ、本当ですか?カザマ。」
「……リリス殿は探偵にでもなるべきですね。」
にっこり笑うカザマに、リリスはけっと鳥肌を立てた。
「……ともかく、私達は蛇族の一枚上を行って、かつ彼らをも纏める策が必要ってこと。」
「さようで御座いますね。リリス殿の命もお助けしなければなりませんし。」
「あー。絶対心底思ってないような事言ってるね。カザマ。」
「まさか。私はリリス殿を想って……。」
「きしょっ!!!!」
王宮の夜は、賑やかに更けゆくのだった。
リリスが居ると、非常に話が書きやすいのは多分こいつが勝手に動くから。
と言うわけで、いよいよ終盤です。
がががが、頑張ります。