ヨークの遺産と白銀の少女~麦畑での出会い~
「ほへー。一面麦畑なんだねぇ。」
今朝も同じように市場でパンズを頬張っていたハクと、これまた一口も口をつけれなかったシズクは、パンズを売ってくれたおばちゃんに勧められてパンズの元となる麦を作る畑に来ていた。
荒野の一面に広がる麦畑は、ここが砂漠の枯れた大地だということを忘れさせるような光景だ。
「私も、こんな近くで見たのは初めてです。」
今日も今日とてカザマが別件で居ないとの事でシズクだけがハクのガイドを買って出ている。
「いつもは、飛行機や遠くからでしか見れませんでしたから。」
「そんなもんなの?」
「農民以外は、あまり近付くような場所ではないでしょうね。」
「麦科の植物って、乾燥には強いって聞くけど、こんな雨が降らなそうなところで良く育つよね。」
ほへーと、関心しながらハクが周りを見回した。
「それはね、サボテンを苗床にしてるからよ。白ウサギ。」
振り向くと、神出鬼没ともいえる、リリスが立っていた。後ろには付き人らしき人もいる。
「リリスじゃん!どうしてここに?」
「それは野暮だね。白ウサギ。」
「ウサギ言うな!」
リリスはハクの突っ込みを完全に無視して話を続ける。
「サボテン科の植物を苗床にすると、サボテンがスポンジになって少量の水をしっかり貯めておく。麦は長い間水が無くても生育できるって訳さ。先人の知恵ってやつだね。」
「でも、砂も水吸っちゃうんじゃない?」
「サボテンの中に直接根を張らせたものしか、サボテンは水を吐き出さないようになってるんだよ。ゼリーみたいなもんだね。だから、苗植えは非常に手間がかかるんだよ。」
「凄い努力でこの畑は成り立ってるんだね。えらいなぁ。」
「お、お詳しいのですね。リリス殿。」
シズクがハクからリリスをかばうように立ちふさがる。後ろの付き人にも警戒しているようだ。
「おやおや。蠍族の坊っちゃんは白ウサギが大事なようだねぇ。」
カラカラと笑う姿は、昨日涙目で逃げ出した人と同一人物とは思えない姿だ。
「当たり前だろう?この麦を作っているのは、蛇族だけなのだから。」
「え?そうなの?だからシズクはパンズ食べないの?」
「あ、いや、そういう訳では……。」
ハクの何気ない突っ込みにシズクがうろたえる。
「この坊っちゃんは、あたしらの様なもんが作った料理は一切口にしないように教育されてんのさ。」
「リリス殿!!」
「リリスはなんでそんなシズクにばっかり突っかかるかなー。」
「突っかかっちゃいないさ。青い小僧にものの道理を教えてあげてるだけさ。」
「若いのがダメってこと?だから首長との縁談も乗り気じゃないの?」
「し、白銀様!」
「おやおや、下らない情報まで貰ってるようだね、白いの。」
リリスは若干不機嫌そうな態度を示しながら、ハクに応える。
「あたしの相手に青二才はお呼びじゃない。それだけだよ。」
「年上が趣味ってこと?それとも、カザマ様みたいな同い年くらいがいいの?」
「なっ!!!なんでそこであのフェロモン野郎が出てくるんだよっ!」
「なんでそんなにカザマ様を嫌うのか分からないなぁ。」
あんなに恰好よくて上品で、スマートなたち振る舞いで……と、ハクはこれまた妄想の世界に突入してしまったらしい。
「和議を結ぶ時から、延々とカザマ様はリリス殿をいじり倒していましたからね……。」
シズクが仕返し代わりに告げ口すると、リリスは真っ赤になって言い返す。
「う、うるさいうるさい!」
リリスは、片手をさっと上にあげて叫んだ。
情景は、空気ごと変わる。
シズクの背中に、ぞわりとした空気が伝わった。
「悪いが、あんた達にはあたしと一緒に来てもらうよ。蛇族の方へ……ね。」
麦畑一面から出てきた武装集団に囲まれたハクとシズクは、ただただ、黙ってリリスを睨むしかなかった。
リリスはツンデレ。