ヨークの遺産と白銀の少女~シズクの意志~
「もう少しで……。もう少しだったのに!!」
リリスは悔しそうに親指の爪を噛む。
それを、シズクとカザマは黙って見ている。
結局、ハクが宇宙船に引きこもり、高層域に入ってしまった為、蛇族も蠍族も手を出すことも叶わず、ハクの言った明日の夜を待って、遺跡の前にて話し合いが持たれる事となった。
蛇族は手のひらを返したかのように二人を「保護しようとした」と言い張り、シズクも沈黙を貫いたためその場はうやむやに収まることになった。
しかし、リリスは違う。
彼女は明らかに蛇族とは別の勢力として対抗してきた。
しかも、シズクを人質に、政に割り込んできたのだ。
蛇族に置いておくにも行かず、また政府としても彼女の立場を確認するため、拿捕という形で保護した形になっている。
そして、この3人は今、王宮の中にある打ち合わせで使っている密室で顔をつきあわせていた。
「いずれにしても、貴女は全ての部族から命を狙われる立場になる所だったんですよ。リリス殿。」
リリスの言う、民族解放が成功したとして、他の惑星からの過干渉を受ける事をこの惑星の部族は由としていない。
リリスはその責を負って命を狙われることになることは、目に見えている。
「あたしの命一つなんて、どうでもいいのよ。」
ボアが、自分の父親が自分に剣を振り上げて殺そうとする事も、リリスはとうに計算尽くだった。
殺されれば殺されたで、あの白い小さな生き物はそれを許さないだろう。
守らなかった蠍族にも、蛇族にも怒りを向ける。
そして、あの子はそれをそのまま対応記録として全惑星に公開する。
そうしたら、別の形で自分の願いは叶うはずだった。
「自分の命一つで、この先何万もの民が救われるなら、今すぐ死ぬわ。」
リリスの凛とした言葉に、シズクは自分の手のひらに汗をかくのを感じていた。
あの洞窟の中の決意はなんだったんだ。
何かをしよう、何か自分にしかできないことをして、強くなろう。
そう決意した筈だったのに、何も出来ていない。
結局、リリスに救われて、ハクに助けられて、カザマに守られて今の自分はここにいる。
リリスに連れられた先に居た女性と子供達の目が忘れられない。
お前がしっかりしていないから。お前が全て悪いんだ、お前が。
そう言われているような目。
あの中には、蠍族と蛇族の混血も、違う惑星の人間も居た。
そういう迫害を受けそうな人達が、身を寄せ合って生きてきたのかも知れない。
自分が、全く知らないところで。
ボアの言葉も痛烈だった。彼らの立場を重く理解していたつもりだった。遊牧の民の自由度を尊重して来たつもりで、結局それが差別に繋がっていることに自分自身が全く気づいていなかった。
「一人で不幸全部背負ったような顔してんじゃないわよ。シズク。」
リリスが刺々しさ満載の言葉尻でシズクに言う。
「自分を責める暇があったら、少しでも前を向きなさい!」
「リリス殿!言葉が過ぎます!」
「うっさい!何様のつもりなの!?……ああ。そうよね、首長代理と言う名の、実権を握ってるカザマ様だものね。」
リリスの八つ当たりの場は、シズクからカザマに移る。
「傀儡が落ち込んで黙って居た方が操りやすいってね。そう言うこと?」
「リリス殿!」
カザマの声に、怒気が孕んでいた。
「いいね。初めてあんた、あたしに怒ってるんじゃない?」
リリスが嬉しそうに笑う。
「シズク。ここはね、カザマが怒る所じゃない。あんたが怒るところだったんだよ。」
自分は操り人形じゃないって、ね。と、リリスはシズクを見て言った。
カザマは、はっとした顔をシズクに向ける。
シズクは、静かにリリスを見ていた。
そんな風に、言われたのは初めてだった。
カザマの傀儡とか、操り人形だと言われることには慣れていた。
むしろ、それで良いとも思っていた。シズクよりも何百倍もカザマは仕事が出来るし人の心を読める。
自分に出来る事は神託を受けることくらいで、それすらも時々、夢のように浮かぶ程度だ。
それで自分が国のトップに居ること自体、おこがましくて笑えてしまう。
そう、思って居た。
「あんたは、こんなに色んな人に大事にされてて、まだ不幸な振りをするのかい?」
「リリス殿……。わ、私は……私は……。」
「和議を結ぼうと言い出したのはどうせあんただろ?カザマはそんなことを思うような奴じゃないからね。」
ちらりとカザマを見ると、カザマは沈黙を貫いている。
当たりです、とでも言いたげな顔で。
どす黒い性格であることは、和議の席で見た時から分かっていた。
ボアと同じくらい自分達の部族と自分達の事しか考えてないような男。
だから、絶やさない笑顔も、何もかも気にくわなかった。
「シズク様。貴方次第です。今後、リリス殿とボア殿をどうするかも、白銀様をどうするかも。」
私は貴方の臣なのですから。とカザマは改まった形でシズクの前で膝をつく。
「カザマ……。」
「ぼっちゃんはどうしたい訳?」
リリスは相変わらずの態度でシズクを見やる。
「あたしとカザマっていう超頭の良いブレーンが今、あんたの側にいるんだ。事と次第によっちゃ、あんたに協力してやってもいい。……勿論、あたしのお願いもたっぷり聞いてもらうけど。」
リリスは上から見下げるように言い切った。
シンとした闇の中に光るたいまつの明かりに、ゆらりと照らされたシズクの顔には、決意がたぎっていた。
「私の……私の願いを、聞いてくださいますか?リリス殿。……カザマ。」
二人が、とびきりの笑顔で笑った気がした。
リリスが居ると、本当に話が進むというか、勝手に動いてくれて助かります(ある意味困ります)
最初イメージしてたキャラと大分違うというか、大分かけ離れちゃったけど、これはこれで良い女だなぁと思います。
ていうか、この小説の女性陣、みんな強すぎじゃね?
※明日は更新をお休みします。毎週火曜は更新停止日~。